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あの時の僕を  作者: toshi
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そうこうしていると、レイちゃんは僕に微笑んで、右の手の平を自分の口元の前に出し、ふぅ~っと長い息を吐いた。

その息の先に大きなモニターが現れた。

昔の映画のように三・二・一とテロップが映し出されると、真っ白い野球帽とユニフォームを着た中学野球部のランニング姿が映し出された。

「これ、しゅんさんの野球部、しゅんさんも走ってますよ。後ろから二番目の右側」

良く見ると、確かに綾田中学の野球部、左胸にマジックで田辺と書かれたユニフォームを着た僕が、みんなと一緒にランニングをしている。うわあ、ほんとうだ!昔の八ミリをみているようでなんだか恥ずかしいけどなつかしい。

「野球部の一年生ですね。結構苦しそうな顔して走ってますけど、大丈夫ですかね?」

確かに、ランニングは苦手だった。すぐ息が上がって胸が苦しくなる。しかし、守備は監督にかなり評価されていた。特に肩が強かった。あの頃は巨人の長島に憧れ、守備練習では、サードでノックを受けていた。

「大丈夫だろ、走るのは好きじゃなかったけど」

「野球は楽しかったですか?」

「すごく楽しかったよ。でも兄貴がサッカー部で、部活ばかりで勉強しないから高校受験に失敗しちゃってさ。同じことにならないように母親が僕に泣いて野球部辞めて塾に通ってくれって言いだしたんだ。母を悲しませたくなくて素直に従っちゃった。でもとても後悔してね、高校生になってまで引きずっていたな」

「そんなことがあったんですか、お母さんに言われたって続ければ良かったのに」

「そこが、優しいって言ったら聞こえはいいけど、自分の意志を通す強さがなかったんだ」

「そうですか、これがしゅんさんの後悔の一つですね。わかりました」

レイちゃんが話すと、画像が試合の場面に切り替わった。

(この試合見覚えがある。秋の長後中学との練習試合だ。四対一でリードしていた最終回。一年生の何人かを試合に出すと監督に言われて、僕もサードの守備に着くはずだった)

そんなことを考えていると、僕は真っ白なユニフォームを着て、ベンチの横に立っていた。部活の仲間が、隣りで声を張り上げ応援をしている。

えっ!中学生に戻ってる。画面に入り込んでいるじゃないか。

スコアーボードを見ると既に六回裏の攻撃もツーアウト、スコアは、確かに四対一で綾田中学がリードしている。

「原、勝田、田辺、最終回一アウト取ったら、守備で出すから向こう行ってキャッチボールしてろ」

橋爪監督から声を掛けられた。僕は、うれしさと緊張が入り混じった気持ちで

「ハイ」と答えた。

グローブとボールを持って、外野寄りのグランドの端に行ってキャッチボールを始めた。初めて試合に出られることが三人とも嬉しくて、ニコニコしながらキャッチボールやゴロの捕球の練習をしていた。

(たしか七回の頭から抑えで登板した一年ピッチャーの武藤が、三者連続フォアボールを出して満塁になり、試合に出られなかったんだよな)

そんなことを考えていた。


六回の攻撃が終わり、七回表の最終回、武藤がピッチャーマウンドに立った。

八球の投球練習を終え、キャッチャーの小松主将が「締まっていこうぜ」と内外野に声をかけた。先頭打者が打席に立つと主審の「プレイボール」の声とともに七回表が始まった。

武藤はこちらから見ていても、とても緊張している様子がわかった。

百八十cmの巨体から、第一球が投げられた。白球は、手からスッポ抜けて、ホームベース上空をはるか高く通り抜け、バックネットに直接ぶつかって落ちた。

グランド全体が、一瞬静まりかえった。

(やっぱりな、三連続フォアボールの始まりだ。これで僕たちは、試合に出られなくなるはず)

その後、武藤は動揺したまま、三球続けて明らかにボールとわかる球を投げて、フォアボールを出した。

次の打者が打席に立つところで、キャッチャーの小松主将が主審にタイムをお願いし、マウンドに駈け寄った。二言三言言葉を交わし、武藤から笑みがこぼれている。少し落ち着いた様子が見て取れる。主審のプレイの合図で彼は大きく深呼吸をして、セットポジションに入った。ランナーを一度見た後、ホームを正視し、クイックモーションから渾身のストレートが投げられた。白球はホームベースのど真ん中に決まった。ストライク!主審の声とともに右手が大きく上がった。

(あれっ?こんな展開だったっけ?)

