表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/51

12. 忠義:Sword of Justice

 私は、警視総監である父を最も尊敬し、父が語る正義を愛し、刀条家の長女であることに誇りを持っていた。我が家に受け継がれし伝統は、武士の魂。私は父が誇れる娘……いや、武士になりたかった。

 弟が二人いたが、彼らと共に幼いうちから剣を学び、剣を振るい、剣のことばかりを考えていた。誰かに指示されるわけでもなく、日々荒行とも言える常軌を逸した鍛錬を重ねた。「心身合一の武を練磨せよ」という父の言い付け通り、もちろん勉学にも励んだ。16歳になる頃には、大人ですら誰も私に剣で敵う者など居なかった。


 18歳の誕生日を迎えた私は、父に警察学校に入ることを勧められた。悪を取り締まり、弾圧し、この世を善で満たす。父のその理想を果たすには、娘の私も警察になることがきっと最善なのだろう。だが、刀条家の長子であるが故に、ただ親の言いつけ通りに警視庁に籍を置くことに抵抗があった。

 正義を守る為とは言えど、ただ父に従って警察となることが本当に正しい選択なのか、疑問を抱いた。父の言うことは正しいはずだ。しかし、ほんの少しだけ、疑念が湧いたのだ。

 それ以前に、今の私の力で父の言う理想を、正義を、完遂させることが出来るのだろうか?


 ――いや、まだ足りない。

 

 飽くなき強さへの欲求を止められなかった私は高校の卒業式の直後、人生で初めて父に逆らった。父の正義と理想をより強固に、完璧にする為には、力が必要なのだ。私一人でもあらゆる悪を討ち滅ぼせるような。

 私は、愛刀の一振りのみを持って中東の紛争地域へと赴いた。もちろん父には黙って。

 中東の情勢は複雑に入り乱れており、様々な宗教対立があった。土着信仰と征乱者信仰が混じり合った宗教も盛んであると同時に、そこには政教分離や治世もままならない醜悪な欲望とイデオロギーが渦巻いていた。それは人類の歴史そのもの。つまり戦争の歴史をそっくりそのまま落とし込んだかのような悪が、そこには蔓延っていた。己が正しいと言わんばかりに力に物を言わせ、他者から奪い、殺し、搾取する。


 ――悪は、滅ぼさねばならない。


 私は仮面を被り、私自身が悪と思う者たちを端から端まで斬って回った。最初は人を斬ることに抵抗があったが、一人斬ってしまえばどうということは無かった。所詮は正義のための礎であるのだ。

 殺しを重ねるたびに、こうも簡単に人間は死ぬものなのかと実感した。人間とは弱く、儚く、醜く、脆い。嫌悪すら抱くほどに。

 当初は戦場で刀を振り回すなど馬鹿げている。すぐに死ぬさと、嘲った噂もされたものだったが、それは通常の白兵戦における話に過ぎなかった。戦乱の世で戦の為に編み出され、研ぎ澄まされた刀条流剣術は殺人剣。銃弾の飛び交う戦場でも、真価を発揮したのは言わずもがな。一対一であろうが、多対一であろうが、銃対剣であろうが、完成された技術体系と研鑽した我が剣技の前には関係無かった。


 そして、(おびただ)しいほどの血を流した。殺して、殺して、殺し尽くした。悪しきを制裁し、正義を貫く。ただその為だけに。

 「戦場にサムライが出る」という都市伝説のような噂は瞬く間に広まり、その結果ついた通り名は皮肉なことに、“ラクシャーシ”。サンスクリット語で「羅刹の女」という意味らしい。


 夜は密林地帯に拠点を置き、身を潜めるようにして食事と睡眠を取った。

 征乱者が捻じ曲げた自然の摂理。その影響で、中東の自然環境や気候では本来あり得ないとされる密林が異常発達していたのだ。その中で得られる動植物の栄養価や水分は生き延びるのに充分すぎるほどのものばかり。

 更に言えば、そのあまりにも広大な密林はゲリラ活動を行うには最適だった。加えて鬱蒼とした森はまさに神秘の塊で、初めて私は生というものを本当の意味で自覚した。


 我々人間は生きているのではない。生かされているのだ、と。


 人が生きるために必要なあらゆる恩恵を人に与えてくれるということは、その反面植物が死ねば人も生きられない。つまり人の生死すら握っているのだ。私はその存在に深く魅了され、厳しくも優しき森を深く愛した。

 私の居所を突き止めた様々な勢力の者たちが殺しに来たが、森を知り尽くし、森と共に生きる私は勝者であり、強者であり、常に狩る側であった。


 ――だがある日、私が愛した樹々たちは死に絶えた。


 ただでさえ複雑な中東の情勢を身勝手に掻き乱す私を、先進諸国たちが見逃すはずは無かった。各国の利権問題に関わる要人ですら殺しすぎた結果、もはや正体不明の暗殺者は無視できない存在となったのだろう。

