月の君
織田軍を退けた俺たちは、稲葉山の城へと帰路についた。
織田追撃隊と戦った部隊のほか、散り散りに逃げていた部隊とも合流し、千人ほどは生きて帰ることに成功したのだ。
しかし、城を立ったときは三千はいたはず。
つまり、全体の三分の二ほどがやられたということだ。
正直いって、壊滅という以外ないだろう。
追撃隊を追い返したことにより、なんとか織田軍にも被害を与えられたので、被害を最小限には食い止められたはずだが…、確実に木曽川の辺りは取られただろう。
木曽川を使って物資の運搬を行えば、迅速な部隊の建て直しは可能だろう。
齋藤軍も急ぎ部隊の再編成をする必要がある。
道中、そうして考えて込んでいると、
「なぁに!半兵衛どの!そう暗い顔をするでない!一時期は全滅も覚悟したのじゃ、それを思えば千人が帰れることを喜びはすれど悲しむことはない!」
どうやら、考えこんでいる俺を落ち込んでいるとおもったのか、安藤さんは俺のことを励ましてくれた。
「そういって頂けると助かります。そうですね、気にしすぎないように努めます。」
その優しさを無碍にすることもないだろうと思い、考えていただけだというのは内緒にしておく。
それに、実際落ち込んでいた部分がゼロなわけではないので、少し救われもした。
「うむ!それもこれも半兵衛どののおかげじゃ!」
そういわれて、心臓がズキンと痛んだ。
そして、つい心の内をこぼしてしまう。
「いえ、私がしたことなど大したことではございません。むしろ素人が考えた策で徒に兵を死なせてしまったのではないだろうか?私が余計なことを言わなければ戦のプロ、いえ、玄人である皆様が状況をもっとよい形で打破したのではないだろうか?そんな疑念と後悔に押しつぶされそうです。」
そんな俺の言葉を聞いた安藤さんが軽く笑っていった。
「お主が戦の玄人であると認めてくれているわしが保証しよう。あの状況で一瞬で策を練り上げた半兵衛どの以外の誰であっても、ここまで被害を抑えられなかったはずだ。もしも、わしが指揮を取ったとして、精々生きて帰るのがやっとだったであろう。百歩譲っても織田の追撃隊を退却まで持っていけはしなかっただろう。」
「そう、でしょうか?」
「そうとも。」
そういって俺を安心させようと笑いかけてくる安藤さんの笑顔をみていると、肩の力がフッと抜け、笑顔になってこう言った。
「ありがとうございます、そういって頂けるだけで少しは気が楽になりました。玄人である安藤さまにそういって頂けるのであれば、そうなのだと納得することに致します。」
そういう俺に、うんうんと頷きを返してくれる。
本当にやさしい人だ。
「ところで、戦の最中はわしのことを安藤『どの』といっておったのに、今度は『さま』付けなのか?」
そういわれて、失礼だったかと思いあわてて理由を述べた。
「し、失礼を致しました。あの場で指揮を取るにあたって、最上位のものがいるのにその下位のものが命令を出すと指揮系統に混乱が生じるかとおもい、兵たちに自分と安藤さまは対等の立場のものである、この竹中半兵衛も最上位だと示すためのとっさのものだったのでございまして…、申し訳ございません。」
「なるほどなぁ…、まことお主の言うことは理に適っておる。そして『半兵衛どの』、わしはそなたに命を救われたものじゃ、もはやわしとそなたは対等な間柄、いやいやもしくはわしがへりくだってもおかしくはないとおもうのじゃが…。」
そう笑いながらいわれて、俺もぜひやめてくださいと笑いながらお願いし、お互いの間で大きな笑いが起きた。
そうして、帰路の途中、どこそこの判断はどうしてそうしたのか、今回の戦いでどうすれば最善の一手だったのかを検討しながら馬を歩かせたのだった。
そして稲葉山城の安藤さんの屋敷へ着くと、安藤さんは甲冑を脱ぎ、着替えると、
「わしは今から殿の下へご報告にあがる。」
殿、齋藤義龍のことだ。
「それでしたら、わたしも。」
今回の戦は、俺も深く関わったことだ。
報告する際に参考人になれればとおもい、ついていこうとしたのだが、
「いや、さすがに許可もなく殿の御前にお主を連れてはいけん。だが、わしはお主を殿にあわせたいとおもっておる、殿に今回の仔細を語り、殿が会ってもよいといわれれば必ずやお主と殿を引き合わせよう。」
個人的に齋藤義龍にあって見たい気持ちもあったが、そういわれては食い下がるわけにも行かず、引き下がることにした、が。
「安藤どの、私が未来からきた人間であるということは義龍さまには伏せておいていただけますか?」
