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12. 審問終了:The past

 二つの青白い物質が融合する光を放つ。透き通った青白い宝石に、光の塊のような結晶体が絡みつくようにして吸い込まれる。

 煌覚神石(コウカクシンセキ)にメモリア・デウスを吸収させたのだ。審問の準備は整ったと言っていい。

 天夜はじっと目を閉じたまま、眉間に皺を寄せた。


 煌覚神石に吸収されたメモリア・デウスは石の内側で光の波となって揺らいでいた。

 身体を強張らせ、天夜が掌から覇力を流し込むと、その波はひときわ大きく脈打つ。


 調律者にはこの波長を読み取る能力も備わっており、波長のパターンから記憶のヴィジョンを見出す。感覚的な能力ではあるが、波長によって視えるヴィジョンはどの調律者から視ても同じだ。記憶の信憑性は確固たるものと様々な実験によって立証されている。


 視えるのは“征乱者の力を使った記憶”や、“その者の力に関する情報”のみである。つまり脳に保存されて覚えている記憶領域とは別物である。


「視えた……! 星村の力の記憶ッ……!」


 しばらくして天夜はカッと目を見開いた。

 元々天夜の瞳は碧眼だが、メモリア・デウスのヴィジョンを見たせいか、天力の青い光が眼球の奥に渦巻くことで一層濃い碧となっていた。


「星村は正真正銘“金属の征乱者”だ。それ以外の能力なんて何もない。つまり今回のひねくれジャックの事件の犯人でもない。それどころか前の定期審問からのここ5年、匡冥獄の規則違反事項に抵触することはやってねえ。こいつは……潔白だ」


 ギリウスと白亜が少し安堵の表情を浮かべた。ヴォルガルドは当たり前だろうと言わんばかりに満足げな顔だ。


「星村のメモリア・デウスのコピーは取れた。これは匡冥獄に提出するデータとして保存・管理する。以上、星村昂鬼の審問を終了する」


「ふむ、つまりワシはもう戻っていいわけじゃな」


「ああ、迷惑かけたな」


 煌覚神石からメモリア・デウスを抜き出し、ヴォルガルドに返還する。


「なぁに、また会えることを楽しみにしておるぞ。達者でな、若き調律者よ」


「なぁ、ちょっと待ってくれ!」


 不意に天夜はヴォルガルドを呼び止めた。聞くことを少し躊躇(ためら)ったが、束の間の逡巡を振り切って天夜は口を開く。


「ヴォルガルド……あんた、さっき戦ってる時に、前に定期審問で会った調律者はもっと強かったとか言ってなかったか……? 天力と覇力、どっちの力も感じたとか……。そいつ、名前はなんて言ってた⁈」


 ヴォルガルドは肩越しに天夜を見つめ、黙った。ふぅ、と短い息を吐き出してこちらを振り向いて喋り出す。


「確か黒霧(クロキリ) 刃夜(ジンヤ)だったかのう。お前さんによく似た男じゃったわい。その天力の気配にその蒼い瞳。今思えば実にそっくりじゃのう」


 自分と同じ姓の名を聞かされ、天夜の思考は固まった。ヴォルガルドに自分のフルネームを明かしていなかっただけに、天夜は奇妙な巡り合わせを感じた。


「親父……親父が何処にいるか、知らないか……?」


「ん? お主、まさか、あやつの息子か。どうりで……しかし、悪いがさっぱり分からんな。ワシは定期審問の時に顔を合わせ、手合わせしただけじゃ。お主と同じようにな。もっとも、奴には一瞬でやられてしもうたが。あの時は肝を冷やしたわい」


「そうか……ありがとう。もう戻っていい……」


 天夜は落胆し、肩を落とす。

 ヴォルガルドは天夜のことを深く聞こうとはせず、宿主の肉体に戻ろうと星村の身体に近寄る。

 だが彼は再び、こちらを振り向いた。


「あぁ、そうじゃ。そこの燕尾服の男前の兄ちゃん。ギリウスとかいったかいのう?」


「えぇ、そうですが……なんでしょうか?」


「兄ちゃん、あんたから“メルムの庭園”の匂いがする……あんた、もしかして――」


 瞬間、ギリウスのレイピアが一閃した。

 ヴォルガルドが言いかけたその言葉は、凄まじい大気の振動と、強烈な気迫によって途絶えた。

 その視認困難な一撃は、皺の深く刻まれたその肌に、老いによって現れる溝とは異なる亀裂を生んだのだ。

 頬を掠めたヴォルガルドの肌から、青白い光がゴポリと漏れ出した。


 あの冷静沈着なギリウスが、ここまで怒りを露わにして感情的に剣を抜いたのは、相棒の天夜でさえ初めて見た。


(わたくし)の過去は誰の物でもない、私の物だ。その傷痕をほじくり返すような言葉を、私の前で二度と口にするな……!」


 静かな怒りだった。

 だが、天夜は感じた。今まで見てきた人間の、どんな怒りよりも荒々しく獰猛で、哀しみと殺意に満ち溢れていて、恐怖を感じた。


 無意識に手足が震えた。生唾を飲み込む。冷や汗が生え際を濡らした。


「分かったら、そのまま黙って失せなさい。次にそのことを口にすれば、あなたを青い塵芥(ちりあくた)に砕いてさしあげましょう」


 ヴォルガルドは黙って頷き、空間に溶けるようにして消えた。星村の肉体へと帰っていったのだろう。


 沈黙。


 痛いほどの長い静寂が訪れた。

 ギリウスの過去を知らない天夜は歯痒い気持ちを覚えたが、残された三人は何も口にせず、その場に立ち尽くしていた。


 しばらくして星村が目を覚まし、その沈黙は破られた。

 星村に潔白であることは証明されたと伝えると、半ば嬉しげな顔をしたが、少し(うれ)いたような顔もした。


 なんとなく、三人の先ほどまでの気不味い空気を読み取ったのだろう。


 ほどなくして、四人は道場を後にした。星村には自室で待機と伝えた。

 メイドには道場を壊してしまったので謝罪と弁解をし、邸主である銀牙に伝えておいてくれと言伝を頼んだ。

 定期審問は常に危険を伴う。

 人知を超越した力を探るのだから。


 三人の調律者は次に審問にかけようと決めていた征乱者の部屋へと向かう。

 可能性を洗い出し、“ひねくれジャック”の核心へと迫るために。

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