 協議の結果、彼らは私を森ごと焼き払うことを決定した。元々その森は存在自体があり得ないもの。世界にとって異物である以上、排除しても構わないという理不尽な論理だ。


 そして陽が落ちきり、虫たちが騒がしくなる時間に、業火は訪れた。

 音も無く飛来した戦闘機から投下される無数のナパーム弾。焼き尽くされる生命(いのち)たち。火炎は瞬く間に広がり、私の愛する森を蹂躙していった。

 熟睡していた私は自分のすぐ近くに火の手が来るまで気付かなかった。異変を感じて飛び起きた時には、あたり一面が紅蓮に染まっていた。


 芽生えた感情は、果てしない“怒り”。


 事態の急変に困惑するよりも、逃げなければという考えよりも、今目の前で燃え盛る炎以上に煮え滾った“怒り”が沸々と湧き起こった。

 だが私には何の力もなく、燃え渡る炎を止める術はない。轟々と絶望の音を立て、緑は赤へ、赤は黒へと虚しく変わりゆく。


 己の無力を呪った。己が正義を守り、完遂する為に力を欲し、この地へ来たというのに。これでは何も……何も無意味だ。力が、力さえあれば。この生命たちを救う、力が。

 人は弱い。人は脆い。だが本当に弱いのは、何も守れない自分の無力さだ。人間は、進化せねばならない。いや、人が人であることを脱却すべきだ。

 気管が酸素を求めて間抜けな笛のような音を鳴らす。皮膚は焼け焦げ、黒ずんでゆく。


 あぁ、これこそが、死。


「死……ぬ、もの、か……ッ!」


 怒り、正義、力への渇望、人間への嫌悪。

 もうすぐ死ぬのだろう。そう確信していながらも、私の中の渦巻く想いが混ざり合い、生を求めた。


 ……だが気付けば、目の前は蒼白に染まっていた。比喩でもなんでもなく、ただただ視界は青白い光に包まれていたのだ。けれども光は私の瞳を包んでいたのではなく、全身を覆っていた。炎が赤く染めていたはずの肉体を、青い光が塗り替えるようにして包んでいたのだ。


 ――手に入れた。

 私はついに手に入れたのだ。我が正義を、我が愛を、我が怒りを……体現し、行使する力を。

 使い方は分からなかったが、本能に従った。植物たちの力を借り、死に物狂いで炎の森から抜け出した。


 生き延びた後にまず考えたことは、報復。

 しかし、征乱者であるとは言え私一人が戦争を仕掛けても犬死にするだけだ。派手に動けばラクシャーシの正体が私であることも割れてしまう。身を隠しながら、この能力を訓練できる場所を考えた。

 もはやこの中東には居られない。じきに私の生死を確認しにどこぞの軍隊がやってくるだろう。

 未だ火の手が衰えることの無い死にゆく森に別れを告げて、私は日本へと帰国した。


 帰国する飛行機の中で、父から以前聞いた話を思い出していた。警察庁警備局公安課が秘密裏に保持する、対征乱者犯罪対策特殊急襲部隊--通称“DCD”なる物があることを。


 この特殊部隊は征乱者による犯罪行為、主にテロ行為の制圧を目的としたもので、メンバーは調律者ではなく全て征乱者……その中でも特に実戦経験の豊富な軍出身の者や元犯罪者などで構成されていた。

 世間一般の征乱者への偏見や風当たりは強い上、メンバーの経歴が経歴なだけに、警視庁はその存在を隠匿するほか無いのだが、その有用性と実戦投入による多くの実績から匡冥獄との共同作戦を展開することもしばしばある。


 大規模な征乱者テロであると調律者だけでは収拾が付かないこともあり、そういった局面においてDCDは駆り出されるそうだ。まさに「毒を以って毒を制す(Diamond Cuts Diamond)」を理念とする秘密部隊。

 ここなら警察所属であることを隠れ蓑にしながら、能力のノウハウを学べる。結果的に警察に所属することとなってしまったが、これは紛れもない自分の意志だ。


 帰国後、父と久方ぶりに会った。だが笑顔で迎えてくれるはずもなかった。突然家を出た上、戻ってきてみれば征乱者に成り果て、その挙句DCDに入隊したいと言うものだから父は阿修羅の如く怒った。

 私は躊躇いなく膝をついて頭を下げた。必死の謝罪と懇願でなんとか許しを得て、私はDCDに入隊した。いずれ来たる報復に備えて。


 入隊してからは部隊での訓練や作戦の日々であった。厳しい時もあったが徐々に慣れ、能力の使い方もある程度身についた。実動作戦を重ねるたびに仲間たちとの連携も向上。部隊の仲間たちは個性豊かな面々ばかりで、退屈もせずに済んだ。

 だが、私の母なる森を焼いた者たちに報復する方法だけは、白紙と言っていいほど思いつかずにいた。私の復讐に部隊の仲間たちを巻き込むわけにもいかず勧誘なぞする気も湧くはずも無かった。

