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その⑦

 鏡に閉じ込められていた恭也は自室のベッドに腰掛けていた。

 

 突然、玄関から扉の荒々しい開閉音に続いて、どたどたとこちらへ向かってくる足音が聞こえる。

 偽者が部屋に息巻いて飛び込んできた。次いで鏡越しにこちらを睨みつける。

 恭也は偽者から余裕の表情が消えたことに微かな喜びを覚えた。


 どうやら彼には状況が一変したことが堪えがたいようで、恐らくはその怒りのせいか、顔がやや紅潮している。失敗の原因が、自分自身の侮りだという事実が拍車をかけているようだ。


 先ほど恭也はサイトに書き込む際に「呪いにかかるのを防ぐためには二人で映ること」と付け加えた。もちろんこれは偽者を鏡に映させるためのでたらめだ。

 入れ替わりのことをかきこんでしまおうかとも考えたが、逆に千尋を怪しませないためにそれは避けた。


 ただ睨み続けるだけで何も発さない偽者に変わって、恭也は口を開く。


「これを見て今までの弱気になっていた自分が馬鹿馬鹿しくなってきたよ」

 左腕につけた時計を偽者に見せる。


「俺には千尋と過ごした思い出がある。この記憶はお前が言うような嘘なんかじゃない!」

「……記憶くらいなら僕だって――」

「お前には分からないかもしれないな。ただ知っているのと同じ時間を共有したっていうのは全然違うんだよ」 

 言葉を遮られたためか、はたまたその言葉の意味を理解したのかは分からないが、偽者は一層顔を歪めた。

 しばらくそのまま固まっていたが、意味がないと悟ったのか、偽者は踵を返して玄関へと向かった。

 恭也もそれを追う。恐らくこれが入れ替わりの最初で最後のチャンスだと覚悟して。


 家を出てミラーを覗くと二人で歩く姿が目に入った。どうやら玄関の近くで千尋を待たせていたらしい。二人の会話が聞こえてくる。


「恭也、用事って何だったの?」

「いや、何でもないんだ……それより、わざわざ鏡に映らなくてもいいよね? 呪いとかの類は信じてないけど、本当に何かあったら嫌だからさ」

「えー、二人で映れば大丈夫だって!」

 どうやら千尋はどうしても二人で映りたいらしい。

 必死に考えを巡らせているのか、廃校につくまで偽者は全く話さず、千尋から話されてもただ相槌を打つばかりだった。




 昼間に見る廃校からは、昨夜の不気味な雰囲気は全く感じ取れなかった。

 だというのに千尋は緊張した面持ちで歩いている。普段の千尋から比べれば、明らかに口数が少ない。恭也が入れ替わっていることは知らないはずなのだが、一体なぜだろう。

 そんなことを考えているうちに連れ立って歩く二人は校舎の中へと入っていった。


 恭也はごくりと唾を呑んだ。

 このあと入れ替わりに成功するかどうかで、ここから先の人生をどちらの世界で過ごすかが決まるのだ。

 焦るなといくら心に言い聞かせても、身体が強張る。


 小走りに駆け、恭也は二人が来るよりも早く『呪いの鏡』の前に立った。その鏡はいつ見ても美しく、魅惑的で、そして不気味に佇んでいた。

 

 自分の偽者を生み出した、『呪いの鏡』。

 これを割ってしまえばに自分の偽者は消え、元の世界に帰れるのではないかと思ったこともあった。

 しかし行動に移せなかったのは、その考えに自信が持てなかったのと、そうでなかった場合のリスクを考えてだ。

 もしそうならなかった場合、自らの手で希望を絶つことになるのだから。


「お前には絶対に負けないからな」

 鏡に向け、吐き捨てるように言い放つ。そうすることで自分を奮い立たせた。


 しばらくすると、二人が階段を上ってくる硬質な足音が聞こえた。

 恭也はいつでも動けるように身構える。

 そして、『呪いの鏡』を通して千尋の姿が少し見えた。


「ねぇ、どうしたの? 昨日は恭也だって早く見たくて探してたって言ってたじゃん?」

「いや、それは……そうだけど……」

 どうやら偽者は鏡に映るか映らないかというぎりぎりのところにいるらしい。おそらく一歩でも進めば鏡に映る、そんな距離。


 おそらく葛藤しているのだ。

 リスクを背負って千尋の言うことを聞くか、彼女に嫌われるのを覚悟でその要求を撥ねるか。

 千尋への異常なまでの愛。それを持つがゆえに、今、彼はとても真剣に悩んでいる。

 

 周りの動きが見えなくなるほどまでに。

 だから、千尋の動きに気が付かなかった。


「えいっ!」

「――!?」

 完全に不意を突いた体当たり。

 偽者をよろけさせるのには十分だった。


 どちら側の恭也の顔にも驚愕の表情が浮かんだ。

 が、ほんの一瞬だけ早く、鏡の中の恭也の方が先に行動を起こした。

 今なら偽者の全身が『呪いの鏡』に映し出されている。


 恭也は思い切り腕を伸ばす。

 その瞬間、まるでスローモーションになったように感じた。

 伸ばされた恭也の腕が、ゆっくりと鏡面を通過して偽者の右手に触れる。

 

 その瞬間、強烈な痛みが後頭部で爆ぜた。

 光が弾け、次いで目の前が真っ暗になった。

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