3. 疑念:Are you Criminal?
ギリウスは分厚い本をパタリと閉じた。
「……とまあ、こんな感じですかね。全くもって、いつもこの説明を一般人にし始めると、かいつまんでも長くなってしまいます」
「征乱者がトンデモ異能者だからって思想や思考までがサイコな感じにイカれてるわけじゃねえ。見た目はただの普通の人間だ。頭の中身も大体は同じだ。まあ、多少変な奴は多いけどよ……。けど、だからと言ってひねくれジャックの頭がイカれてるかは知らねえ」
そう言いつつ天夜は黒のロングコートを揺らしながらバスの座席を立ち上がる。
「でもな、あいつらはある意味バケモンだ。征乱者は神にも匹敵する力を持ってる。
……それこそが奴らがニセモノの神と呼ばれる由縁だ」
ギリウスも同じくして、靴音一つ立てずに席を立つ。上質な生地の燕尾服の黒い艶が、彼の長身を一層際立たせていた。
「勿論機密事項を除外した内容ですが、ここまで聞いておいてまだ私達の仕事に付き合うと言うなら構いませんが……」
冬真には背を向けているが、その顔は何かを企むような妖しい微笑みを浮かべている。
「自ら首を突っ込んで来た一般人の命の保証まではできませんよ?」
その言葉に青年は、一瞬たじろいで黙り込み、思案した。
だが、すぐに何かを決意したかのような目でこちらを睨み、立ち上がる。
「行きます……! この目で、征乱者や調律者がどういった物か確かめたいです」
「そうとなりゃ決まりだな」
二人はニヤリと笑い、バスを降りる。それに続いて冬真も慌てて降りる。
ここからは歩きで林の細道を歩いて行くようだ。仄かに漂う潮の匂いは、近くが海であることを指し示していた。
「あの……定期審問ってどうやって征乱者が私的に力を使ったか調べるんですか?」
「ん? あー、それはちょっと説明しても難しいかもなー」
「過去に力を使ったかなんて分かるものなんですか?」
冬真はわけが分からないと言った風に首をかしげる。しかし、全てを話して良いというわけにはいかない。
征乱者と調律者については、世間に公表されてはいない機密事項も腐るほどあるのだから。
「俺たち調律者の力と反応する、ちと特殊な道具あってな。それを使って調べるんだ」
しばらく歩くと巨大な鉄橋が現れた。その鉄橋の伸びる先には、これまた巨大な屋敷が見える。鉄橋の下は海が広がっており、屋敷は離れ小島の上に屹立していた。
「デケえ橋だなオイ。これなら多少征乱者の攻撃があっても壊れなさそうだ」
「さっさと行きますよ。無駄口叩くのなら橋の下に突き落としますけど」
「へいへい……」
ことあるごとに毒突くギリウスの言葉に嘆息しながら、約百メートルほどはある鉄橋を渡りきる。
「ここが九道邸……。随分とご立派なお屋敷じゃねえか」
雄大な鉄の門扉からは、洋風の外観の屋敷に広大な庭が目に入る。
「どっかにインターホンとかねえのか?」
すると門が開き、中から長身で灰色のスーツ姿に、片耳にシルバーのピアスを着けた金髪の男が現れた。
「こんな辺鄙なとこにわざわざご苦労やな。調律者の御一行さん。なんか一般人もおるみたいやけど、疲れたやろ? ほらほら、はよ上がりな。中はぬくぬくやでぇ」
「あぁ、オーサライズ・チューナーの黒霧天夜だ」
「同じくウェル・ギリウスです。そしてこちらの一般人は……」
「須田冬真です。最近この辺で噂になっている“ひねくれジャック”の事が知りたくて付いて来ました……」
冬真は俯きがちになりながら自己紹介をした。