 時間はただ、無情に過ぎ去り、私の憤怒は徐々に霞んで消えつつあった。


 そんなある日、とあるカルト宗教団体の制圧作戦の作戦会議(ブリーフィング)が行われた。制圧対象は“炎の征乱者”の教祖を母体としており、その力を妄信する者たち。教団内には教祖を含む5人の征乱者が幹部として存在。現地では教団による拉致誘拐も行われ、人体実験の可能性もあるということで、強制排除の命が降りたとのことだ。


 そして作戦当日――。

 我々は北の辺境、“崩月”へと訪れた。

 先行していた諜報部隊の情報によると教団は崩月南端の郊外に、布施による資金力で豪奢な教会を保有しており、教会地下に作られた巨大な施設が本拠地とのことだった。地下は迷路のように入り組んでいて、狭い屋内での戦闘となれば少人数での部隊編成で潜入するのが得策。かくして、我々は5人で教会地下へと潜り込んだ。


 作戦は滞りなく、順調に進んだ。力を持たぬ信者はなるべく殺傷せずに済ませるという方針で制圧していった。

 最深部では教祖と幹部の征乱者たちを発見したが、激しい抵抗をされた為、やむなく殺害。

 予定より多くの血が流れてしまったが、仕方なかった。事後処理と撤収準備のため、待機していた多くの仲間たちが突入してくる。


 ――だがそこで私は、絶望と希望に出会った。

 

 その男は、突然現れた。その男は、まるで人の命など虫ケラ同然の如く、一瞬で、圧倒的な力で私の仲間を次々と殺した。数々の戦闘をこなしてきた猛者たちが、蛇に睨まれた蛙のように無抵抗に殺戮されてゆく。

 いや、誰もが抵抗しようとはしていた。しかし彼の力の前では、抵抗すら虚しく潰えるのだ。奇襲をかける者もいたが、例外なく死を余儀なくされた。

 何かがおかしい。まるで、誰も彼も操られたみたいにピタリと動かず、彼の前では発現させた能力は雪が溶けるようにして消え去った。教団の者の血と仲間の血が混じり合い、部屋はみるみるうちに真紅に染まった。


「よもや俺の獲物を横取りする連中がいるとは。この教団の者たちは俺の配下にするつもりだったのだがな……おい生き残った女。キサマらは一体何者だ?」


「あっ……な……かっ、う……あ……!」


 その者こそ、須田冬真。今の我が主。

 まるで絶望を纏ったかのような深淵のような瘴気にあてられ、私は思わず嘔吐した。

 一目見ただけで分かる、絶対的な邪悪。私が最も恐れ、最も憎む、悪そのもの。

 視線、声音、指先ひとつの仕草ですら、私は恐怖を感じた。生物が恐怖を感じるということは、危険を察知しているということ。私の本能が、全身が、この男だけはダメだ、逃げろ、と悲鳴を上げていた。

 


「フフ……女よ。俺のこの力を見て戦慄する者は寸分違わず猛者だ。生物として堕落した人間では恐怖することすら忘れる。格の違う相手と対峙して己を奮い立たせ戦おうとするなど弱者のすること。逆らうのは皆一様に判断力を失った愚者ばかり。だがキサマ、相当な修羅場を潜ってきたな? コイツらとは違う。ホンモノの人殺しの眼をしている! この世界に絶望し、怒り、殺さんとする眼だ! 人間の中では珍しい個体だな、名乗れ」