何か違うような気がする。キャッチボールを中断して、見入ってしまった。

武藤が二球目を投じた。外角低めのボール。一ストライク一ボール。緊張している様子ではあるが、自分を見失っているようではない。

(あいつ、一球もストライクが入らなかったような気がするんだけど、違ったのかな?)

三球目のモーション、抛った白球がホームベースに吸い込まれていく。バッターは、そのボールに反応しバットを振り抜いた。金属バットは、白球の芯を捉え、鋭い打球が三遊間へ飛んでいった。レフトへ抜けるかと思われた打球を、ショートの柴田さんが横っ飛びで捕球した。一塁ランナーは、急いでファーストに戻った。味方ベンチでは大きな歓声が沸いた「ナイショー」「ナイス柴田」

一アウトを取ったところで、監督が主審に駈け寄り、選手交替を告げた。

「ファーストに原、セカンドに勝田、サードに田辺」

振りかえると、監督が大きな声で怒鳴った、「三人とも、早く守備位置に走れ!」

考えている余裕など無いまま、全力疾走でサードの守備に着いた。

ファーストの原から、ゴロが何球か投げられ、捕球しては原のファーストミットに投げ込んだ。ボールがファーストミットに吸い込まれる音を聞きながら、気持ちが高ぶるのを感じる。

緊張感より、喜びで胸がいっぱいになる、試合でこのサードの守備に立つことを思って、四月の入部から頑張ってきた!朝練と放課後、暗くなるまで白球を追った。でも、所詮は一年生、球拾いや声出し、守備はやらせてもらえるが、バッティング練習はまだ遣らせては貰えなかった。休日も、朝から練習試合や公式戦。正直きつかった。ショートにコンバートされて、足を捻挫して、しばらく練習にも参加できずに辞めたいと思ったこともあった。

練習試合でも良いから、試合に出たかった、そんな思いを残したまま、僕は、母さんに言われ、野球部を辞めたんだ。

「プレイボール」 主審の声とともに、試合が再開された。ファーストランナーのリードを気にしながら、腰を低く構えバッターを見る。武藤が、一球目をキャッチャーミット目がけて投げた。内角低めのストレート、「ストライク」主審が大きく右手を掲げた。二球目は、セットポジションからファーストに牽制球、ランナーは頭から戻り、塁審のジャッジはセーフ。原が、軽くランナーの太ももにグローブでタッチをして、ボールをピッチャーに戻す。

次は、クイックモーションで投げた。大きく曲がったカーブは、外角いっぱいに外れた。カウントは一―一。次に投げたボールは、内角の高めのストレート、バッターは思わず速球に仰け反った、判定はボール。小松先輩が「いい球来てるよ」と声を掛けながら、ボールを返す。

武藤は、マウンドのピッチャープレートでスパイクを二度三度蹴って、泥を取った。大きく深呼吸をして、小松主将からのサインに首を縦に振り、投球フォームに入った。白球は彼の右手から離れ、吸い込まれるようにホームベースに向かった。バッターは、外角低めのストレートを引っ掛けた。ボテボテのゴロが、僕の方に向かってくる。ダッシュをして、そのボールを捕球し、セカンドベース目がけて投げた。勝田が、二塁ベースに駆け込み、グローブにボールは吸い込まれる。ベースを踏むと、同時に身体をファースト側に捻り、サイドスローで原のミット目がけて、ボールは投げ込まれた。バッターランナーが、ファーストベースに駆け込むのと、原のファーストミットにボールが吸い込まれるのは、ほぼ同時だった。一瞬時が止まった。


