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11. 審問:Consideration

 黒い物質が舞い、剣士の連撃を天夜が物ともせずに跳ね除けていた時。


 その一方で白亜は腰を抜かし、畳にへたり込みながらその常識離れした攻防を眺めていた。

 すると、一人の男が道場の入口に現れたのに気付き、白亜は顔を見上げた。


 いや、二人いる。


 燕尾服に身を包んだ長身が、ガタイの良い若者を背負うように引きずって入ってきたのだ。


「おやおや、嫌な感じがすると思って来てみれば……案の定でしたね」


 引きずられていた男はヴォルガルドの宿主である星村昂鬼であった。

 “アニムス・バースト”の状態である星村は気を失ったままそっと畳に寝かされ、燕尾服の男がやれやれと言った顔をする。


「ギ、ギリウス。あれはなんなの……? 一体、彼に何が起きているというの?」


「何と仰られても、見ての通りです。天夜から感じるでしょう? 征乱者特有の、天力の気配を。つまり、彼は調律者であると同時に、征乱者でもあるのですよ。天夜は言わば、“矛盾者(パラドクサー)”です。まあ、私たちが勝手にそう名付けただけなのですが。

 これは“匡冥獄(キョウメイゴク)”にすら報告していない、超重要機密であって、私たちだけの秘密だったのですが……」


 ギリウスは気だるい面持ちで嘆息し、一拍間を置いて白亜の目を見据える。


「見られてしまった以上、あなたにはこの秘密を共有していただきたい。不確定要素の多いあの力が、誰に利用されるのか分かったものではありませんからね」


「……了解よ。匡冥獄に報告なんてすれば、人体実験じゃ済まないでしょうしね。それと、もう一つ聞いていいかしら? 天夜が天力を使って生み出すあの黒い物は一体なんなの?」


「“零落(れいらく)”……という現象をご存知ですか?」


 質問を質問で返され、白亜はしかめっ面を浮かべながらも記憶を辿る。


「ええ、匡冥獄の極秘資料を調べていた時に見たことがあるわ。ドイツ語で“悲劇”を意味する、“トラゴエディア”とも呼ばれる現象ね。征乱者が天力を乱用して自然の摂理を乱した結果、力が劣化・変質し、己自身の肉体が摂理の乱れによって、闇に呑まれ死に至る。

 要は力の副作用よね。胡散臭い資料だとは思っていたけど、各地で起きる事件の端々にその記述が出てきてたから正直半信半疑なのよ」


「それがあの力の正体ですよ。天夜の征乱者としての能力は、“零落(れいらく)”を引き起こす原因物質である“フィーネの夜”を自在に操ることなのです。あなたの仰る通り、フィーネの夜は自然の摂理を喰い荒らし、禁忌の領域を踏み犯した場合に発生する混沌なる物質です」


「匡冥獄でさえ解明しきれていないというあれね。それが死因となった征乱者の遺体を見たことがあるけど、人型の黒い塊みたいな感じで現実味を感じられなかったわ。フィーネの夜は天力が空っぽの状態で無理やり能力を使おうとすれば天力が変質して発生する。それによって零落し、命を落としたケースも少なくない」


「えぇ。ですが天夜の場合はそういった天力の変質などから生み出しているわけではない。れっきとした征乱者の能力として無からフィーネの夜を生み出すこともできる。もちろん相手の天力をフィーネの夜に変質させることも可能です。ただし、色々と制約もありまして、天力をフィーネの夜に変化させることは出来ても、覇力は変化させられないのだとか。征乱者と言えども、熟練度というものがあり、操る力の範疇には限度があるようですよ。

 完璧に思い通り扱えるのは相当な訓練を積んだ者くらいでしょう。

 ……おっと、あれは少しマズいですね…………」


 ネクタイを締め直し、襟を正したギリウスはポケットから取り出した白手袋をはめ、赤黒い光を両手に灯す。

 白亜は、本来の常識を覆す事象を考察し、自分なりの解釈をまとめようと思案する。


「つまり天夜は、征乱者を徹底的に抑え込むことに特化した二つの能力を備えているということなのね?」


「その通り。ただ、あの能力にはもう一つ、最大の(かせ)がありまして」


「枷?」


「ええ。天夜自身がフィーネの夜を操る分、彼自身もたちまち“零落”する恐れがあるのですよ。非常に危険な力です。あれだけ一気に放出した状態では、もって3分というところでしょう。