「とう、じょう……かれ、ん」


 従わなければ殺される。そう直感し、ただただ恐怖に呑まれ、答える。


「トウジョウカレンか。ふむ、キサマには俺の予定を狂わせた責任を取ってもらおうか」


「は……?」


「俺の計画を推し進めるための手足となれ」


「ふざ、けるな……よくも仲間を……!」


「クハハハ! その眼だ! 自分が正しいと、信じてやまぬ病的なまでの妄執! だがキサマの信じる正義というものは、見る者が変われば悪となるかもしれんのだぞ?」


 彼はまるで、私の心を見透かしているかのような言葉ばかりを突き刺してきた。私の本質を、丸裸にするかのように。


「黙れ……! 我が正義は絶対だ! 何人たりとも私の正義を否定する者は許さぬ!」


「そう来たか!! クハハハハ!! 面白い!!」


 哄笑する男は、幼い顔立ちと相まって無邪気な子供のようにも見えたが、そのギャップは彼の奇怪さを一層際立たせた。


「では聞こう。キサマの正義とはなんだ?」


「お前のような邪悪を滅し、正しき者が報われる世界を作ることだ。私は父上の理想を完成させる。それが私の正義だッ!」


「ふむ、急につまらん答えだな。キサマは己の本心に嘘をついていると見える。では“何故”、その正義とやらを完成させたい?」


「それは………………!」


 私は言葉に詰まった。“何故”と聞かれると、突然何も言葉が浮かんで来なくなった。


「なぜ、だ……なぜ私は、父上の正義を愛した……なぜ私は、父上の教えに従ってきた……?」


 父に従うことに抱いた、水滴のようなほんの少しの疑念。それが一気に大きな染みとなって、私の心に広がった。

 そうして忘れかけていた復讐の種火が、また沸々と音を立て始めていた。


「どうやら、その正義とやらについては、自分の頭で考えたことが無いらしいな。キサマは与えられた思想を愚直に妄信していただけだ。正義とは何か? 正しいのが正義、弱きを助け邪悪を滅するのが正義、それが一般論だろう。ではその邪悪とは何だ?! キサマの言う邪悪とは?! さぁ、渇望を見せろ!」


「……わた……し、は……人間が、憎い……。私の愛した森を焼いた人間が……自分の都合だけで、自分たちの価値観だけで、生命(いのち)を奪った人間が……人間こそが、醜い邪悪そのもの……」


 もはや思考回路はショート寸前だった。だがそれでも焼き切れそうな神経を繋ぎ止め、考えるのをやめなかった。何か、大事な物が、見つけられそうな気がしたから。忘れかけていた怒りを、思い出せそうな気がしたから。


「フンッ、それがキサマの中に巣食う正義とやらの正体か」


 少しずつパズルのピースがはまってゆくような感覚に襲われた。その男が口にする言葉が正しいかどうかなど、分からないのに。


「キサマは人間が憎いと言ったな。だがキサマのその価値観や常識は、所詮ただの愚かしい人間と何も変わらぬ。正義とは、流動的なもの。一人が正義を謳えば、必ずそれに対立する正義が現れ、互いを悪と見做す。どちらが正しいかなど、人間風情に裁くことはできない」


「ちがう……ちがう……私の、正義は、絶対の、はずだ……」


「まだ言うか、どうやら現実と本心が噛み合っていないらしいな……いいか。キサマは、正義が好きなのではない。ただ、“己が信じた正しいことをしている自分”が好きなだけだ。わがままを押し通したいだけで何も実行できぬ、非力でひ弱な子供だ。キサマが征乱者としての能力を手に入れたのは何故だ? 渇望する物があるからだろう? ……あれは、そういう者だけが授かれる力だ」


 倫理観が、常識が、価値観が、何もかも、私の中で音を立てて崩れ落ち、茫然自失とした。


「だが、キサマの正義とやらを証明するための方法なら教えてやろう」


「ほ、本当、か……⁈ それはなんだ! 教えてくれ!」


 藁にもすがる思いだった。情けないことに、私は顔を泣き腫らしながら悪であるはずの男に教えを乞うた。


「勝利だ。勝った者が正しい。自らの正義を押し通し、相対する正義を屠り、勝ち残った者こそが正しい。そうは思わんか?」


「勝利……」


 ようやく結論に至った。実に簡潔。実に単純明快。

 たったその一言で、立ち込めていた暗雲と濃霧が晴れ渡るように消え去ったのを、私は確かに感じた。

 見落としていた。中東で殺し続け、勝利し続けたのは正義を完成させる力を手に入れるため。あれは、私という正義を証明するための手段に他ならなかった。

 こんなにも簡単なことに、何故気付けなかったのだろうか。


「そうとも。どうせワガママになるなら、とことん突き抜けろ。キサマは人間が憎くて憎くてたまらんのだろう? そやつらにどんな形であれ、勝利すれば良い。俺の計画に乗れば、それも叶う。もちろん俺の命令にはある程度従ってもらうが、与えられた正義ではなく、自分の正しいと信じる道を、自分の頭で考えて動くといい。さぁ、どうする?」


 天の救いだと思った。先ほどまで私の中での悪魔だった彼は、いつの間にか私の中での神となっていたのだ。


「――これより我が身は貴方の剣となり、我が正義にかけて貴方に仕え、勝利を捧げよう」


 考える前に身体は跪き、誓約の言葉を唱えていた。


「良い返事だ。これより俺が進むは覇の道! 付いてきたくば、ヒトを憎悪し、ヒトであることを捨てよ、カレン」


 私は、緋色の世界で二度死んだ。そして生まれ変わった。

 一度死んだ時は力を。もう一度死んだ時は真の正義を手に入れた。

 代償に、私は人間であろうとする己を捨てた。

 もはや人として生きることは能わない。


 その後、私は警視庁に戻り事件の概要を報告。

 報告書のシナリオはこうだ。カルト教団との入り乱れた激しい戦闘の末、私だけが運良く生き残った。

 報告書と同時に、大勢の仲間を死なせた責任を取るという体で辞表を提出し、すぐにDCDを脱隊。


 そして生まれ変わった私は、我が主の計画を進める為に、私は主の待つ崩月へと再び訪れた――。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「フフ、どうしました……? 人間嫌いを指摘されたことがそれほどまでに図星だったのですか?」


