告白しましょう
好きな人間が告白されている場面を見て、「あ、しまった。先を越されたな」そう思った。
僕の好きな相手は容姿端麗、スポーツ万能の男子。告白している相手は、この学校で一番可愛いと噂の女の子。勝ち目はないとは、このことだ。
男は可愛い子に目がない。あっさりとOKを出すかと思いきや、意外と答えは「無理だから」の一言であった。そっけない断り方だけれど、配慮すら感じられたのはやはり、僕が彼に恋をしているからかのだろう。
「勉強なんて馬鹿のすることだ!」
「はいはい、澤多くん。分かったから落ち着きなさい。」
困った様に笑う委員長を目尻に僕はため息をついた。来週のテスト勉強に向けて、担任が一時間自習時間をとってくれたのだが、僕としてはそれが不愉快でしかない。
テスト勉強するくらいなら次に進めばいいじゃないか、と喚き散らした結果、教師に廊下に立たされた。
馬鹿め、体罰は禁止だというのに。僕が学校の偉い人…何て言うんだっけ、校長?(※本当は理事長)に訴えたらどうなるか分らないわけでも無かろうに!!
廊下の外からふと、教室内を見渡すとつい目線をとある人物のところに向けてしまう。
窓側の席の、彼だ。山田 幸也。色素のない髪に健康的に程よく焼けた肌。黒縁メガネをかけてると知的に見えるが、彼はそこまで頭がいい部類ではない。
穴が空くまで見つめていたいけど、好きな人は困らせたくはないので我慢をする。穴が空いてしまったら、たぶん、痛そうだ。
「告白断ってたし、僕が告白したところでなぁ……」
片思い約1年。ヘタレな僕はどう頑張っても彼と話もできないし、目も合わせられない。告白なんてもっての外だ。
(そもそも……男だし。)
僕は男が好きなんかじゃない、好きになったのが、ただ、山田幸也という男だっただけなのだ。
ふと、ある考えが頭を横切る。
去年この学校を卒業した姉、澤多 空の制服を借りて女装し、告白をしてみよう。振られたらきっと諦められる。
ただし、本名はダメだ。だからと言っても、姉の名前を借りるのはよろしくない。姉の顔は広い。名前を借りれば、すぐバレてしまうだろうから、偽名を考えねば。
海だから、読み方を変えてウミ、と名乗ったらどうだろう。うん、女の子っぽい。
少し雲行きの怪しい窓の外の空を見上げながら僕は、告白する道を選んだ。
(待ってろよ!山田 幸也!!)
* * * * *
「ふ、ふふふ…どんなもんだっ!!!」
ガタガタ足が震えてるのは緊張ではない。寒さからでもない。ただの羞恥心からだ。17にもなった男が女の格好なんてよく考えてみればただの拷問だった。
僕は両腕を組み、2階の踊り場にある大きな鏡の前にたってみた。茶色い腰まであるウィッグにこの学校の女子制服。軽いメイクをしているのでどっからどう見ても女の子だ。
……メイクが誰がしたのか気になる方は後日僕まで。
「よ、よし…。手紙を入れるぞ、い、入れるぞ!!」
誰に言うまでもなく僕は例の、山田の靴箱に手紙を入れたのだった。むろん、パソコンで打った文字でラブレターというモノを書いてみた。少し脅迫文じみたことになってしまったがそれもまぁ、仕様で。
「俺の靴箱に何か?」
「うぉっほ!?」
突然後ろから声がかかり、変な声が出た。バクバクとうるさい心臓の上に手を置き、息を整えた。ゴリラみたいな叫び声を出してしまったじゃない、と思いつつ、恐る恐る振り返ると、そこにはご本人である山田がいた。
僕はとっさに彼の靴箱から距離をとった。
彼は怪訝そうな眼で僕を見た。彼の光の具合で緑にも見える不思議な瞳に僕が映されているのだと考えると、もう…嬉しくてニヤけちゃう。
「な、ななななんでもないんですのよ!!?」
もはや語尾が迷子だということに気がつけるほど冷静ではない。とりあえず身振り手振りで悪意がないことを伝えると彼はひとつため息をつきながら靴箱をあけた。必然的に落ちてくる僕が書いた手紙。彼は僕の方を軽く見て、手紙を開けた。
「こ、ここで読むの!?」
思わず声を荒らげてしまった。彼は小首をかしげ目を細める。
「俺の靴箱に入ってたんだから何処で読もうと関係ないでしょ。なに、これ、君が作ったの?」
「え、えぇっと、たぶん……違い…マス」
