4. 異常:Irregular
玄関の扉をくぐると、見渡す限り美術品で彩られたホールが姿を現した。
豪勢なシャンデリアが天井から吊り下げられ、壁には荘厳な彫刻が施されており、富豪の屋敷とはまさにこのような邸宅のことを指すのだろう。
荘厳な内装に圧倒され、物珍しげに辺りを見回していると、中々際どい格好のメイドが現れて深々と一礼。
「ようこそ九道邸へ。お疲れでしょう」
「へぇ〜。九道邸は可愛いメイドさんまで雇ってんのか」
生ぬるい視線を浴びせるギリウスが、黒い靴底で天夜の足の甲を踏み潰す。
「ぬあっ……!」
声を押し殺して、天夜は悲鳴を上げる。
「相変わらず女性を誑かす言葉がお好きなようで」
「テメッ……ギリウス……」
骨が砕け散りそうな痛みを我慢する。
ギリウスはすぐに何かに付けて天夜を傷付けたがる。
最近で言えば、昼飯に悪戯で裁縫針を入れられたのだからたまったものではない。
「この子をどっか客室で寝かせといたり。気分が悪いらしいわ」
銀牙がメイドにそう命令する。天夜は気絶したーー明らかに気分が悪いだけには見えないーー冬真を慎重にメイドの手に預けた。
「かしこまりました」
それだけ言って、そそくさとメイドは冬真を担いで行った。
見かけに寄らず力持ちなメイドに天夜は目を丸くした。
「既に他の征乱者も集まっとるで。食堂におるわ。あと、あんたらのお仲間も先に一人来とるで」
「仲間……?」
ギリウスが首を傾げて訝しむ。同時に天夜も一つの疑問を抱く。
何かがおかしいのだ。
「ここが食堂や」
ホールを真っ直ぐ歩いた先には食堂へと繋がる扉があった。
仰々しい扉を銀牙は両手でゆっくりと開き、入室をこちらへ促す。
「やっと来たのね。早くしてちょうだい」
そこには、六人の者達が長大な長方形のテーブルの前に座していた。
征乱者と調律者は、近くにいるだけで互いの存在を直感的に感じ取ることが可能だ。
今口を開いた女、感じ取れる気配からして明らかに征乱者ではない。
強気な面持ちに、煌めく鮮やかなシルバーの髪。真っ直ぐに梳かれた美しい髪は、まるで彼女自身の几帳面さや生真面目さを体現しているかのようだ。
だがそれ以上に放たれる異質な雰囲気。同じ調律者であるが故に、分かる。
あの感じは――調律者だ。
調律者を取りまとめる組織である匡冥獄は深刻な人手不足だ。それにより定期審問には複数人であれ一人であれ、一組のみの調律者を派遣するという規則がある。
だから二組もの調律者が同じ地に赴くはずがない。別行動で現地入りするなど以ての外だ。なぜ自分たち以外の調律者がいるのろうかと疑問が渦巻く。
「おいアンタ、一体何者だ?」
容易には呑み込めぬ状況に、天夜は焦る気持ちを抑えながら問い掛けた。
「それはこちらのセリフよ。あなた達こそ何者なの? 私は、資料に漏れがある征乱者がまだ来てないと思って待っていたのよ……それなのに何故調律者が来るのかしら? それも二人」
一体何が起こっているのだろうか。色々とイレギュラー過ぎる。
ひねくれジャックと言い、もう一人の調律者と言い、今回の定期審問は何かがおかしいのだ。
「まあいい、アンタ名前は?」
「まずそちらが名乗るのが筋じゃない?」
この女、随分と高飛車な態度である。
「ハァ……。俺はオーサライズ・チューナーの黒霧天夜だ。こっちの燕尾服はギリウス」
女は天夜たちをキツく凝視する。考え込んだ表情のまま女はゆっくりと口を開いた。
「私は白亜 閃。あなたたちと同じオーサライズ・チューナー。調律者よ」
彼女が名乗ると同時に提示したのは、オーサライズ・チューナーであることを証明するエンブレムとライセンスカード。それは確かに本物であった。
だがやはりおかしい。本来の規定とは全く異なっている。
ただでさえ征乱者の数に対して、調律者の数が人員不足で手をこまねいているのだ。そのための原則1チームでの特務なのだから。
例外だとしても政府のお偉方から説明の一つくらいあっても良い物だ。
「まあいいわ……。この際一緒に仕事を済ませましょう。考えるよりもその方が手っ取り早いわ。この件については帰ってから報告よ」
「あぁ、そうだな。今はそんなこと気にしてる場合じゃねえ」
気を切り換え、天夜は広い食堂と長大なテーブルに無言のまま座る者たちの顔を見回した。
どれもここへ来る前に資料で確認した顔ばかり。
基本的に定期審問の前には政府側から定期審問にかける征乱者の一覧資料を渡される。
そのデータとの比較も考察の内に入れて定期審問を行うのだ。