「おお、そうかいな……あれはほんまに酷い事件やし、あんたも知人が殺られたクチかいな……」
金髪の男は、ひねくれジャックの悪行を止めることの出来ない自分に対してなのか、少し怒りの混じった表情を見せた。
「紹介が遅れたわ、俺は九道家次期当主の九道銀牙や。よろしゅうな」
「あんたが九道の兄貴か。今回は定期審問のための場所を提供してくれて感謝する」
「ええでええで。ほら、はよ入ろか」
背を向けた銀牙が颯爽と歩きだしたその刹那、天夜とギリウスの横から影が飛び出る。
「うおおぉぉぉぉ!!」
無論、影の正体は冬真だった。
冬真の手には折り畳みで隠し持つには最適なバタフライナイフ。
疾走する刃の切っ先は、明らかに九道銀牙の背中へと向かっていた。
「待てよ、どういうつもりだ?」
瞬時に反応し、冬真の腕を掴む天夜は、そのまま冬真の脇下に腕を入れ、相手の上体を身動き取れなくする。
直後、足払いで態勢を崩し、抵抗出来ないよう地面に這い蹲らせた。
そのまま容赦無く冬真の背に膝で乗り、重心のど真ん中を固定する。さらに腕を相手の身体の外側へと捻ることで無力化し、腕の自由を奪った。
その華麗なまでに力強い技は、幼い頃から父に仕込まれた近接格闘術の賜物である。
「離せ! そいつが‘‘ひねくれジャック’’なんだよぉ! お前は僕の……僕の大切な人を殺 した! だから僕がお前を殺してやる!!」
銀牙は何が起こったのかこの一瞬で何が起きているのか分からないといった顔だ。
「冬真……お前は殺気を隠していたつもりだろうが、バレバレだぜ? 素人丸出しだな。あと、右手が常に震えていた。人を自らの手で殺すってことへの無意識な抵抗感と罪悪感の表れだな」
「うるさい! 九道銀牙! 酷い殺し方だって⁈ ふざけんな! お前が殺ったんだろ⁈」
「ちょ、ちょっと待ちいや! 俺はそんな人をねじって殺すなんかいうワケのわからん芸当出来へんで!」
慌てて無罪を主張する銀牙の顔には焦りなどよりも驚きの色しか見えなかった。
それにこいつの征乱者としての能力はもっと別物だ。恐らく嘘は吐いていないだろう。
天夜は冬真を拘束しながら諭す。
「落ち着け冬真、こいつは嘘を付いてねえ。ひねくれジャックは別にいるハズだ」
「嘘だ! 街の誰もが言ってる! ひねくれジャックの正体は九道銀牙だって!」
「黙れよ。お前に何が分かるってんだ? 街の奴らが言ってるからって罪があるかもわかんねえ奴を刺し殺すのか? それは本当に正しい判断なのか?」
天夜の顔には、静かな怒りが現れていた。 その眼光は鋭く、何人たりとも寄せ付けぬような覇気を放つ。
齢十八という若さでありながら、その中に眠る貫禄のような物が、彼の聡明さを物語っていた。
「いいか冬真。九道銀牙は、‘‘理性の征乱者”だ。理性を司る者が人殺しなんてするかよ普通。ましてやこいつの能力に人の体をねじって殺すなんてこと出来るはずない」
今回の定期審問に招集をかけられた中には九道銀牙も含まれる。そして九道銀牙の能力も、一通り資料には目を通していたから分かっていることだった。
「悪いが少し眠っててくれ。次に目が覚める頃には頭も冷えてるだろうよ」
天夜は冬真の上から覆いかぶさるようにして手際よく締め落とす。意識が途切れ、ぐったりとした彼の寝顔は人畜無害な少年そのものだった。
「さてと……九道、すまねえな。こいつしばらくここに置いてていいか?」
「ああ、構わんで。客室も仰山空いとるしな。その子にも色々あるんやろ……」
「ああ、助かる。」
細身な少年の体を担ぎ、黒の二人は九道邸へと足を踏み入れた。