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11. 正義:Sword of Loyalty

「さて……こちらはこちらで楽しむとしましょうか。星村さん、手伝っていただけますね?」


「チッ。あんたと共闘するのはちょいと癪だが、仕方なしだぜ執事ヤロー」


 ギリウスと星村は、目前に立ちはだかる和装の剣士……刀条(トウジョウ) 華煉(カレン)と対峙していた。赤い色無地の着物に、日本古来の伝統的な打刀を手にする彼女。美しいとすら感じてしまう、切先を斜め後ろに垂らすような形の下段の構え。


「ふむ、まるで隙がありませんね。素晴らしい」


 優れた武術家は構えひとつで相手に敗北を予感させるほどの気魄を放つものだ。彼女の殺気は研ぎ澄まされた刃のように鋭く刺々しい。一見隙だらけに見えても、その実、向き合ってみれば攻め入る隙が無いことを悟らされる完成された構えの形。それ故、ギリウスの口からは珍しく賞賛の言葉が漏れた。


「お褒めにあずかり光栄だが、貴殿らは此処で我が手によって果てる。我々はこれより“神殺し”を行うのだ。貴殿らにはその生贄となってもらう」


「神殺しとやらが何を意味しているのかは分かりませんが、たかが征乱者であるというだけで人間風情が思い上がりを……。星村さん、彼女と同じ日本刀を精製していただけますか? 愛用のレイピアを蒼牙さんとの戦いで失ってしまいまして」


 ギリウスはあらゆる剣技を使いこなせる。彼にとっては同じ刀で対峙するということが、一種の意趣返しのつもりのようだ。


「あぁ、お安い御用だぜ」


 星村は天力の象徴である青白い光を両手に湛えて合掌すると、ものの10秒とかからず乱舞する光の粒子を振り切って形成された。


「ほらよ、コイツでどうだ」


 投げ渡されたそれを無言で受け取ったギリウスは、足元に転がっていた太い木の枝をちらと見る。それを器用に宙に蹴り上げると、一息のうちに斬り刻んだ。枝は文字通り木っ端微塵になって地に落ちた。

 ギリウスがやってのけたのは、いわゆる居合術。視認不可能な速度で鞘から刀身を抜き身にし、そのまま攻撃に転じることで相手の不意や間合いを打ち崩す、非常に高い集中力が求められる技術。居合とは本来相手の奇襲などに対して、刀身が鞘に収まった状態から迎撃することを目的としたもの。実戦で扱うには相当の鍛錬が必要とされているものだ。


「即席なので強度は少し心許ないですが……これで始めましょうか。女性相手に男二人がかりで襲いかかるというのも情けない話ですが、今はそんなことも言ってられない。刀条さん、あなたは相当の達人とお見受けする。一筋縄でいかないのは分かっていますが、その隠しきれない闘争への欲求、まるで獣だ。あなたも張り合いのある相手と戦いたかったのでしょう?」


「そこまで野蛮に見られていたとは、心外だな」


 徐々に距離を詰め、じりじりと各々間合いを測り合う。ギリウスと星村はアイコンタクトで合図を出しながらタイミングを伺っている。

 沈黙を打ち破るように先じて動いたのは星村だった。


「よくも騙しやがったなァ! このアマァ!」


 口汚い言葉で罵りつつ大剣を斜めに振り下ろす。無骨な鉄塊ともとれる大剣は、星村の有り余る筋力の補正によって、尋常ならざる速さで襲いかかる。


「遅い」


 しかし、星村の袈裟斬りはするりと華麗に躱された。直後、星村の喉元に吸い込まれるようにして飛来する刀の切先。星村はその反撃にすら反応できなかった。

 仕留めた。刀条がそう確信するほどの反撃。だが、そこにすんでのところで横入りしたギリウスの刀が彼女の凶刃を受け止め、左へ捌く。お返しと言わんばかりに、刀条の首を刎ねんと差し迫るギリウス。が、その神速のカウンターすらも、彼女はまたもや美しいと感じざるをえないほどの所作で回避した。


