その④
二人の後を追ってきたが、それは困難を極めた。
鏡を通じて出ないと二人の姿が確認できないからだ。
帰り道、二人は何かを話していたらしい。時折過ぎるカーブミラーからは笑い声が聞き取れた。
どうやら此方の声は彼女まで届くことはないが、逆は可能らしい。
腕時計を見ると、現在の時刻は十時半過ぎ。
だというのに今は民家にさえ人の気配はない。明かりなどは一切ついていなかった。
二人は千尋の家の前で分かれた。
次に会う約束でもしたのか、一言二言交わした後に偽物の恭也はまた歩き出した。
どちらについていこうか迷ったが、偽者を追うことに決めた。千尋とは話すことはできないと思い出したからだ。
偽者は何の躊躇もなく恭也の家に侵入した。恭也はそれを家の前にあるカーブミラーで確認し、彼の後を追って玄関に入った。中は左右対称であること以外何も変わらなかった。
すぐに家じゅうの鏡を探し回り、二階の自室にある立てかけられた鏡に自分の姿を発見した。
まるで自分の家のように振る舞う存在に対して怒りが湧き上がってくるのを感じる。
「お前一体誰なんだ! 俺と同じ格好しやがって」
自分と同じ顔をした男がゆっくりと振り返った。
「あぁ、何だ君か。ついてきちゃったのかい?」
まるで恭也の存在など気にしていなかったといわんばかりの口調だ。恭也は相手のペースにのせられまいと感情を抑え、ゆっくり話すように努めた。
「質問に答えろよ。お前、何者だ?」
「見れば分かるだろう? 僕は恭也。千尋の彼氏で、高校一年生。自分のことも分からないのかい?」
「俺がお前なんじゃなくて、お前が俺だろうが。まるで自分が本物のように話しやがって」
蓋をしていた感情がまたふつふつと甦ってくる。
「偽者は君の方だろう? 鏡の中にいながら、よくそんなこと言えるね」
偽者が鏡に思いきり顔を近づけた。
「僕の方こそ聞きたい。君が本物だという証拠がどこにある? 勝手な思い込みをするな」
偽者は背を向け、そのまま恭也のベッドに倒れこんだ。
「ふざけるなこの野郎!」
抑えていた怒りが爆発した。鏡の向こうにいる相手に掴みかかろうとしたが、鏡に弾かれただけだった。
「くそっ!」
怒りのままに拳を床に叩きつける。おそらくは『呪いの鏡』からでないと入れ替わりはできないのだろう。
そしておそらくは、それはそこに相手が映っている時のみに限られる。
そうだとしたら、わざわざ偽者が恭也がチャンスを与えるはずがない。元の世界に帰れる可能性はゼロに等しいものとなる。
偽者はもう寝てしまったのか、微かな息遣いのみが聞こえる。
やつをどうにかして『呪いの鏡』まで引っ張り出さなくてはならない。
だがそれには問題がある。向こうの世界の住人にこちらからコンタクトがとれないのだ。
千尋ならもしかしたら偽者になんらかの違和感を抱いているかもしれない。
両親はタイミングの悪いことに、二人で旅行に出かけている。帰ってくるのは数日後だ。
いや、むしろいないほうがあの廃校舎には連れ出しやすいか。
今のところ、一目でわかるような違いは残念ながら発見できない。
服にロゴでも入っていれば即座に分かったのだろうが、生憎、恭也が来ていたのは無地のものだった。
そもそも俺は本当に本物と言えるのか?
トランプのような分かりやすい表や裏は人間には存在しない。どちらもその人自身なのだ。そんな生き物に偽者やら本物やらがあるのだろうか。
偽者の自分の言う通り、自分が本物だと言える証拠は何一つとしてない。本物だと思い込んでいるだけかもしれない。
疑い、考え、自答しているうちに、恭也はいつの間にか眠りに落ちていた。