9. 忌夢:Nightmare
二階に着くと、銀牙は俺たちを客間へと案内する。
「えーと、天夜君はこの部屋で、ギリウス君はその隣な。風呂は部屋の中にもあるし、一階には大浴場もあるからどっちか勝手に使ってくれたらええわ。須田君の部屋はさっき寝かせてもらっとった部屋を使ってくれ」
そう言われた冬真は無言で頷き、俯いたまま廊下を先々と歩いて行ってしまった。
暗澹としたオーラを放ち続ける冬真からは微塵の生気も感じられず、その足取りは引きずるようだった。
「やっぱなんかあったんやろな……」
「すまねぇな。何の関係も無い一般人……それも、お前を殺そうとした奴を招き入れちまって」
「ええてええて、気にせんといてえな! 困った時はお互い様やがな! あんな暗い顔されてたら、こっちも精一杯もてなして元気になってもらおうってもんよ」
銀牙は笑顔で返す。彼の横顔から少し暗い陰も見て取れたが、彼の言葉に従い、あえてその心理は追求しない。
「ほな、俺はちょっとペットを躾けんとあかんから。おやすみ」
踵を返して一階へと銀牙は降りて行った。
響くして足音が消えかかり、ギリウスと顔を見合わせる。
「さてと、寝ようか。おやすみ。ギリウス」
「ええ、おやすみなさい」
短い言葉を交わし、互いの案内された別々の部屋へと入っていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
鬱蒼たる夜が来た。
人も、猫も、蛇も、殺人鬼も、そして神や悪魔すらも、既に夢の中へと堕ちる時間。
――どうやら、俺は今、夢を見ているようだ。
長く長く、ドロドロと溶けるように堕ちた感覚の、濃厚で醜悪な夢を。
今までにも、幾度か見た覚えのある夢。おぞましいとは分かっていても、どこか懐かしい気分になってしまう不可解な夢。
そこには誰かがいた。
総身は闇のように黒く、影のように蠢きながら月に照らし出される。
石畳を踊るように歩きながら、返り血に嬉々としながら、次々と立ちはだかるヒトのような何かを長剣で斬り伏せる。
足下には夥しい死体の数々が無残に転がっていた。黒く酸化した血の海が石畳を埋め尽くし、雨上がりの後のような滑りが靴底を濡らした。
血液も死体もおぞましい量だ。道を埋めつくすように広がる死臭と死体が、異様な吐き気を催す。
そいつの顔は誰かに似ていた。
嬉々としながらも、哀しい瞳を震わせているのが印象的だ。
そこで、なんとなく悟ってしまう。
顔も背丈も、見成りも。何もかもが俺にそっくりなのだ。
精緻なレリーフの施された軍刀を携え歩く狂人は、何か強い執念に駆られているようにも見えた。何かに復讐したがっているかのような、執念に。
だが男は、明らかに理性的であった。一見執念に呑まれているようにも見える男の殺戮は、計算づくで、全てが既知で、何もかも自らの思うままに駒を動かしているかのような……そんな印象を抱いた。
あれは誰なのか。
逡巡する意識によって思考が泥沼に引きずりこまれ、俺にそっくりな男のビジョンは朦朧とした霞となって消滅。
――突如、唸る獣のような声が耳に入り、そこで夢は途切れた。
呼吸は荒く乱れて、全速力で走ったあとに似た倦怠感と疲労感が全身を襲う。飛び跳ねるように起き上がり、心臓を握り潰すほどの勢いで胸に手をあてがった。
妙に生々しい感覚を覚えるこの夢は、いつも何か悪いことの起こる予兆のように訪れる。できれば二度と見たくない夢だが、今しがた見てしまった以上これから何かが起きる。それだけは間違いない。
異常な寝汗をかいてしまった。喉の渇きも著しい。ベッドから出るのは億劫だったが、気分転換したいのも事実だったので、天夜は自室をあとにした。




