10. 決着:Overwhelming
あぁ、ウゼえ!
俺に触れるな、殺すぞ!
ウゼえな、喚くなよ。
今すぐ堕としてやるよ。
あぁ? 軟弱な攻撃だな。
鬱陶しい……。
終焉を告げる夜よ!
黒き天の禊の下に君臨せよ!
――染まれ……堕ちろ!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
幾重にもドス黒い瘴気を身に纏い、天夜は無言で冷徹な視線をヴォルガルドに浴びせる。
焦燥を露わにした面持ちの老剣士は、両手から放出した天力を、足に満遍なく降り注がせた。
――冷静であれ。
剣士は自分にそう言い聞かせる。
その肉体を天力が形成しているヴォルガルドにとっては、これだけでも充分応急処置となり得る。
見るも無残な形状になっていたヴォルガルドの足は辛うじて原型を取り戻し、まともに立てるほどにはなった。
外面的なダメージは天力で補ったものの、内部の損傷が激しいために激痛は今だ鳴り止まぬまま。だが、しぶとく剣を構え、戦意の炎を猛るように焦がすヴォルガルドは怯まない。
今までの踏み込みの中でも一層強く床を蹴り、先手必勝と言わんばかりに剣を振るう。
「ありえん、そんな人間が存在するなど、ありえてはならない……だがお主の天力の力、いかほどの物か試させてもらうぞ!!」
剣尖を前方へと突き出し、猪突猛進を図に描いたような動作。これこそがヴォルガルドの剣術の真髄である“突き技”。
喰らって無事だった者など一人も居ない。逃したことなど許さなかった。それほどまでに、彼は剣技の中でも突きの精度には満を持していた。
ギリウスのレイピアによる“突き”と比較すると、その本質はかなり異なる。
全体重を前方へと乗せ、助走を付ける分、こと破壊力とスピードにおいては、ヴォルガルドの方が格段に上である。
その代償として脇が甘くなるが、その間合いに入れるかと言うと、至極難儀な話である。
圧巻の剣戟。
回避能力に長けている天夜と言えど、見切れる速さでは無い。大剣が豪風を渦巻かせながら大気を切り裂く。
ふらりとも動かない天夜は、己に襲いかかる凶器にぼうっと虚ろな瞳を向けるだけ。
「ぬおおおおおおおおおお!!」
一瞬天夜の口元がニヤリと綻んだようにも見えた。しかしそんなことは気にも留めず、ヴォルガルドは突っ込む。
剣先と、天夜の鼻先が擦れ合おうとした須臾の間。
痛いほどの波動が、部屋中の分子を荒々しく揺さぶった。
時が止まったような鈍い感覚を、ヴォルガルドは味わう。
全身が粟立つような戦慄を。
「なッ……! 片手じゃと……!」
その闇を左手に宿しつつ、天夜は剣を受け止めていた。
たちまち闇が大剣を飲み込む。
洗練された鋭い光沢を放っていたはずの大剣は、一瞬にしてインクをぶちまけたような黒によって覆われた。
「染まれ……堕ちろ……!」
天夜が手に食い込んだままの刃を僅かに指圧しただけで、大剣はバラバラに弾け飛んで無残に散った。
「お主その力、やはりありえんッ! “フィーネの夜”を操れる征乱者じゃと……?!」
唖然呆然という言葉が、ヴォルガルドの表情を塗り替えた。
武器を失ったヴォルガルドはたじろぎながらも間合いを取る。
諦めまいと天力を消費して、その場に剣先から柄の先まで、瓜二つの大剣を精製した。
剣に全てを賭けることだけを考えろと、ヴォルガルドは己に自己暗示をかける。
何人たりとも寄せ付けぬ、気迫。その構えには、殺気が満ち満ちている。
この攻防で、全ての決着が着くとヴォルガルドは心の何処かで確信していた。
ヴォルガルドは全身全霊を込め、常套手段とする縦横無尽の連続斬撃を放つ。
「そらそらそらそらァァァ!!」
アニムスでありながらその咆哮は、怒り狂う獣のようであり、冷静ながらも燃える魂を持った気高き人間のようでもあった。
だが、そんな攻撃も、全ては黒に染め上げられ、崩壊を迎える。
剣戟は天夜によって煌々と生み出される純粋な黒に触れると、瞬時に腐るようにして吹き飛ぶ。
これ以上普通の並の斬撃では無駄と悟ったヴォルガルドは大きく後ろに飛び退き、距離を取る。
彼は、全身全霊を込めた最後の一撃を繰り出さんと、両手にありったけの天力を集中させ始めた。
そうして老剣士が土壇場に顕現した得物は、超特大のバスターソードであった。
優に3メートルを超えるそれは、今までの大剣がオモチャに見えるほどの存在感を放っている。
ヴォルガルドは息を深く吸う。
素肌に感じる、未知なる力への恐怖。その恐怖を拭い、彼は終焉への一歩を踏み出す。
闇を斬り裂き、祓わんと、自身の攻撃の中で最強の一撃である神速の“突き”を放った。死に物狂いの攻撃ゆえか、通常の剣速よりもさらに速い。
もはやヴォルガルドにとっての選択肢はこれしか無かった。
襲いくる先ほど以上の突きに対して、天夜は高く跳躍。それと同時に一振りの長剣を片手に顕現する。
征乱者はその力を利用すれば様々な利用方法が生まれる。ヴォルガルドが天力で金属を生み出し、大剣を象るのも然り。
天夜は“フィーネの夜”と呼ばれる物質を天力で創造し、剣を形造ったのである。
天夜は、厚い刃の上に着地し、そのまま綱渡りのごとく駆けた。
「す、素足で剣の上をじゃと⁈」
足の裏にフィーネの夜を纏うことで切れないように防いだのだろう。
自我を失った様子の天夜には、まともな思考力は無い。
恐らく闘争本能による賜物だろう。
一足飛びに距離を縮めた天夜は、剣を逆手に持ち、抉るように振るう。
黒い閃光がヴォルガルドの肩肉に食い込み、無慈悲にも肩の関節ごと右腕を斬り飛ばした。
絶対的な勝利を確信させた一太刀。
「あ……あぁ……う、腕が…………」
落とされた腕と特大の大剣が床に沈み、その盛大な金属音が敗北を告げた。
剣を支えていた片腕を失った老剣士は、地に膝を落とす。
四つん這いで息を荒立てるヴォルガルドの前に天夜は立ちはだかった。
「選べェ……黒く染まり堕ちきって首を刎ねられて死ぬかァ……。
それとも綺麗なままで首を刎ねられて死ぬかァ……」
「ま、待て……! お主の目的はワシと殺し合うことではないじゃろう! もう充分じゃ、ワシの負けでよい! お主の力量、確かにこのワシを遥かに凌駕したわい! “メモリア・デウス”を渡すから早うその物騒な力を消さんかい!」
このままでは存在ごと抹消されかねない。本能的に直感し、命乞いをする。
「…………ダメだね」
邪悪な笑みを零し、天夜は切先をヴォルガルドの喉元に向ける。
「なにィィ?!」
性格がまるで別人のごとく残忍非道になり、本来の目的など見失ってしまった天夜は、聞く耳など持たなかった。
いつの間にやら生死を賭けた戦いへと変貌していた決闘は、ほぼ終点を迎えようとしていた。