「黙れ……黙れ黙れ黙れ! 負けるわけになど行かぬ。この痛みは、この怒りは、この忠義は、この正義は……私だけのものだ!」


 猛る刀条と、(うずくま)るギリウス。

 軽口を叩いていても、ギリウスの不利は依然として覆らない。


 ――天力によって生み出された植物なら毒も覇力で相殺可能……。しかし覇力を体内で活性化させて毒を打ち消そうにも、相手はあの波流さんの心臓から膨大な天力を得ている。天力を覇力で相殺するには同等かそれ以上のエネルギー量が必要。今の私の覇力量では到底、天力製の植物神経毒を相殺はできない。


「こうなった以上、もはや貴殿は詰みだ。(はなむけ)に鮮烈な痛みをくれてやろう。狂い悶えるが良い」

 

 刀条は幾重にも重なる縄状の(いばら)を地より顕現する。蠢く荊たちはまるで意思がある触手のように、自律的にギリウスの四肢を緊縛する。

 完全に自由を奪われると荊たちはまたもひとりでに動き、ギリウスを壁に何度も何度も叩きつけた。荊の棘は深く突き刺さり、至る所から血が噴き出る。容赦無く叩きつけられた衝撃であらゆる骨が砕け、あらゆる関節が捻じ曲がる。


 更に太く長い荊が床を突き破って何本も現れると、ギリウスを宙に吊り下げるようにして固定する。その四肢を決して離すまいと、荊の棘は大地に根を下ろすようにして肉に深く食い込み、生命を吸い取るようにして血を奪う。

 そして刀条は姿勢を低め、刀身を水平にして後ろに引き絞るという形の奇妙な構えを取った。


「我が正義 今全うす

 仇敵の骸を篝火とし 狼煙を上げ

 (ほむら)の華を咲かせよ

  刀条真明流剣術 死炎の六――

           “崩殲華(ホウセンカ)”」


 詠唱の後に訪れたのは、嵐。

 四方八方から踏み込み、駆け抜け、斬りつけ、振り返り、またそれを繰り返す。全ての挙動が閃光の如く鋭く速く、その一振り一振りが一撃必殺の剣の振るい方であることは明白だ。己が正義を貫くという強い意志が攻撃にそのまま顕れている。


 斬りつけられるたびにギリウスの衣服と肉は引き裂かれ、そして巻きついた荊には刀に纏われた火炎が燃え移る。ギリウスはぐったりと無抵抗なまま……否、抵抗する力すら無く、全身から流血し骨肉を炎に焼き焦がれ切り裂かれる。

 数十秒の間に幾百もの燃ゆる斬撃を、それも真正面から受け続けるギリウスの肉体は既に満身創痍。常人ならばとっくに命を落としているだろう。しかし未だ微かに残るギリウスの息遣いを感じていた刀条に躊躇はなかった。斬りかかる手を止めるつもりなども毛頭無く、むしろその攻撃は激化していた。


「さぁ、絶えよ。弱きヒト」


 一閃。

 今までのどんな踏み込みよりも鋭く、今までのどんな構えよりも殺意の滲み出たその一撃。空気抵抗を限界まで減らすための姿勢から繰り出されたその突きは、ギリウスの心臓を貫いた。

 口からは血の滝が堰を切ったように溢れ出し、悲鳴すら聞こえることはなかった。誰の目から見ても、ギリウスの絶命は明らかだった。


「貴殿ほどの剣士は世が広しと言えどそう居ないものだ。安らかに眠るが良い」


 ――絶望。

 その光景を見れば誰もがそう感じるほどの凄惨な処刑劇。


「さて。星村殿も気絶はしているようだが、念のため首を刎ねておかねばな」


 頬にべっとりと付着したギリウスの血糊を拭い捨て、星村にゆっくりと歩み寄る。ピクリとも動かないうつ伏せの巨体の首に刃を当てがう。

 ひとつ呼吸をし、おもむろに天へと切先を向けるようにして振りかぶる刀条。


「さらばだ。我らが野望の贄となれ」


 言葉と共に切先は放たれ、鮮血が噴き上がった。

 星村の身体から――ではなく、刀条の脇腹から。


「なッ……?!」


 大理石の床から伸びる一本の鋭い刃は刀条の脇腹を貫き、赤が滴る。


 それは、星村の能力によって大理石が突起状に変化した、反撃の不意打ち。

 刀条は追撃を喰らわぬよう、手に持つ得物で大理石の凶刃を両断し、後退する。


「チッ、急所は外しちまったか。まあ良い。まさかこんな古典的な作戦を取らされるとはな」


 星村は、ゆらりとその巨躯を持ち上げ立ち上がる。


「なッ……キサマ……! 何故?!」


「全く、クマと遭遇したんじゃあるめぇし、二人仲良くそろって死んだフリ紛いなんてくだらねぇ。だが、奴は自信満々だったからよぉ……あえて口車に乗ってやった甲斐があったってもんだぜ」


