6. 制裁:Killing the avenger
調律者には、目の前で征乱者が調律者などの許可無く力を使用した場合、有無を言わさず即座に裁きを下す権限が与えられている。
例えるならば‘‘現行犯逮捕’’のような物だ。
「るせぇ! ここでくたばれ!」
星村の右腕が更にまばゆく、青白い光りを放つ。
数瞬ほど光が迸り、持続したかと思えば、光は右腕に吸い込まれるように消えた。
だが、星村の手にはついさっきまで有るはずの無い物が存在していた。
その手には鋼鉄製の頑強な大剣が握られていたのだ。
――征乱者は自然の摂理を超越する。
それはつまり、無から有を生み出す事も可能ということである。
何かを生み出すには材料となる物をベースに造りあげなければならない。それは当然のことであって、何も無い所から物質を生み出すなど普通なら到底考えられない話だ。
しかし征乱者にそんなことは関係が無い。
何も無い所から自分の能力に見合った物を生み出す事くらい、造作もないのだ。
「‘‘金属の征乱者’’、星村 昂鬼……資料通りですね」
フン、とギリウスは鼻を鳴らす。
「余裕じゃねぇか、殺ってやるよ!」
身体を捻り、大剣を振りかぶる。
ヘッドスピードはかなり速い。刀身の軌道からして、横薙ぎの水平斬りなのが見て取れた。
空気を切り裂く甲高い音を立て、大剣の白刃はギリウスに鋭く牙を突き立てる。
しかし、勢いよく振りかざされて薙いだ大剣は当たらず、標的である燕尾服には微々たる擦過すら許さなかった。
「……⁈」
おぞましい殺意と矛先を向けられているというのにも関わらず、微笑みを絶やさないギリウス。
舞踏会を思わせる華麗なステップを奏でながら、攻撃を躱していたのだ。
いや、ただ躱したのではない。
瞬時に隠し持つレイピアを抜刀し、刀身で滑らせるように捌き、大剣の威力をいなしていた。
その場に居るほとんどの者が抜刀した瞬間を認識できず、ほんの一瞬の出来事であったのだ。
だがここでギリウスがその機敏な動きを止める事は無い。
水平の剣戟を躱したその隙を逃さず、反撃が始まる。
ギリウスのレイピアは攻撃部位が剣尖だけの針のような剣だ。レイピアの種類によっては刃がある物も存在するが、殆どが刺突を主とした物だ。つまりギリウスの剣先から繰り出せる剣の軌道は‘‘突き’’だけ。
“斬る”という事を捨て、“突く”事に特化した剣。
レイピアを操り、ギリウスの突きはおぞましいほどの速さを纏いながら放たれた。
天夜はギリウスに殺意が無いことに気付いていた。だが確実に寸止めで戦意を喪失させるつもりだろう。
そう思っていたので敢えて止めはしない。
これが今回の定期審問において、征乱者が予期せぬ暴挙に出ようとも、抑止力となると考えているからだ。
つまりは見せしめである。
天夜はその攻撃速度に星村が追随する事は不可能だと見ていた。
だが、星村は驚くべき反応速度で大剣を盾にしてレイピアの一閃を防いだ。
場慣れしている。完全に素人の動きではない。
不敵な笑みを浮かべ、礼を言うかのような顔つきのギリウス。
ハッキリ言うと、こうなったアイツは手に負えない。
防げるということは、本気で突きに行っても構わないということだからだ。
規則であろうと何であろうと、殺してしまった場合は仕方の無い事だと済まされ、ギリウスの場合多少の本気を出して死んだとしても恨みっこ無しという、非常に憂慮すべき意味を孕んでいる。
一方の星村は初撃こそ防いだものの、ここからがギリウスの剣技の真骨頂。
ギリウスと戦う上で余裕を持って殺し合う暇など無い。
不規則な軌道から、刺突の猛攻が星村を襲う。星村は必死でガードするものの、押されているのは明白だった。
前へ前へと踏み込み、突き込み、星村を追い詰める。
金属同士がぶつかり合い、擦れ合い、刃同士が無機質な協和音を奏でる。
下手をすれば虐殺にもなりかねない一方的な攻撃が星村を襲い、大剣の防御など無意味に等しいと言わんばかりに叩きつけられる衝撃。
あまりにも一方的過ぎるため、天夜がそろそろ止めに入ろうとした瞬間。
「双方、やめぇ!」
突如乱入した者が声を張り上げ、状況が一変した。
二人を制止したのは、一人の女。流麗で艶やかなブラウンの長い髪を後ろで束ね、落ち着いた赤を基調とした着物姿の女だった。
驚くことにギリウスの神速のレイピアを右手で掴み、突きを阻害していた。
突きの威力を相殺し、防御を手助けしていたのは、彼女の右手から伸び、レイピアに絡みつく樹の根っこのような物体だった。
左手では掌を星村に突き出し、戦闘の中止を促す。
「我々は定期審問をしに来たのだ……それ以上潰し合いたいのなら、この刀条華煉がお相手する!」
強気な女の声が響き、静寂が辺りを包む。
「調律者殿も、力を使えば星村の力を相殺して大剣を消すことすらもできたのだろう? それはあえてそうしたのか? だとすれば調律者としての責任を問いたいところだ」
満面の笑みを浮かべる燕尾服の男は嘲るように低く笑う。
「簡単な話ですよ」
静寂の中、全員がその不気味な雰囲気を醸し出す男に視線を投げかける。
「躾のなってない犬は、こうしてやるのが手っ取り早く、最善でしょう?」
嗜虐心を醜いまで露わにした表情に、勝気な刀条すらもある種の恐怖を感じたのか、たじろいで思わず視線を床に落とす。
「それよりも、早くその植物をしまいなさい。許可無く力を使った時点であなたも執行対象ですよ? ‘‘樹の征乱者’’……」
「……分かった。この場は退こう。だが、早く本来の仕事をしていただきたい。我々はこんなことをするためにここへ来たのではないのだ」
レイピアに絡み付く樹は、生きた触手のように刀条の手へと消えてゆく。
植物による捕縛が解除されたところで、ギリウスはレイピアを鞘に納めた。星村も能力で大剣を消し去る。
初っ端から波乱含みの定期審問。
収集が付かぬ事態にならなければ良いのだがと、天夜は気を揉んだ。