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あの時の僕を  作者: toshi
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なつかしい自分の部屋に戻り、ベッドに寝転び部屋を見渡す。六畳の洋室にベッドと机に本棚。それにビニールで出来ているハンガーロッカー。フォークギターも立てかけてあった。壁には好きだった浅田美代子のポスターが貼ってある。とても居心地のいい空間だ。ラジカセをつけると、チューリップのサボテンの花が流れてきた。 

腕枕をしながらこれからのことを考えていた。両親といつまで一緒にいられるんだろう?もっと父と母と一緒にいたい。受験はどうなるんだろう?

そう考えながら僕は深い眠りに入っていった。


どのくらいの時間が経ったのだろう?目を覚ますと、ベッドの中にいた。掛け布団と毛布の中に、厚手のパジャマを着て潜り込んでいた。

顔を出すと、部屋はとても寒くて布団から外に出る気持ちにはなれない。

灯りはついたままで、周りを見渡すと、机の置時計が四時十分を指している。

カレンダーは昭和五十三年の二月、二十三の数字には、赤のサインペンで武蔵野美大発表日と書かれている。

目を瞑ると、夢を見ているのか?走馬灯のように夏からの浪人生活が駆け巡っていった。予備校での勉強風景、専門学校でのデッサンの様子、模擬試験の様子や結果、新年を予備校で迎え元旦からの猛勉強、そして受験の様子も鮮明に浮かんでは自分の記憶として書き込まれていった。

カレンダーの二月十五日の箇所に専修大学経済学部の合格が大きく書かれている。自分が希望している大学ではないが、受かっていたことにホッとした。 

前の記憶では、合格したのは専修大学だけだった。嬉しい反面、、結局専修しか受からなかった、そう思ったことが蘇る。

身体の芯から寒さが沁みる、真冬の朝。腕時計を見ると二十三の数字が光っていた。

今日が合格発表日、そう思うと武者震いがした。布団から顔だけ出して、外が少しずつ白んでくるのを感じながら、じっと天井を見つめていた。七時に布団から出て、顔を洗い、ご飯を食べて、合格発表を見るために家を出る。

玄関で靴を履いていると、父親と母親が出てきて見送ってくれた。

「この一年、お前は本当に一生懸命頑張ったと思うよ。結果はどうあれ、そのことがこれからのお前の人生にとって、大きな財産になる。まあ、気楽な気持ちで行ってこい」と照れくさくなるような言葉をかけてくれた。

「行ってきます」

しばらく歩いてうしろを振り返った。父と母が小さく見える。もうこれで会えないのかな。それとも……

空は真っ青で雲ひとつない。肌を刺す寒さの中、駅まで歩いて向かった。十時には、大学内の掲示板に合格番号が張り出される。僕は長後駅から小田急線に揺られ新宿まで行き、中央線に乗り換え吉祥寺で電車を降りた。そこから歩いて大学に向かう。しばらく行くと僕と同じ多くの受験生が、神妙な顔つきをしてもくもくと歩いている。期待と不安が入り混じった気持ちが、みんなの顔の表情から読み取れる。僕も俯きながら、時に大きく深呼吸をし大学の門を潜った。胸が高鳴り抑えきれない。掲示板の前で、片手に受験票を持ち受験生が合格番号が張り出されるのを待っている。

十時直前に、大学の職員二人が事務所から丸めた模造紙を持って、掲示板まで歩いてきた。合格番号を記載した模造紙を広げ、四方を画鋲で留めて掲示した。

受験生がドッと掲示板の前にひしめき、受験票とにらめっこし始める。歓喜し全身で喜びを表現する者、打ちひしがれ静かにその場を去って行く者、様々な受験生の姿があった。

僕も人のことを考えている余裕はなかった。掲示板に駈け寄り、一三六番という合格番号を探し始めた。

心臓からドクンドクンという音が聞こえ、両手が痺れる。

一桁台、二桁台はサーっと流し、一〇〇番台からじっくり目で追う。

さらに心臓の音が高鳴る!

一〇三 一一五 一一九 一二五 とその次に“一三六”という番号が目に止まった。受験番号と合格番号をもう一度確認する。

足元から血液が頭に駆け上るのを感じ、思わず「ヤッター!」と叫び、その場で飛び跳ねた。


 周囲の風景も人もキラキラと輝いている。

 嘘、受かった! 嘘、受かった! 受かった! 同じ言葉が頭の中を駆け回る。そのまま手足が痺れ、意識が薄れていった。


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