「二人そろって、だと……?!」


「フフ。どうやら上手くいったようですね」


 刀条の背後からは、嫌味たっぷりの勝ち誇った笑顔を湛えるギリウスが立っていた。荊の拘束を力ずくで引き千切って逃れたようだ。致命的なまでに負った夥しい傷の数々が、時間が巻き戻るかのようにして塞がってゆく。その非常識で非現実的な現象など、呼吸をするのと同義であるかのように意に介さない様子で、ただ悠然と立っていた。

 余裕綽々の笑みを浮かべ、まるで観衆渦巻くパレードのど真ん中を割って歩く王のように、堂々とした足取りで星村の元まで歩いてくる。


「何故だ! なぜキサマは立っていられる!」


 ――何故だ……コイツの全身から、青白い粒子……微かだがこれは、天力の気配だ。これが不死であることのカラクリなのか?! コイツまでも、わが主と同じ矛盾者(パラドクサー)だとでも言うのか⁈ それとも悪魔か⁈


「なぜ、ですか。その疑問に明確な回答をしてさしあげられる自信はあまり無いのですが、強いて言うなれば、“人間ではない”から、ですかね。……あぁ、そうそう。貴方が私を炎の刀でメッタ切りにしてくれたお陰で、神経毒に侵された血がほとんど流れ出て、親切に炎で消毒までされました。感謝しますよ。……とは言え、燕尾服のクリーニング代と修繕費くらいは請求させていただきたいものですがね」


「あり得ない……自らが不死であることを利用して、わざと喰らったとでも言うのか⁈ キサマは異常だ……やはり我が主と同じなのかッ?!」


「やれやれ、先ほども言ったでしょうに……悪魔風情と一緒にするな、と」


 ギリウスのその顔にはこの上ない嫌悪が張りついていて、ゴミを見るような目で刀条を睨めつける。


「悪魔と呼ばれる種族に関してはこの際どうでも良い。悪魔など、とうに見飽きた。神もいれば悪魔もいる。“この世界はそうやって回ってきた”のだから、今さら驚いてやるほどの価値もない。私はただ、たまたまこの忌々しい不死性を手に入れてしまっただけのこと。もはや死は、とっくに飽きました」


「ほざくが良い……二人に戻ったところで所詮は同じ! 星村殿の不意打ちは私を仕留め切ることが出来なかったのだ! ならば何度でも貴殿らを斬るまで。再生するというのであれば再生不能なまでに斬り刻み、我が(ほむら)を以て灰燼(かいじん)に帰す!」


「そこまでされると流石の私でも復活出来るかどうか分かりかねますね。しかし、そう上手くいきますかね……。星村さん、頼んでおいた物は出来ましたか?」


「あぁ、あんたに言われた通り、色々取り揃えてみたぜ。これだけの量を連続で生成するのは少し疲れるし、注文通り丁寧に作るのには時間がかかったがな」


 よく見れば星村の足元には30センチ幅の溝がいつの間にか出来ており、その中からは様々な西洋東洋を問わずの10種ほどの刀剣がゴロゴロと現れた。

 ギリウスは星村を峰打ちで昏倒させるふりをする直前、小声で指示していたのだ。


 『貴方は今から気絶したふりをし、私が刀条さんの気を引いている間に、西洋の刀剣から東洋の刀剣まで、様々な種類の刀剣をその金属の能力で生成してください。即席の(なまくら)の刀だけでは正直厳しいですので、なるべく丁寧に強度重視で作り上げていただけると助かります。場合によっては私は死にかけるかもしれませんが、私生憎と不死なので、落ち着いて作業してください』と。


「まったく、これだけの数をバレねぇように作るのは少々骨が折れたぜ。不死身なんて嘘っぱちだと思ってたからよぉ、滅多斬りにされてる時はちょいと肝を冷やしたがな。ま、あんたが程良く煽ったお陰でなんとか誤魔化しながら作れた。真面目なヤツほど安い挑発に乗りやすいってな」


「フフ、言葉で動揺を誘うのは私の十八番ですから。それにしても……実に理想的なチョイスです。鍛冶職人にでもなってはいかがでしょうか?」


「ハッ、いくら金属を自在に操れるっていったって、本物の職人が作るもんには切れ味は劣るぜ。だが強度は本物と遜色ねぇから安心しな」


 ギリウスは品定めするようにいくつか刀剣を手に取り、刃の隅から隅までを舐め回すように精査する。


「そうですね……刀条さんほどの剣士相手であれば、5本程度でしょうか。それと星村さん、今度は手は出さないでくださいね。誤ってあなたごと斬り殺してしまいそうだ」


「随分とナメやがって……。だがあんたの言葉には妙な説得力がある。それに従って大人しく見守っといてやる」


 ――5本だと? 先ほどギリウス殿は、5本と言ったか? それにあの口ぶりから察するに、それ以上の本数すら操る事が可能ということか?


