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僕の一生は、失敗と後悔の連続だ。
八階の窓から外を眺めると、街全体がどんよりとした雲に覆われ、真下に見える公園の裸木の桜が寒々としている。今年の冬は寒い、朝晩の通勤には、マフラーと手袋は手放せなかった。
今、僕は全く寒さを感じない。いつも暖かく、季節を感じることもない。病室にいる僕を含めた患者は、世の中から完全に見捨てられた存在だ。
ひと月前まで、広告代理店の営業課長代理として、朝から晩まで忙しく働いていた。社交的とは言えない僕が、ただの憧れでここまで続けて来た。肉体も精神もボロボロに擦り減っていた。クライアントや自分の上司から散々怒られ続け、お前にはこの仕事は向いてないよ!と言われても、歯を喰いしばってしがみついて来た。会社に勤め二十七年も経てば、少しは必要な存在になっていると思っていた。しかし、居なくなれば誰か代わりが出てくるのが会社って組織だ。
病魔に冒され、僕は初めて、それまでの人生を真剣に見つめ直している。
二月で五十歳になってしまった。中年も後半戦、二十代の頃は、五十になれば人生をある程度理解できる大人になっていて、自分のことは“僕”ではなく“私”と言っているだろう。ゆとりとか落ち着きとかという言葉にふさわしい人間になっているだろう。そう思っていた。ところがなってみると、二十代の自分と精神的に何も変わらない。人生のことなんて何もわからない。ただ年月が過ぎて行っただけなのだ。肉体的な老いは感じる。飲みに行けば若い頃なら午前様は当たり前だった。最近は十時にもなれば、誰彼となく「明日があるしそろそろ帰るか」って話しになる。
僕は何かにがむしゃらに取り組むこともなく、子供の頃からすぐ諦めてしまう。自分で自分の限界を決めていた。そんな生き方が勿体ない。
人生はやり直せない。奇跡みたいなことはない。
それでも、それでもやり直したい。
この年で死ぬことになるのなら。
平成二十一年二月初旬、僕は会社の健康診断を受け、一週間後に産業医から呼び出された。
診察室に行く。先生から椅子に腰かけるよう勧められた。
「田辺さん、急に呼び出してすみません。でも、すぐにお話ししなければならないことがあります」
僕は、その言葉にすでに動揺している。
「先日受けた健康診断の結果で心配なところがあります」
言葉が出てこない。最悪だ、と思う。
「胃のレントゲンに疑わしい影があります。大きな病院への紹介状を書きますので、すぐレントゲン写真を持って精密検査を受けてください」
僕は絶句した。まじか、と思う。
「ということは、胃がんですか?」
震える声で尋ねた。
「絶対とは言えませんが、可能性は高いと思います」
先生のその言葉に両手が痺れ、心臓からバクバクという音が聞こえた。
頭が真っ白になった。ただただ恐かった。僕は死ぬのか?何でこんなことになるんだ!
診察室を出て、そのまま自分のデスクに戻る気持ちにはなれなかった。会社を出て近くのカフェに入った。
外は天気も良く二月にしては暖かい。窓際に腰かけ、通りをしばらく眺めていた。街の景色や行き交う人々の様子は何も変わっていない。
僕だけが、いとも簡単に別の世界に放り込まれた。何か悪いことした?こんな天罰を受ける覚えはない。傷つけられることはあっても、傷つけることはしてない。どうしても納得できない。
癌専門病院である都立込山病院を紹介され、精密検査を受けなければならない。そのことがどうしても信じられなかった。
翌週の火曜日に休みを取った。ショックを抱えたまま山手線の田端駅で降り、バスで込山病院に向かった。病院前で降りると、大きな建物が目の前に飛び込んできた。意外ときれいな病院だ。気持ちを奮い立たせる。病院内の歩道を行くと、総合受付と書かれた入り口があった。中に入ると多くの人々で溢れている。受付で保険証、紹介状そしてレントゲン写真を出し、診察券を作成してもらう。二階の消火器外科の受付に行くように言われた。エスカレーターに乗り二階に行く。そこも多くの患者や病院関係者でごった返していた。受付に診察券を出し、長椅子に座る。近くのスピーカーから、「たなべしゅんさん、五番診察室にお入り下さい」と案内があった。
一度大きな深呼吸をして診察室に入った。
「田辺俊さんですね」先生から、名前を確認される。
「はい、そうです」
「それでは、早速ですが、胃は何か症状がありましたか?」
「そう言われれば半年くらい前から胃が痛むことがあり、胃薬を飲んだりしていました。どこか悪いのかもしれないという気はしていました。まあ、せいぜい胃潰瘍だろうと、たかをくくっていたんですが」
先生は頷きながら、目の前のパソコンに僕が言ったことを打ち込んでいった。
「そうですか、調子が悪いなら、早めに病院に行かれた方が良かったですね」
そんなこと言ったって忙しかったんだよ、と思った。
「お預かりしたレントゲンですが、実はこの辺りに病巣があると思われます」
とシャウカステンに並べた、胃部のレントゲン写真を指さしながら説明をした。
「急ですが、一週間ほど精密検査のため入院することは可能ですか?」
いきなり一週間の入院を薦められ、僕は戸惑った。