「ほう?それはなぜじゃ?」
「安藤どのには幸いにして信じていただけましたが、未来からきた人間、などというものは胡散臭いにもほどがあるでしょう。それに…。」
そこで一度言葉を区切り、逡巡していたが、安藤さんに身振りで促され続ける。
「この時代、私から見て『過去』のこの場所に、あまり未来の知識を振りまくつもりはございません。既に私の知る過去と違うこの時代では細かい場所で差異がございます。その差異を詳しく申し上げるわけには参りませんが、ここは本当に過去なのか?もしかしたら過去のようにみえる全く別の世界に飛ばされた可能性すらあります。つまり私の持っている未来の知識がどの程度役に立つかわかりませんし、私の未来の知識によって、これ以上過去を歪なものにするのも私のいた未来に大きな影響を与え危険かもしれません。安藤どの、どうか義龍さまのみならず私が未来からきた人間であるということは伏せておいていただけませんか?」
「ふむ…。」
少しだけ考えるような素振りをみせると、
「あい、わかった。そなたの言うとおりにしよう。」
正直、いまだに俺の信用という意味では怪しいにもほどがあるレベルだとおもうが、安藤さんはそんな俺を信じて言うとおりにしようといってくれた。
俺の言葉を了承してくれたことと、その信用に対して礼を述べる。
「ありがとうございます。」
「いやいや、だがそうなると…わしがお主を預かっておく大儀名分がいるのう。」
しばらく、うむむと唸っていると。
左の手のひらを右のこぶしで叩くようにして、ポンと手を打つと。
「そうじゃ、誰かおるか!」
そういって小姓さんを呼ぶと、
「月を連れて参れ。」
それだけ言われた小姓さんは、誰かを呼びに行った。
それから、五分ほど経っただろうか、小姓さんが戻ってきた。
「月姫様をお連れ致しました。」
そういうと、サッと襖を開けた。
そこには、
「お父様、お呼びにより参上を致しました。」
物凄い美少女がいた。
つややかな長い銀髪は美しく、透き通るような白い肌に、潤みを帯びつつもくりくりとした可愛らしい青目、すっと通った鼻も綺麗だ、口も小さく女性らしい、全体的に細作りの体は儚げな印象を与えるが、美しい容姿とその儚さがマッチしていた。
正直、現代にいた俺はモテたので、容姿自慢の女の子に何人もいいよられた。
だが、そんな現代の容姿自慢の女の子たちが霞むほどに、そこにいた女の子は美しかった。
「紹介しよう、わしの娘の月だ。」
「月でございます。」
そういって俺に向かって頭を下げる。
「ど、どうも。」
完全に彼女に見惚れていたので、反応が遅れちょっとどもってしまった。
「月、こちらは竹中半兵衛どのじゃ。先の戦でわしの命を救ってくれた人じゃ。」
「半兵衛です。」
そういって挨拶を返す。
「竹中半兵衛さま、このたびは父の命を救っていただきありがとうございます。」
そういうと俺に向かって微笑み、深々と頭を下げる。
「いえ、私がしたことなど大したことではありませんよ。」
「そんなことはなかったぞ、半兵衛どのが立てた策が見事にはまり、織田の追撃を振り切れたのじゃ。半兵衛どのは月同様、体が弱いらしく刀を取ることはできんらしいが、それでも弓を持って果敢に戦ってくれておった。」
そうやって褒められるとなんともむず痒かった。
「さて、月よ。お主を呼んだのは他でもない。」
そういうと一拍おいて、安藤さんは言い放った。
「半兵衛どの、月と婚儀を結ばぬか?」
遅くなってしまい、申し訳ございません!
なんとか5話投稿です。
今回登場した月姫は、竹中半兵衛の奥さんの得月院からです。
この人は史料がほとんどなくて、名前もよくわからないので勝手に名づけました。
前回の後書きで、可愛くかけたら~とかいってたとおもうんですが、可愛くもなにもまだやっと登場したーってところで、なんともいえませんねw
さて、話は変わりますが。
投稿間隔と致しましては、あまり遅れないようにしたいとおもっておりますが、何分仕事もありますので、毎日更新とかは難しいとおもいます。
できれば週1、遅くとも2週間に一本は上げるつもりです。
読者の皆様にはどうかご理解いただきたくおもいます。
最後になりますが、この作品のブックマーク数が500件突破。
3万PV突破、ユニークPV1万突破いたしました。
この場を借りて感謝の言葉を述べさせていただきたく思います。
ありがとうございます。
それではまた次回。
よろしくお願いします。