5. 反逆:Traitor
「よし、それじゃあ定期審問を行う。今から今回の定期審問の対象となる征乱者の名を読み上げるから、不備などがあれば、訂正を申し出てくれ」
コートの懐から一枚の高級そうな紙を出すと、天夜は通った声で名を呼び上げる。
「理性の征乱者、九道 銀牙。
液体の征乱者、九道 蒼牙。
天力の征乱者、橘 波流。
音の征乱者、明鏡 臨哭。
金属の征乱者、星村 昂鬼。
樹の征乱者、刀条 華煉」
天夜は六人の征乱者の名前を読み上げると、一度息を吐き、吸い込む。
「以上六名が今回の定期審問の対象となる征乱者だ。訂正や異論は?」
無言のまま頷く事も無く、征乱者達の顔付きが変わる。
肯定も否定もせずに黙り込み、互いの顔を見合わせる征乱者の六人。
なんとも言えぬ重い空気だ。当然だろう。
彼らも何かしらの罪を犯してないとはいえ、こういった無差別的な疑いをかけられるような行為は好ましくないはずだ。
天夜でさえ、このやり方に多少の違和感を感じない事も無い。
「銀牙、定期審問を行うのに用意してくれた部屋はどこだ?」
「ああ、それなら三階の‘‘聖霊の間’’やで。ほな全員ついて来てな。案内するわ」
天夜、ギリウス、白亜、そして征乱者達を含めた9人は食堂を出て、天国へと続くかのように荘厳な大理石の階段を踏みしめながら上がってゆく。
その足取りは重く、誰も一切言葉を発そうとはしない。ただ虚しく、しかし重厚な大理石を踏む音が鳴り響く。
三階につくと、まず思うのは予想通りと言った感じだ。豪華絢爛な装飾と優美な絵画などの芸術品が数多く並ぶ。
外観から見た限りではこの屋敷は三階建てのようだ。三階建てと聞けばさほど大きな豪邸とは想像しないだろうが、1フロアごとが兎に角大きい。一体いくらの金がかかっているんだろうか。
階段を登り終え、廊下を右に曲がる。ずっと進んだ突き当たりに、その部屋の入り口は鎮座していた。
食堂の扉もかなり物々しかったが、この扉はそれ以上の雰囲気を放っていた。
圧倒的な威圧感と共に、扉は開け放たれる時を今か今かと待ち侘びているようにも見えた。
「着いたで。ここがうちで二番目に入るのが難しいとされとる‘‘聖霊の間’’や」
ジャラジャラと音を鳴らしながら腰の辺りを探り、銀牙はポケットから大柄な鍵を取り出す。そして扉に穿たれる深い孔へと差し込み、力強く捻った。
扉が開かれる。ゆっくりと。
踏み入った瞬間、中からは神に仇なす悪魔すらも一瞬で平伏すかのような神々しいエネルギーを感じた。
だが、その感じるエネルギーの様な物とは背反して、何も居ないただの部屋だ。
そのはずなのにそういった類の物を感じてしまう。
何にせよ、それほどまでに‘‘聖霊の間’’は素晴らしく、壮麗な場所だったのだ。
壁には創世記の神々を象った彫像。
首を大きく傾けて見上げるほどに高い天井には、100年以上前の征乱者と調律者の戦を表しているのだろうか。荒々しくも美しい戦の絵画が天井に描かれている。
部屋の中央には高さ5m、直径30センチはあるであろう神塔が鎮座していた。
いわゆる創造神とやらを祀った物だ。
「さーて、始めるか」
「オイオイオイ……待てよ! 部外者が居るぜぇ?」
天夜の言葉を遮り、大柄な体躯の男が声を荒げた。
荒くれ者と名高い星村 昂鬼だ。
「なんだ?」
「入口の扉から気配を感じぜ。だが俺らと同じ匂いはしねぇ……どう考えても一般人だよなぁ?」
威圧感のある足音を響かせながら入口へと昂鬼は近づいてゆく。
「オラ! テメエは誰だ⁈」
全員の目に飛び込んだのは、胸ぐらを掴まれて宙に浮く冬真だった。
「おや、お早いお目覚めだったようですね」
ギリウスは星村へと近づき、手を離すように仰ぎ、彼の手が星村の腕を捻り潰すが如く掴みかかる。
「離しなさい。この青年は少しワケありなのです。血気盛んなご様子ですが、そんなに殺し合いたいのなら、私がお相手致しましょうか?」
舌打ちを響かせ、ギリウスの手を振り払う星村。どういう訳か、彼の苛立ちは尋常ではないらしく、かなり粗暴な印象だ。
「テメエら調律者はいつもそうだ! 俺ら征乱者が何かしようとするだけで口うるさく喚いて、危険視しやがる!」
声を荒げ立て、星村は勢い良く右手を天にかざした。
「はて……? あなたのような者がそんな態度を取るからでは……?」
「そういうのがウゼえんだよ! 気に入らねえ!」
星村の右腕が発光し始める。
眩く青白い光が辺りに広がり、そのまま部屋を照らす。
「おや、良いのですか? このままではあなたを調律者として裁かなくてはなりませんねえ……」