多分って何だ。とは思ったものの言葉は既に口から飛び出てしまったあと。彼はそれを読みながら靴を履き替える。
「明日の放課後屋上に一人で来られたし、って…。しかも、私は貴方の秘密を知っていますって、ストーカーなの?」
「ストーカーじゃないって!!」
つい、反論すると山田が僕の方を振り返る。彼の目は「まだいたの」と言っていた。
「やっぱ、これ君が書いたんだ。澤多 ウミさん?」
「違うよっ!!?」
「今いるならさっさと要件済ましてよ。俺の秘密、何を知ってるの。」
おかしい、僕は違うと言わなかったか。目の前に好きな人がいて、話していると考えると心臓がいつもの倍、脈を打つ。バクバクとうるさい心臓は息を止めれば大人しくなるのだろうか。……いや、無理か。
取り敢えず、秘密か。秘密なんか知るか。呼び出すのに成功すればいいと思ってたから、何も考えていなかった。
(えぇい、ヤケクソだ。)
「えぇっと、先日…学校一可愛いと噂の女の子振ってましたよね!!?」
ポカンとして口を開ける山田。そんな顔も様になるとは…最高です。顔が「それだけかよ」と言っているけどあえて無視。
「あ、あと!!秘密じゃないけど、言っておきたいことが…」
「なに?」
山田は小首を傾げ、僕の言葉を待っていてくれた。「さっさと要件済ましてよ」と言ったわりに、きちんと人の事を待ってくれている。やはり、山田はいい奴だ。
「好き、大好き、というか、愛してる!付き合ってください!!ま、まぁ…無理ならいいんです…」
「が…」と、言葉の最後を濁らせようと思っていたのだが言い終わるより前に彼が答えを告げた。
「いいよ、付き合おう。」
フラれると思っていた我が初恋は、実った。けれど、ここで困った事が発覚。
(僕、女装してんじゃん……)
きっと向こうは僕を女だと思っている。それなのに、実は男である僕なんかが、OKされても果たして良いものなのか。
「どうかしたの?」
「いや、うん…嬉しくてニヤける…です。」
(ま、いっか。)
それが良くないと後悔するまであと24時間後。
昼休み、友達と昼飯を食べている最中、僕の携帯にメールが届いた。相手はなんと山田だ。先日の放課後、なんと付き合うことを認められ晴れて恋人同士となったのだが…。
(向こうは僕を女の子だと思ってるんだよね…。)
フラれるのを覚悟し、姉の制服を借りて女装し告白したので相手は絶対僕を女だと思ってる。僕が実は男だって知ったら軽蔑するのだろうか。そう考えると心苦しい。
(えっと、なになに?メールの内容は…。)
確認すると画面内には「一緒に帰らないか」という簡素なメール文が。もちろん返信は「もちろんです!」の一言。嬉しくてニヤけていると友人の一人が「気持ち悪い」とほっぺをつまんできた。伸びちゃったらどうするんだ。
(…今日も女装かな…。)
何処で着替えようかな、と考えつつ弁当の中身のあまい卵焼きを齧った。
「ウミはどこのクラスなの?」
「え!?」
帰り道唐突にそれを聞かれ僕はどもった。流石に2年生だよ、とは言えない。2年であれば、最低でも一回は会っているはずだ、と怪しまれそうだ。
「えっ、ええっと、1年のD組です!どうしたんですか?」
「同じ学校なのになかなか会わないなって思って。」
そりゃ当たり前だ。普段はこんな格好なんてしてないし。
「1年生のクラスは別棟なのでなかなか会わないんだとおもいますよ!!」
「そっか。」
山田は興味な下げに頷いて僕の前を歩く。僕は一歩後ろに下がり、彼の後ろを歩いた。会って、話して。それから先は何をするんだっけ。
恋なんて初めて。恋人なんてそれこそ初めて。何をすればいいか分からない。山田は、僕と恋人同士で良かったのだろうか。
「あ、そうだ。これあげる。」
「?なんですか。」
差し出されたのはキーホルダーだった。可愛らしい熊のキーホルダーだ。正直、男の僕が持っていていいのか分からないが、今は女装中だから持っていても問題はないか…。
「え、いいんですか!?」
「妹からもらったんだけど、いらないから。」
素っ気なく答えて彼は再び前を向いた。好きな人から貰えた物は何でも嬉しいものだ。彼の横に並び僕は必死に話しかけた。返事はどれも素っ気ないものだったけれど、それでもちゃんと聞いてくれているのが嬉しくて。彼に話をし続けた。帰り道はとても短く感じた。