「さて、刀条さん。あなたは先ほど、人間を弱いと嘲った。確かに人間は弱い。その上愚かだ。“だからこそ、私は人間のようになりたかった”」


 剣帯を肩と腰に提げ、5本の刀剣を装備したギリウス。静かな殺気と闘志が、聖霊の間に満ち満ちてゆく。たった一人の、燕尾服の男から発せられる波動によって、その空間は支配された。

 刀条は格が違うと、瞬時に悟った。恐らくギリウスが刀一本で戦っていても、負けていたかもしれない。そんな気すらしてしまうほどの格の差を、刀条は肌で感じた。


「我が身に宿る忌々しき不死の呪い。私がもっと愚かで、ただの人間のように弱ければ、こんな身にはならなかったでしょう。そう……人間は弱い。それは真実だ。だが人間には誇りがある、魂の輝きがある。それを教えてくれたのは我が主。互いに忠義を尽くす者がいるのならば、その主の教えを侮辱されるという筆舌に尽くしがたい怒りが分かるはずだ……。なればこそ、私は貴女のような小虫であろうが全霊を投じて斬り伏せる」


「黙れ……! もはや能力などの小細工はいらん! この愛刀のみでその命を狩り尽くし、我が主への手向けとてくれる!」


「フフ……これもまた一興。楽しませてくださいね」


 仕切り直しとは言え、二人は予感していた。この斬り合いが最後となるだろうと。勝負は恐らく、1分にも満たないほんの数十秒の攻防で決まる。そんな予感が。

 そして抜かれたギリウスの初太刀。まず振るわれたのは湾曲した片刃が特徴のサーベル。それを水平に薙ぐと、刀条は変わらずしなやかな体捌きで躱す。だがギリウスはそこに出会い頭のようにして、刀身が炎のような揺らめきを持つフランベルジェを抜きざまに振るった。躱しきれず、得物で受け防ぎ、間合いを取る刀条。


「やはり二刀流か! だが二刀と言えど、太刀筋を見極めれば良いだけのことッ!」


「フフ、ただの二刀流と侮っていては死にますよ?」


 ギリウスはサーベルを投げ捨てつつ次の得物の柄に手を掛ける。流れるような体重移動と踏み込みに合わせて繰り出されたのは、まるでロケットのような一撃--エストックによる突きだった。


「あなたが幾ら太刀筋を見極めており、対剣士の体捌きを極めていようとも、その太刀筋が次々と変化してはどうなりますかね……?」


 刺突に特化したエストックによる、突きの連続。それらは赤無地の着物を掠め傷付け、確実に刀条自身を捉えようとしていた。だが襲いかかるのは刺突だけではない。フランベルジェによる斬撃もある。斬撃と刺突という太刀筋が全く異なる波状攻撃により、ギリウスは徐々に彼女の退路を断つ。


「そろそろチェックメイトですね」


「見くびるな……!」


 刀条は手首を捻り、文字通り返す刀でエストックの突きを弾く。更に身を翻しつつフランベルジェの斬撃をも弾く瞬間、そこには反撃の一斬が咲いた。


 ――刀条真明流剣術 絶炎の三 “千年花”


 相手の剣をいなすようにして受け流しつつ、前に踏み込み、斬り返す刀条。滑らかな切先の軌道はまるで幾重にも重なる花弁。極楽浄土に咲く蓮のようでもあるが、喰らえば地獄を見るだろう。鮮烈で、寸分の無駄もない技。鬼気迫る決死の形相と気魄は、ただ野望を達成する為とは言え、並々ならぬ圧力だった。刃はギリウスの首へと向いていた。

 いくら不死と言えど、肉体は脳から伝達される電気信号で動くもの。首さえ刎ねればしばらくは再起不能になるはずという算段の狙い。たとえこの狙いがバレていようと、刀条にはこの剣技であれば確実に首を獲れるという自信があった。


 全身全霊を込めた、渾身の一振り。

 当たれば必殺とも言える奥義。


「その首、貰い受けるッ!!」


 ――だが、その反撃の奥義は、虚しく潰えた。


 フランベルジェを捨て、ギリウスが新たに抜いたのは破砕を目的とした両手持ちの大剣。通常、両手でなければ扱えないほどの重量と刃渡りと厚みを持つ両刃の剣を、ギリウスは軽々と片手で薙ぐ。

 そして抜剣しつつ放たれた剣戟。人間離れした膂力で振るわれた大剣は尋常ならざる剣圧を生み、片手に持っていた己のエストックごと彼女の愛刀を叩き割りながら遠くへと吹き飛ばした。


 終演。いや、終焉。

 ギリウスはそのまま、初めと同じ日本刀を腰元から立て続けに抜刀し、彼女の腹を切り裂いた。どろどろと溢れ出す、血にまみれた腸。噴き出す鮮血。瞬く間に死の臭気が立ち込めた。