一塁塁審が、右手を大きく掲げ、「アウト」を宣告した。

ベンチからの大きな歓声とともに、主審がゲームセットを告げた。

僕たちは、全力疾走でホームベースに向かい、両チームが整列をした。

「両チーム、握手をして下さい」

それぞれの選手が、正面の相手チームと、握手をして再度整列した。

「四対一で綾田中学の勝利 礼」

「ありがとうございました」お互いが主審、塁審に礼を述べてベンチに戻る。

(白球を捕って、ファーストに思い切り投げ込む。バットを握り、来たボールを思いっきり叩く。全力疾走で、ベースに駆け込む。ダイヤモンドを、駆け回る。みんなと勝って喜び、負けて悔しがる。中学時代に、好きな野球でこういう経験をしたかった。こんなに楽しいこと、母さんに何と言われたって、絶対やめられない)そう思いながら、円陣を組んだ。懐かしい顔がみんな笑っている。

小松主将が、円陣の中心で声を出した。

フレーフレー長後、頑張れ頑張れ、綾中!

その声を聞きながら、僕は意識が遠のいで行った……

 

僕は病室のベッドに、横たわっていた。

目が覚めて自分の身体をみると、腕に点滴の管が繋がれ、身体の痛みや、気だるさは変わっていなかった。鏡で自分の顔を見ると、不精髭が生えた五十過ぎの親父だった。(やはり、夢だったんだ!そんなこと起こるわけがない)

僕は、ベッドに横たわりながら、時計を見た。時間は午後二時五分、三十分くらいしか経っていない。日にちも三月十八日、変わった様子は何もない。

それからは、何か今までと変わったことがないか周りの様子を伺っていた。病室は、六人部屋で、僕のベッドは、入り口すぐの右側手前。病室の入院患者の名前を見ても、特に変わった様子はない。しかし、僕の野球部の記憶は、中学卒業まで三年間野球部に在籍し、サードの五番打者として、県大会準優勝の成績を残して引退している自分と、中学一年の三月に退部した記憶が混在している。どちらが本当なのか、はっきりわからなくなっていた。


そんな不思議な出来事があった二日後、兄が見舞いに来てくれた。

「しゅん、体調はどうだ?」

「相変わらずだよ、まだ良いも悪いもわからない」

「思ったより元気そうだから、きっと大丈夫だよ」

優しいことを言ってくれた。

ベッドで横になりながら、部活のことを単刀直入に聞いてみた。

「兄貴さ、僕、中学の野球部は一年で辞めたんだよな?」

兄は、口をポカーンと開けたあと、

「お前、何言ってんだ。病気のせいかもしれないけど、自分がやってたことまで、忘れてどうすんだよ」

「兄貴が、高校受験に失敗して、お袋に野球辞めて塾通いしてくれって、言われたんだよ」

兄は、少しむきになって言い返してきた。

「お前な、それも俺のせいで、野球を勝手に辞めたことにするなよ」

そう言われると、自分の頭の中が混乱してきた。

「高校時代も、野球を辞めたことを引きずってて、グローブは、体育の授業以外は触らなかったはずなんだけど」

「本当に、薬でそこまで可笑しくなっちゃったのか?実家の応接間に県大会準優勝のメダルが飾ってあっただろうが。お前、準決勝でサヨナラホームラン打って、試合後も大騒ぎして喜んでたろうが。両親だって、大喜びしていたし、そんなことも忘れちゃったのかよ」

確かに、僕の中には県大会の準決勝、柳井中学のサウスポーのピッチャーから、内角高めのストレートを腕を畳んで上手く芯を捕らえ、レフトスタンドに運んだ記憶がある。

予選からの一試合一試合が、確かに蘇ってくるのだ。でも、もう一方で、自分は一年生の後半で退部してしまった記憶が、ぼんやりだが残っている。

 

「お前は、高校一年で肩と肘を痛め野球を辞めざるを得なかった。涙を流して、悔しがっていたけど、最後は監督とじっくり話し合い納得して諦めたはずだろ」

「そうか、薬のせいかな。何だか夢なのか現実なのかわからなくなるときがあるんだよ」

そんな会話を交わしながら、何かが変わっていることに不思議な想いがした。


レイちゃん、あの子は一体誰なんだろう?何の目的があったんだろう?



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