表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あの時の僕を  作者: toshi
2/8

2

2 


仕事の引継ぎを済ませ、三月十一日に入院した。

病室は二号棟八階の八〇二号室、六人部屋だ。病室のベッドは全て埋まっていた。八階の患者は皆内臓の癌患者だ。同室は胃癌の患者が二人と大腸癌が二人、あとの一人が肝臓癌のようだ。皆ある程度進行した状態で、手術後化学療法を続けていたり、僕のようにはじめから化学療法を行っている。

病院での生活が始まると、生活が一変した。朝昼晩の病院から出される食事を規則正しく食べる。午後の一時間、点滴による抗がん剤が投与される。そのあとは、倦怠感と吐き気に襲われほとんどベッドで横になっている。体調が良ければ、ロビーのテレビを観るくらいだ。入院する時に小説でも読もうとまとめ買いをしたが、本を読めるような体調の日は無かった。

一週間そんな生活を続け、いつもの通り昼食後点滴を受けていると、その日はいつもと違った。


初めうとうとしていた。突然目の前がクルクル回り出した。目を開けていられなくなり、目をつぶると暗いブラックホールの闇に吸い込まれて行く。

なんだ?いったい?

暗闇の中をジェットコースターに乗った感じ。一条の光が見えて来た。光に全身が包みこまれた瞬間、見たことのない空間に佇んでいた。

薄ぼんやりと明るく雲の中にいるようだ。淡い光に包まれた真っ白な部屋にいるようにも感じる。ドアもなく壁で仕切られてもいない。

自分を見るとパジャマ姿のまま。だが、点滴の管には繋がれていない。胃の痛みや体調の悪さは感じない。

ベッドも無ければ、人がいる気配もしない。

意識が段々はっきりしてきた。周りをキョロキョロする。一瞬眩しい光が射し込み、目を瞑った。

目を開けると、まっ白なフリルのドレスを着た幼い女の子が立っていた。突然なことで声も出ない。

「しゅんさん、こんにちは」長い髪をポニーテールにしたその子が、笑顔で僕の名を呼んだ。

思わず身を縮めて見つめた。

「しゅんさん、こんにちは」

つぶらな瞳を向け、また話しかける。

「何で名前を知ってる?」僕は怯えながら、語気を強めた。

「しゅんさんのことは、いろいろ知ってる」

「だからどうして?」

「それは、今は言えない」

訳がわからなかった。

「一体、どこから現れた?」

「空の上から」

 愛らしくて、小さな女の子。楽しそうに笑っている。少し気持ちが落ち着いた。

夢にしては、あまりにも周囲が明るい。意識もはっきりしている。

「夢を見ているのかな?」

「夢ではないです」

現実には思えない。

「そうか!僕は死んだのか?死ぬとこういう場所に来るの?」

「しゅんさんは死んだわけじゃないです。確かにもうすぐ死ぬのかもしれません」

 なんだよ?どっちなんだ?理解が出来ないことばかり。

「まだ死んでないんだ。ここはどこで僕はどうなるの?」

「しゅんさん、あまり考えないで。異次元の世界にでも迷いこんだと思って。それなりの体験をしてもらったら、元の世界にちゃんと戻します」

 考えてどうなるものでもなさそうだ。開きなおって来た。

「お譲ちゃん、お名前は?」

「人間世界で言う名前はありません。まあ、レイちゃんとでも呼んでください」

幽霊なのか?

「じゃあレイちゃん、何で僕がここに来たの?」

「私にはわかりません。抽選で選ばれたと思ってください」

夢なら夢でもいい。どうせ何もすることもないんだ。しばらくレイちゃんにつき合おう。

「わかったよ、それならレイちゃんが聞きたいことって?」

「それでは聞かせてもらいます。今までの人生はどうでしたか?」

「何がどうだって言うの?今更人生を振り返ってみたって、特に思うことなんて無いよ」

気持ちとは裏腹な返事をしていた。

「本当?五十年も生きて何かないですか?楽しかったことや後悔したこととか?」

そりゃ五十年も生きてくればいろんなことがある。でも諦めることを覚えた。

「う~ん?そんなこと言ったって、どうにかなるものでもないしな」

「そんなことないです」

レイちゃんは小さな声で囁いた、

「ここだけの話し、何とかなるかもしれません」

「どういうこと?何がどうなるって言うの」

「とにかくどうだったんですか?」

五歳にしか見えないレイちゃんに、今までのこと、本当の気持ちを話し始めていた。

「結論から言えば失敗、後悔ばかりの人生だよ。子供の頃から思い通りには行かないことばかり。学生生活だって仕事だってこれって事もなく。結婚したけど妻はいなくなっちゃうし。最後は胃がんになって五十歳で死ぬんだよ!」

「結構後悔だらけの人生なんですね」

少しカチンときた。

「レイちゃんに言ってもしょうがないけどね」

「わたし見た目もしゃべり方も幼いですけど、頭はクレバーですし、普通の大人より、余程能力もあるし経験も積んでいます」

そんなこと言われても、五十親父が幼い少女に愚痴を言っている様は、やはり普通じゃない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