ここん、こん
ここは、ふかい森の中。
森では、きのうから雪が降りつづいていました。一晩中降りつづいた雪は、はいいろの大木と黒い土ばかりの森を、ほとんど白一色に染め上げました。
森の中は、しずまりかえっています。けもののいきも、空を自由にとび回る鳥のなき声もほとんど聞こえてきません。肌にしみいるつめたい空気だけが、あたりにただよっています。
ねずみいろの雲がお日様の光をさえぎり、にわかにうす暗くなった森の中を、キツネの親子がすすんでいました。わずかなしょくりょうを、自分たちのくらすあなぐらへ持ち帰っているのです。
キツネのお父さんは、深い雪の上をなれたちょうしで歩きます。ですが、キツネの子どもはというと、一歩をふみ出すたびに雪の中に細いあしが埋まってしまいます。
そしてまた、キツネの子どもの前あしが、雪の中にとらわれてしまいました。
――おとうさん、さむいよう。
キツネの子どもは、自分の数歩先にいるお父さんにむかって言いました。あたたかい毛皮におおわれた子どものあしは、すっかりびしょ濡れです。
――じきに慣れる、それまでがまんしろ。
キツネのお父さんはそう言って、ふたたび歩きはじめました。キツネの子どもは、あしを何度も前後左右にうごかして、どうにか雪からぬけ出しました。そして、ふたたびお父さんの後を追いかけます。
キツネの親子がしばらく歩いていくと、みずうみが見えてきました。魚がおおぜい暮らすみずうみは、たいようの光をあびて、いつもよりきらきらとかがやいています。
きょうのみずうみはとってもきれいだなあ。そう思いながら、キツネの子どもがみずうみをよく見てみると、そこにはきのうまではなかった何かが、うっすらとみずうみの上をおおっていました。
――おとうさん、みずうみのうえに、何かあるよ。
キツネのお父さんは、みずうみのほうに顔を向けながらこたえます。
――あれは、こおりというんだ。雪がいっぱいふったときに、みずうみのうえにできることがある。
キツネの子どもは、ふうん、となっとくしたようです。キツネの子どもは、じっとこめんを見ながら続けます。
――みずうみのお魚さんたちは、さむくないのかな。
――どうだろうな。あいつらは、こおりの下でも元気におよいでるから、あまりさむくはないのかもな。
キツネのお父さんは、そう言って再びあなぐらへと歩き出します。キツネの子どもも、二、三度みずうみを振り返りながらも、お父さんの後をおいかけていきました。あなぐらまで、あとすこしです。
そのときです。空から白くてつめたいものがぽつん、とキツネの子どものおはなにのりました。キツネの子どもは、おもわずかおを左右にゆらします。すこし落ち着きをとりもどしたところで、キツネの子どもが上を見あげると、はいいろの空から雪がいっぱいふっているのでした。
――おとうさん、雪だよ。雪だ。あはは、きれいだな。ふふっ。
キツネのお父さんは、子どものもとへゆっくりと近づくと、キツネの子どもの顔へじぶんのからだをすり寄せました。お父さんのりっぱでふわふわな毛が、キツネの子どもにやわらかくふれます。
――そうだな。だが、このふり方だとすぐにふぶきになる。いいか、おれからはなれるなよ。
――うん、わかった。
キツネの子どもがそういうと、へくちっ。小さなくしゃみがとび出しました。お父さんの毛が、子どものはなをくすぐったのです。キツネのお父さんは、そんな子どものようすを見て小さくわらいます。子どもも、そんなお父さんにつられて笑いました。
――さあ、もうすぐ日がくれる。早くかえるぞ。
キツネのお父さんと子どもが、ぴったりとくっつきながらあなぐらをめざします。そのまま、二、三歩歩いたところで、キツネの子どもがお父さんへ言いました。
――ねえねえ、おとうさん。これだけごはんがあれば、お母さんもよろこんでくれるかな。
――ああ、きっとな。さあ、早くかえろう。お母さんもまってる。
うん。
キツネの親子は、ふたたび森のおくへとすすみます。
ここは、ふかい森の中。
しずまりかえった森に、長い冬がおとずれようとしています。
ここん、こん/おしまい