 だからその前に――」


 ギリウスの言いかけた言葉が途切れ、衝撃音が響いた時、その場には既にその姿は無かった。

 神速で足場を蹴ったギリウスの身は、今まさにヴォルガルドを殺さんとする天夜に一直線に飛翔する。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「さぁ、堕ちろ……」


「ぐ……見損なったぞ若造……」


 天夜の右手が閃き、黒い軌道を描こうとした刹那。

 全く別の黒が飛来する。


「おやめなさーーーいッ!!」


 叫んだギリウスの飛び蹴りが天夜の脇腹にめり込んだ。天夜は大袈裟に吹っ飛ばされ、床を転げ回る。

 何の前触れも無く現れたもう一人の黒き調律者によって、天夜の暴挙は間一髪で食い止められた。

 ギリウスはダメ押しにもう一発、倒れた相棒の鳩尾(みぞおち)を蹴り込む。


「ごふっ!」


「悪いクセですね。まさか私の言った通り醜態を晒してしまうとは。これは一度再教育の必要がありそうですね」


 指の関節をパキパキと鳴らし、ギリウスはぐったりとした天夜に制裁の鉄拳を落とした。

 何度も、何度も。

 ギリウスの拳に蓄えられた覇力が、天夜の体にまとわりついていた“フィーネの夜”を溶かし、霧散させた。


「クソ、痛ェ……」


 自我を取り戻した様子の天夜は、苦い表情で体の痛みを訴える。


「目は覚めましたか?」


「ん……? あれ、ギリウス? なんで此処にいるんだ?」


「もう一発喰らっておきますか?」


「いや、遠慮しときます……」


「ではあげます」


 容赦の無い一撃。

 左拳が天夜の腹にジャストミートした。


「ガハッ! ギリウスッ、テメェ!」


「よもや調査対象を殺しかけるとは思いませんでしたよ。あなたは分別(ふんべつ)のある行動を取るものと思っていましたが、もっと自分の立場を(わきま)えて行動してください。次にこんなことがあったら殺しますよ」


 ギリウスは満面の笑みを輝かせながらも、その冷ややかな眼差しは絶対零度の冷徹さを絶やさない。


「そりゃ悪かったよ、俺もまだまだガキだ……。自分の力一つ、まともに使いこなせやしねぇ」


 天夜は腹を押さえ立ち上がりつつ、自らを(たしな)めた。そのままゆっくりとヴォルガルドの方へと歩み寄って手を差し伸べる。


「右腕、斬り飛ばしちまって悪かったな。あんた強えよ。流石にこっちも死ぬかと思ったぜ。でも、あんたに勝つことはできても、まだまだ自分自身に打ち克つことができねぇ。ほんっと、人間ってのはクソウゼぇしがらみだらけだよな」


 ヴォルガルドは鼻を鳴らし、口元を綻ばせてその手を取る。


「そうじゃな……だが、お主にはこれからそれを越えるべき試練が降りかかるじゃろう。自分自身の力に向き合い、使いこなせてこそ、お主は一人前じゃ。お主ならきっとやれるはずじゃ。