「うぐあぁああぁあおおぉぉおぉおぉおおお!!」


 歯を食い縛り、言葉にならぬ断末魔を上げる刀条。だが彼女も只では退かない。

 腰元に隠し持っていた脇差を抜き、執念に衝き動かされその刃を突き立てる。ギリウスは、避けも抵抗もしなかった。深く刃が心臓に突き刺さり、貫通。

 ギリウスの背からは小さな片翼が生えた。


 通常、肋骨の隙間を縫って心臓を刃物で一突きというのは暗殺のプロですら実戦での扱いは至難とされる(わざ)。それを執念の力か、はたまた偶然かは誰にも分からないが、暗殺専門ではないはずの刀条が見事心臓の中心を貫いた。

 だが、もはやその刃には不死身の男を死に至らしめる力など残っているはずもなかった。


「あゔゔゔああ! がああああああああ!!」


 腹を裂かれたのだ。激痛に耐えようと歯を食い縛り、奥歯が砕ける。その声はもはや生者ではなく亡者。常人であれば痛みと出血で立っていられないはずの致命傷すら振り払うかのような、死に際の悪足掻き。


「さようなら」


 冷淡な別れの言葉。それと同時に、ギリウスの刀が彼女の首を刎ね、断末魔と足掻きに終止符(ピリオド)を打った。


 ――あぁ、私の正義が、魂が……壊れ、塵となった。申し訳ありません……主よ。私は貴方に授かった正義を、全う出来ませんでした。


 わずか数秒の出来事だった。卓越した剣士たちのゼロコンマ以下の命のやり取り。

 刀条は奇しくも武士の切腹のように腹を切りながら、首を刎ねられ介錯を受ける形で終わりを迎えた。

 首を失い腹を割いた胴体は、数秒の痙攣の後にピクリとも動かなくなった。

 刎ねられ、宙を回り舞う首。その瞳には、砕け散った愛刀と勝者の後ろ姿。

 だがその勝者は堂々たる立ち姿から一変、息切れを起こして足元から崩れ落ち、その場に膝を着いた。

 過度の緊張感から解放された息切れと、滴る大量の冷や汗。普段のギリウスからは想像出来ないほどに追い詰められた表情。


 ――危な……かった……! 奥義と思われる一撃を、咄嗟に自分の得物ごと弾かなければやられていた!  首を刎ねられるか脳を破壊されれば、修復にはかなりの時間を要する。 いくら私が不死身とは言え、そこから戦闘不能くらいにはされていた! 間違いなく!

 

 ですが……申し訳ありません、刀条さん。私は時間が惜しいあまりに、勝敗を急いた。そう、剣士としての矜持(プライド)を捨てた。最初、私はあなたと同じ得物で殺し合おうとした。だがあなたの奥義と能力を受けた際、一振りの刀だけでは、貴女には勝てないと私は悟ってしまった。刀を用いた殺し合いにおいて、あなたの右に出る者はそう居ないと感じるほどの腕前でした。

 だからこそ私は、普段封じている剣術を解禁した。私のこれは、多種多様な刀剣類を使い捨てのように矢継ぎ早に持ち替え、決して相手に太刀筋を見極められず、急激な太刀筋の変化によって相手の隙を一切合切全て斬り伏せる、 “名も無き剣技”。


 これはあらゆる剣術を修め、極めた上で私が独自に編み出した剣術でもあるが、剣術と呼ぶにはあまりにも邪道で、あまりにも卑劣な技だと私は自戒している。これを使う時は、己の矜持(プライド)を捨て、全力で相手を殺さねばならないと決めた時のみだ。

 実際、殺し合いの場においては卑怯もクソもないものです。貴女は勝てば良いとそう言った。確かにその通りだ。これまでに培った生き残る為の(すべ)の全てを使い、どんな手を使ってでも敵を屠る。剣であろうと銃であろうと罠であろうと策であろうと不意打ちであろうとも……そういった点においては、『戦士として勝った』のは私だ。


 しかし貴方は、最後の最後まで己が正義のために矜持(プライド)を捨てず、己が剣を信じて、愛刀ひとつに全身全霊を込めて戦った。

 ……断言しよう。『剣士として勝った』のは貴方だ。敬意を表し、貴女の正義を嘲ったことに謝罪しよう。 最後に斬り結んでみて分かりました。貴女の中に燃え滾る正義は、まさしく“本物”でした。

 それをがたとえ間違っていても、一体誰が非難できようか。


「刀条華煉、貴女の名を、永劫この私の魂に刻みつけておこう。いくら貴方が人間を憎み、拒み、人であることを捨てようと、貴方は誇り高き人間だ」


 ギリウスは白眼を剥いたまま転がった彼女の頭に近付き、その血走った瞳を掌で優しく閉じさせると、頬に付着した返り血を拭うこともせずに手を合わせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