「星村殿。どんなに強力な一撃であろうとも、当たらなければ無意味だ。貴殿には剣の心得が無いと見た。少しでも長く延命したければ指を咥えて見ていることだ」


 ――なるほど。星村さんの初撃を綺麗に躱したのを見て、ただ体捌きが上手すぎるだけかと思いましたが……実際に刃を交えると分かった。彼女は切先から数センチだけを相手の刀身の側面に一瞬だけあてがい、相手の剣の軌道を逸らしているようですね。

 体捌きに伴う体重移動によって、必要最小限の動きで一瞬ではあるが強い力が生み出せる。それによって軌道が確実に逸れ、そして同時に起こる流れるような体捌きによって完全に安全圏へと避けきる。

 真正面から受ければ剣が壊れるためこのような体捌きで受け流すのは剣術の基本ですが、それがまるで普通の歩行を行うかのように、呼吸をするかのように、あまりにも自然で驚いた。武が生活として染み付いているのか。

 さらには切り返しの反応速度も並ではない。強靭なバネと瞬発力、尋常ならざる動体視力と判断力が無ければ成せない技だ。相手を殺せる最短ルートを選んで斬りかかる無駄のない動き……これは、完成された武術そのもの……いえ、殺人剣。

 技量が違う。経験が違う。才能が違う。

 これに加えて征乱者としての能力まで使われては、星村さん程度では太刀打ちできない。それどころか彼がこのまま戦い続ければ、戦いが終わる頃には屍となるのは火を見るよりも明らか。私が全力で戦うのにはかなりの足手まとい。ここで判断を誤れば、彼女には勝てない。開始早々ですが、今が選択の時。


 ならば――――


「……なるほど」


「あん? どうした調律者さん、怖気づいちまったか?」


「いえ……すみません、星村さん。少し耳を貸していただけますか」


 突然ギリウスは星村の背後に回り耳打ちをした数秒後、不意に頚椎へ峰打ちを食らわせて昏倒させる。地に伏した星村を、ギリウスは片腕で軽々と投げ捨てて部屋の端に追いやった。


「ふんっ、仲間割れか?」


「いえ、あなたを相手にするには、星村さんが一緒だと足手まといなので……どうやら私ひとりの方が良いと思いましてね。それにやはり正々堂々と、一対一の方が清々しい」


「……ふむ。良い判断だ。武人としても、男としてもな」


「フフ、しかしあなたほどの剣士が何故ひねくれジャックに加担するのか、甚だ疑問です」


「……黙れ。私はただ、信念を貫くだけだ!」


 刀条の着物の袖から触手のように伸び出る太い(つる)が、ギリウス目掛けて飛来する。ギリウスはそれを居合術によって迎撃し、一刀の元に斬り伏せると、苦笑交じりに再び納刀する。


「あなたの信念は、善そのものだと思っていました。悪に堕ちるようなものではない、と。善悪などあまり興味無いタチなのですが、あなたがそちら側だったというのは意外でしたね」


「善悪の観念など、人の都合によって変ずる陳腐な物だ。貴殿もそう思っているのでは? だが……勝者こそが正義であることは不変の真理! 貴殿に勝って、私は私の正義を全うする!」


 斬りかかる刀条、居合で応ずるギリウス。恐ろしい速さで抜き身となった切先の牽制。刀条にとっては迂闊に手を出せない危うげな間合いと位置関係に、刀条は渋々間合いを切って離れる。


「それこそ、あなたの都合の良い解釈でしょう? 真理などと、そう簡単に口にしてはいけないものです」


「ふん、何を言う。勝てば良い。どのような障害が立ちはだかろうとも、全て斬り伏せて最後に勝てば何も問題無い。それによって私の正義は完遂され、それこそが真理となる」


 刀条の燃え盛る炎のような瞳が、煌々とギリウスを()めつけた。だがギリウスの瞳は酷く冷めきっていた。永久凍土にも等しい氷塊のような双眸。生きているのが死んでいるのかも分からない視線を浴び、背筋を舐め上げられるような寒気が走る。