 ……期待しておるぞ」


 二人は互いの健闘を讃え合い、拳を突き出して合わせた。

 その瞬間、先ほどまで室内に漂っていた殺伐とした冷気が吹き飛び、示し合わせたように窓から陽光が射し込んだ。


「おお、そうじゃ。忘れておったわい。お主らに“メモリア・デウス”を渡さねばな」


 畳の敷いてある武道場のもう半分へと、ヴォルガルドは足を引きずる。

 ギリウスが寝かせた星村は、“アニムス・バースト”のため、まるで静かな寝息を立てるかのように気を失っていた。


 膝をつき、ヴォルガルドの左手が星村の額にそっと触れる。

 瞳を閉じたヴォルガルドは深く息を吐き出しながら、ブツブツと何かを呟きだし、その手は天力の蒼い光に包まれる。


 ヴォルガルドの口から早口で淡々と垂れ流される言語は、ある種の呪文を詠唱しているようにも聞こえた。


 定期審問のたびに、ギリウスはこの呪文を聞き逃さぬよういつも真剣な顔で聞き入る。どの人類の言語にも属さない不規則な言葉だとギリウスはぼやいていた。まるで暗号のようだと。


 10ヶ国語を操れると豪語するギリウスでさえ、その言語に規則性を全く見出せないというのだ。各国の膨大な語学書を読み漁り、研究を積み重ねてみても、理解不能らしい。人語でない可能性は充分に考えられる。


 アニムスたち本人に聞いても、何も答えてくれない。彼らの核心に触れるような質問をした途端、彼らは死んだ貝殻のように沈黙を貫こうとする。


「ギリウス、毎度思うんだが、やっぱこの言語って……」


 天夜はギリウスに肩を寄せるようにして密かに囁きかける。


「ええ。私たちが調律者としての力を、いわゆる“神の啓示”とやらで覚醒した時に聞いたあの言葉に酷似しています。

 ……私ははっきりと覚えている。意味も分からないはずの言葉なのに、脳裏に響いたあの言葉は、手に取るように理解できた……これはやはり、アニムスと神を同一の存在として考えるべきなのでしょうか?」


「いや。その定義だと、アニムスが語りかけて調律者を生み出す意味が分からん。確かに“神”と思わしき奴からの声を聞いた直後、俺たち調律者は皆一様に覇力を手に入れ、調律者となった。だが征乱者の天敵ともなりうるんだぞ? どうしてわざわざ対極的な力を持つ者を世界中に、しかも同時に出現させたんだ。

 加えて、アニムスが語りかけてきたとするならば、調律者にもアニムスのような存在が確認されてもおかしくない。だが調律者に精神体と思わしき寄生生物じみたもんが発現した例は過去に全く無い」


 そう返すと、喉の奥で嘆息したギリウスは口元に手を当てて黙考する。

 するとそこに、横で耳をそばだてていた白亜が同じく小声で割って入ってきた。


「神にも勢力図があって、二つの対立する勢力が人間に異なる力を与え、代理戦争のような形で張り合っている……という仮説はどうかしら?」


「なるほど。確かに様々な神話には神々の戦が多々描かれている。ありえない話じゃねえ」


「ワシらの正体が知りたくば、“神門”でも探してこじ開けてみることじゃな」


 詠唱を終えたヴォルガルドが密かな三人の会話を断ち切り、横槍を入れる。

 彼の左手には、光の粒子が残像の糸を引く幻想的な球体が握られていた。これが征乱者の力に関する記憶の結晶体、“メモリア・デウス”。


「“神門”って……“神界”へと繋がるとか言われてる門のことか? あんなもん実在すんの?」


 天夜はメモリア・デウスを受け取りながら、そのワードに関して疑わしく問う。


「気になるなら探すがよい。人間としての誇りと尊厳を捨てたいのならばな」


 なんとも奇妙で意味深長な言の葉だ。このアニムスは一体何が伝えたいのだろうか。

 言わんとしていることはなんとなく分かるが、深く追及せずに天夜は“煌覚神石”を懐から取り出す。


 アニムスを征乱者から引きずり出し、メモリア・デウスを検めることが可能なその石は相も変わらず眩いばかりの青白い光を乱反射させている。


 異なる形の蒼穹を、天夜は両手の中で転がすように握り締める。

 横長のひし形を八面体に組み合わせたような煌覚神石はゴツゴツとした石の感触だが、対するメモリア・デウスは、なんと言うか触れた感触があまり無い。


 静かに深呼吸した天夜は、その二つを勢いよく押し付ける。


「これより、星村昴鬼の審問を開始する……!」

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