「そんな急に、一週間も入院して精密検査をしなければいけないんですか?」
「仕事もお忙しいでしょうが、今回ばかりは早急に精密検査をして、病状を確認し、治療に入った方が良いですね」
僕はしたくもない確認をした。
「やっぱり、癌、なんでしょうか?」
「まず間違いは無いと思います。しかし癌が初期のものか、どのような種類かは、検査をしてみないとわかりません」
淡々と、そしてはっきり先生は答えた。
もう覚悟するしかなかった。
翌日、出勤しフロアに入ると部長に手招きをされた。
「どうだった?」
「会議室でお話ししたいのですが」
「わかった、カバン置いたら来いよ、先に行ってるから」
カバンをデスクの横に置き会議室に向かった。
中に入ると、部長が椅子に腰掛け、窓の外を眺めていた。
「昨日は休みをもらいすみませんでした」
僕が言うと、椅子を回転させ正面を向いた。
「それよりどうだった?なんて?」
「医者からは胃がんの可能性が高いので、すぐに入院して精密検査を受けるようにと言われました」
「う、うそだろ?」
「本当です、正直自分も信じられません」
「とにかくちゃんと調べてもらった方がいいな。まだ、がんと決まったわけじゃないし」
「そうですかね、でも……」
「しっかりしろ!仕事のことは心配するな。早く調べてもらえ」
「はい、ありがとうございます」
「もし仮にそうだったとしても、今は医学も進んでるから大丈夫だよ」
そう言いながら立ち上がり、僕の肩をポンッと叩いて会議室から出ていった。
その日の午後、部長から話しを聞いた課長とスケジュールを調整し、翌週の月曜日から入院することになった。
当日は午前中に入院の手続きをして、午後からもう検査が始まった。それからは超音波、CT、レントゲン、胃カメラ、MRIなどの検査が連日続いた。
一週間はあっという間に過ぎて行った。
金曜日の午後担当医師である吉田先生から説明があると看護師の齊藤さんから言われた。
吉田先生は当病院の外科部長、かなり偉いんだろうが全く偉そうな雰囲気がない。髪の毛が天然パーマのもじゃもじゃ頭、大柄のイカツイ感じだが、話すととても温厚な優しい先生である。いつも白衣にジーパン姿でサンダルをつっかけている。年齢は五十半ばだそうだが、僕よりずっと若く見える。
その日、齊藤さんに病室と同じフロアの診察室に案内され、椅子に座る。目の前にあるパソコンのモニターには、僕の胃と思われる映像が映っていた。
「田辺さん、検査大変だったですか?」
「初めてのことで、疲れました、胃カメラはかなり辛かったです」
「そうですよね、しかし自分のためだから」
少し微笑みながら先生は慰めるように言った。
「それでは早速ですが結論から言いますね。この胃カメラの写真を見てください。この変色している部分が、やはりがんでした。それもかなり進行しています。今のところ他に転移はないようです。治療方法ですが、抗がん剤治療をしてがん細胞がある程度小さくなったら切除手術をします。当分の間入院が必要なので、そのつもりで対応してください」
あまりにも呆気なく病状が説明された。
告知されて、改めて遣り切れない気持ちになった。
癌であること、それも進行していることまで言われるとは考えてもいなかった。
本当?僕のこと?どこか他人事みたいに思う反面死を受け止めなければならないと思った。
声を出したら震えていた。
「が、がんが小さくなり手術ができれば、か、完治しますか?」
「可能性はあります。そのためにも、早く治療に掛かりたいのです」
可能性はある。でもほとんど駄目ということか。無い方が多いということか、何でいきなりこういうことになるんだ?
人生がいかに理不尽かは、今まで何度か味わった。今回は遂に自分自身の身体に降りかかって来た。頭の中でいろんな声がする。
「可能性はどのくらいあるんでしょうか?」
また聞いてみる。
吉田先生は
「こればかりは、治療してみなければわかりません。当病院で出来る限りのことはします」
できる限りって…。
「癌が小さくならなかった場合、どうなるんですか?」
しつこく聞いた。
「いくつかの抗がん剤を試して対応します」
「それでも、それでも駄目だったら、どのくらい生きられるんでしょうか?」
度胸も無いのに聞いてしまった。
「絶対とは言えませんが、半年から長くて一年ですかね。二年生きることはかなり難しいとは思います」
えっ……。
………
身体も心も震えた。
聞かなければよかった。曖昧に返事をしてくれているのだから、突っ込まなければ良かった。
「長くても二年は無理か」
自分の口から吐息のような言葉が漏れた。
「田辺さん、そう悲観的にならずに前向きに取組みましょう」
そう言われても、ショックでそれ以上言葉は出なかった。
誰のせいでも無い、こればかりは運命と思ってあきらめるしかない。頭の中ではわかっているが、死への恐怖、そして底知れない寂寥感に襲われていた。
確かに、たいしたこと無い人生だよ。でも、五十歳で進行癌になって、下手すれば余命一年だなんて,納得出来ない。僕が本当に何悪いことをしたって言うの。僕以外になってもいいような奴なんていっぱいいるだろに。
神様、なんで僕なの?
それからの毎日は慌ただしかった。会社に病状の説明をし、仕事の対応と、長くなるであろう入院生活の準備をしなければならなかった。