目覚めたのは
最初に感じた違和感は、ゴツゴツとした地面の硬さだった。
寝ぼけてベッドから落ちたのかとおもったが、たとえベッドから落ちて床で寝ていたとしても、ここまで床がゴツゴツしてはいないだろう。
違和感の正体を確かめるべく、まぶたを開く。
(……ここは―――――。)
硬い場所で寝てたせいか、首と頭が痛いが、なんとか思考を働かせ、周りを見渡してみる。
暗い地下のような場所で、小さなかがり火がかすかな明かりとなってはいるものの、かなり暗い。
周囲3メートルほどがギリギリ見えるレベルだろうか?
見渡してわかったことがある。
(牢屋?)
そう、どうやら地下牢のようなところに閉じ込められているようだった。
周囲は岩肌がそのまま露出した壁に覆われ、唯一かがり火が置いてある通路になっているほうのみ、木で出来た格子がつけられている。
なぜこうなったのか、色々思い返してみる。
まず、俺はどうしてここで寝ていたのか?ということだが……。
全然思い出せなかった。
自分の最後の記憶は自室で采配を拾いあげたところだ。
自室で采配を拾ったとおもったら、地下牢に閉じ込められていた。
何を言っているかわからないとおもうが、そういう状態なのだ。
理解できるわけがない。
次に、ここは一体どこなのか?
実は自分が知らないだけで、うちの屋敷には地下牢が隠されていて、家宝を投げつけて壊しそうになったのが親父にバレて、ここに閉じ込められた。
なくはなさそうだが、現実的ではないだろう。
誘拐されたのかともおもったが、うちはでかい屋敷なだけあって、防犯設備もハンパじゃない。
全くなんの騒ぎにもならず、いきなり俺の部屋まできて、俺を誘拐していく。
これも現実的ではない。
つまり、現状わかっていることは、
「何もわからんってことがわかっているだけか……。」
とりあえず、やれることをやっておこう。
「誰か!?いないか!?」
格子を掴みつつ、通路に向けて叫んだ。
ここが実は我が家であるならば誰かいるだろうし、誘拐されているならば、誘拐犯を警戒させてしまうかもしれないが、俺が気がついたことを知らせておくというのもなくはないだろう。
いずれバレるのだし、長く閉じ込められるのならば食事の用意などしてもらわなくてはならない。
殺さずに今まで閉じ込められていたのなら殺すつもりはないだろう、営利誘拐なら人質は生きていてはじめて価値があるわけだしな。
しばらく叫んでいると、古風な着物をきた男がやってきて。
「お、気づいたか、しばし静かにしておれ。」
そういって、引き返すていった。
しかし、今の男はちょんまげじゃなかったか?
このよくわからない状況で、あんなカツラ被ってるところから推測するに、何かのパーティーの余興のドッキリっていう説があがってきたな。
それにしては違和感があるが、あんなふざけられるとまじめに考えるのも馬鹿馬鹿しいしな。
もう一つのまさかの可能性についても考えたが、それはあまりに荒唐無稽なのでさらに馬鹿馬鹿しかった。
10分も待たずに今度は立派な羽織付きの着物をきた立派な風采の男がやってきた。
腰には刀まで刺して、こいつもちょんまげだ。
(武士のコスプレ?)
見た目から受ける印象では50前後の男だ、それがこんなパーティー衣装を着せられていると滑稽に映るものだが、堂々と着こなしており、また男の五十男とは思えないほどの立派な体格が『武士』といった感じを完成させており、ものすごく似合っていた。
武士風の五十男を観察していると、男の後ろにいた付き人のようなやつに、
「無礼者!膝を突かんか!このお方をどなたと心得る!このお方は――――。」
「よい。」
そう、五十男がいう。
付き人は黙って一歩後ろに下がった。
「珍妙な着物をきた小僧、お主の名は?」
そう言われたその声の持つ性質には覚えがあった。
これは、人に命令することに慣れたものの声だ。
身近に聞いてきた声、これは……。
(親父みたいな声だ。)
そう思っていると、五十男が。
「お主、名も名乗れんのか?」
親父のような言葉で命令された俺は思わずカッとなって、
「名前を聞くときはまず自分が名乗るっていう教育を受けてきたのでね、まさか『このお方』が、そんな『無礼』を働かれるとは思わなかったもんで、びっくりしてしまいましてね!」
と、言い返してしまった。
付き人が顔色を変え、腰に手をやって、一歩前に出るのを五十男が手の動きで制する。
え?今この付き人野郎、刀抜こうとした?まさか本物?
「面白い、これは無礼を申した。わしは安藤伊賀守守就と申す者、そちの名を聞かせていただけるだろうか?」
安藤守就―――――。
確か、戦国時代の武将で西美濃三人衆と呼ばれ、戦国大名齋藤道三の筆頭家臣の一人。
戦国武将コスプレパーティーなら何もそんなマイナー武将を名乗らなくてもいいのに……。
「こちらはそちのいう礼を示したのだ。そちも示していただこうか?」
そう言われて、とりあえず名乗る。
「俺の、いえ僕の名前は竹中半兵衛と申します。安藤伊賀守さまとは知らず無礼を申し上げました。平にご容赦を……。」
相手に乗っておいた。
半兵衛を名乗ったのは、どうやら相手が俺の名前を知らないようだし、偽名を使っておいたほうがいいだろうという判断からだ。
戦国武将好きのネットオフ会に何かの拍子に巻き込まれたなら、皆ハンドルネームがあるのだろうし、ハンドルネームも竹中半兵衛で通してるといえば逃げ切れるはずだ。
「『竹中』半兵衛、とな?姓を名乗るところを見るにやはり武士の出か?」
姓を名乗る?現代の日本人としては当たり前だろう、むしろファーストネームだけ名乗るほうが珍しいとおもう。
「まぁよい、で、お主は一体何者だ?そのような奇妙、いや珍妙な着物を着て。南蛮の者どもが着てる着物とも違うようだしのぅ。」
「こ、これは、南蛮の国の一つ、オランダから来た商人から買った学ランにございます。」
先ほどの『まさかのもう一つの可能性』が頭を過ぎり、それっぽいことを言っておく。
「ふむ、ようわからんのぅ。ひとまずこのような暗いところではなく、上に上がって話そうではないか。」
そういって、地下牢の鍵を付き人に開けさせ、身振りで着いてくるようにいった。
そうして、地下から出た俺が目にしたのは、
「なんじゃこりゃあああああああああああ!!!!」
そこは、城の廓の中にある屋敷のようだった。
山城のようで、城下町が見下ろせる。
「唐突に叫びおって、五月蝿いのぅ!だが、まぁそう見れるものではないからよう見ておけ、これが天下の堅城、稲葉山城から見る井之口の町の景色じゃ!」
今、確かに稲葉山城といった、確かに安藤氏が仕えた美濃の齋藤家の城は稲葉山城だ。
町並みも『当時』はこのようなものなのかもしれない……。
だが、現代の、21世紀の稲葉山城から井之口を見下ろした景色。
つまり、『岐阜城』から見渡す『岐阜市』がこんな景色のはずがなかった。
「マジでタイムスリップぅうう~~~~~~~!!??」