「それだけですか?」


「……?」


「それがどうしたのかと言いたいのです」


「聞いていなかったのか。私の正義は(あるじ)に忠を尽くすこと。忠を尽くすとは勝利を得ること。勝者こそが正義、強者こそが絶対である、と」


 自信に満ち溢れた言葉とともに、刀条が踏み込まんと地を僅かな動作で蹴ったその刹那--。

 彼女の喉元には寸止めされたギリウスの切先が光っていた。刃が完全に押し込まれる前に、咄嗟に弾かんとする。

 不覚にも、刀条はあまりの速度と気魄に(おのの)いてしまった。ぶつかりあう刀と飛び散る火花。ギリウスの異常な膂力を踏ん張ることは出来ない。強張った筋肉を無理矢理動かし、刀条はさらに後退しつつ力を逃し、ギリウスの刀をいなす。そのまま流れるように弾いて間合いを取り合うと、ギリウスは刀身を鞘に収めて再度居合の構えを見せる。


「ッ……!」


 瞬発力、呼吸、姿勢、踏み込みなどの全てを瞬間的に爆発させることで、一瞬にして約7メートルの距離を間近に詰めつつ抜刀。懐に潜り込むようなしゃがんだ姿勢で、白刃を天に向けるような形の上段構え。

 いわゆる“霞の構え”で切先を突きつけるその技は、ギリウスが“春雷”と呼ぶもの。回避する余地すら与えられなかった刀条は、息をのんだ。

 冷静にも見えたギリウスだが、その口からは少しずつ嘲けるような笑い声が零れだしていた。


「フ、フフ、フフフフ…………ハッハッハッ! くだらない! 実にくだらないッ! 勝者が正義?! …………ハァ、子供っぽくて実にくだらない。私にはね、あなたの正義など、どうでもいいのですよ。正義を大仰に語る者ほど、その正義は大したことがない。チンケだ!! (ちり)(あくた)だ!! 正義だとかなんだとか、瑣末なことを(のたま)うあなたは実につまらない人間です。あぁ……早く生まれてきたことを後悔するほどに、壊してさしあげなくては」


 この世ならざる者かと錯覚してしまうような高らかな哄笑と静かな狂笑。刀条は、戦慄した。これほどまでに歪み、狂った人間がいるのかと。


 そして悟った。彼はきっとこの世界ではない別の次元からの来訪者なのだと。


「ギ、ギリウス殿……貴殿、文字通り“人間ではない”な? 我が主と、同じ気配を感じる」


 刀条は悪寒を押し殺し、恐る恐る、震えを必死に抑えた声で問う。


「勝手に悪魔風情と一緒にしないでくださいよ、人間風情が。虫酸が走ります」


 謙虚な丁寧語とは裏腹に、そのあまりにも傲慢すぎる態度は掴み所がなく、刀条は困惑と併せて焦燥すら感じた。早くこの男を始末しなくては、と。


「……いいだろう。ここからは私も少々本気を出さねば屍となるやもしれぬな。覚悟を決めねば」


 刀条はくるりと体をひねりその場で一回転しながら刀を横薙ぎに振るう。彼女の背後にあった大樹と切先が擦過し火花を散らしたかと思うと、その刀身は突如として炎を帯びた。まるで魔法でも使ったかのように。

 いや、魔法や能力などで発現した炎ではなく、それは自然現象であった。冬場の乾燥した木々が風で擦れあう摩擦熱の自然発火によって山火事が起きるというのは稀にある現象だ。マッチを付ける時の感覚とも似ている。それと同じく、乾燥した大樹と刃の摩擦熱による発火。そして恐らくあの刀身には今の一瞬で発現させた植物油を垂らしたのだろう。


「植物だけでなく炎まで自在とは、やりますね」


「火は嫌いだ。憎悪の対象だ。だが私は、それすらも乗り越えて己の糧とした。我が覚悟、貴様に見せつけてくれる……!」


「覚悟? そんな上辺だけの言葉に泥酔しているから刃が鈍るのですよ。さぁ、もっとその殺意を研ぎ澄ませなさい」


「言われずともッ!」


 気合いとともに刀条は一気に間合いを詰め、火炎を帯びた愛刀を振り翳す。ギリウスはまたも居合で応じ、斬撃を跳ね除ける。一息もつかぬうちに刀条は二撃三撃と斬りかかり、攻撃の手を休めない。刀が振り下ろされるたびに火の粉が舞い、空間を焼く。

 ひらりひらりと躱しながら刀条の斬撃をいなしているうちにギリウスは鍔迫り合いに追い込まれた。火炎が手元に微かに触れ、放射熱はギリウスの白手袋をじりじりと焦がす。


 ――連撃の間に無駄な動きが無く、こちらが反撃しづらい間合いと角度から斬り込んでくる。躱すことは出来ても、これは下手に斬り返せば手痛いお返しを食らいますね。


「フッ、あなたがどういった経緯であのひねくれジャックの従僕となったのかは知りませんが、主に忠義を尽くすというその気持ちは痛いほどに分かります。私にも……かつて主を持った頃がありましたのでね」


「ほう、その執事のようななりと立ち居振る舞いはその時の名残か。では天夜殿は? 奴は貴殿の主ではないのか?」


「面白いことを言う。天夜のような愚か者に仕える理由が何処に?」


「ならば何故付き従い共に行動する? 貴殿の彼への言葉使いは粗暴なれども、その心持ちは主へ仕えるものにも見えるぞ」


「勘違いしないでください。彼は私と同じく、元々何もかも空虚な、空っぽの人間。私はそれに同情しているだけに過ぎない」


「薄っぺらい繋がりだな。その程度の男に、我が主を倒せると踏んで世界の命運を託したのかッ!」


「クク……いえ、まあ本当の事を言えば、私は亡き主の命に従っているだけですよ」


「フン、亡者の背を追うとは。過去に盲目するなど愚の骨頂だ」


 拮抗する二つの刃。擦れ合うごとに小刻みな金属音が鳴り、火花を散らす。


「自らが忠を尽くすと決めた者ならば、その者が生きていようと死んでいようと、敬意を払い己が信念を貫くのが私の流儀だ。あなたなら分かるはずだと思うのですが」


「……死ねばそこまでだ。人は、弱く……脆いッ!」


 ぐっと力を込めてギリウスの刃を弾きつつ、刀条は後ろへ飛び退く。すると突然ギリウスの足元から何かが爆ぜた。

 飛び際に仕掛けたであろうその爆ぜたモノの正体は、フラの木。フラとは近づくと幹から無数のトゲを持つ表皮を炸裂させて自衛しようとする植物であり、その威力はまるで指向性地雷にも等しい。

 爆ぜた中から襲いかかってきたのは、画鋲の箱がひっくり返り、それがひとつの嵐となったかのような猛攻。咄嗟に後ろに跳んだが、その攻撃範囲はかなりのものだった。ギリウスの全身に突き刺さり、その中の一つが右目を抉った。


 ――大したダメージではない……が、目をやられましたね。右の視界が狭い。


 右目から滔々と鮮血が零れる。ギリウスは構わず立ち直ろうとするが、どういうわけかすぐにまたへたり込みそうになる。


「力が入らない……。毒、ですか」


「あぁ、本来その植物にある毒は発疹が出たり激痛が走るといった類の物だが、貴殿はその程度では止まりはしないだろう? ゆえに、行動を制限するため植物由来の神経毒を仕込ませてもらった。我が能力はただ樹々を生み出すだけではなく、植物由来の物質であれば何であろうと発現可能だ」


 視界が大きく揺れ動き、手足の筋肉が痺れて言うことを全く聞かない。 まさしく自然の脅威とも言える洗礼を一身に受け、一転して最悪の状況へと追い込まれた。


「匡冥獄の犬め。オーサライズ・チューナーと言えども所詮は人間。この程度なら造作もない」


「フフ……どうやら、よほど人間であることにコンプレックスを感じているようですね」


「ッ……! 黙れ!」


 ――私は……負けるわけにはいかない。人として生きる道を捨てたのだ……主のために。

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