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9. 解放:Peripeteia

 互いがしかと向き合い、冷え切った空間に再び鋭い緊張感が(ほとばし)る。


 道場の板間には現在、二つの大穴が穿たれている。足元に注意しながら戦わなければならない。もし落ちれば穴の上から追撃を貰い受けるかもしれない。


 また、天夜の手からは金属の針によって空けられた凄惨たる傷穴から紅き血潮が垂れ続けている。


 薄手のナックルグローブを貫通し、右手の肉は板間同様に穴を()り出されており、千切れた黒い繊維では赤の体液が吸いきれずに(したた)ってしまっている。


 痛々しく血塗られた傷を見つめ、天夜がほくそ笑む。刺すような痛みが酷いが、かえってそれが彼の闘志の火に油を注いだ。


 この戦いの目的はヴォルガルドを倒し、天夜自身の力を認めさせること。

 そして、金属の征乱者である星村昂鬼の力に関する記憶、“メモリア・デウス”をヴォルガルドから受け取ることだ。


 メモリア・デウスはアニムスが管理する記憶の結晶だ。差し出すかどうかもアニムス次第。


 つまるところ、戦って相手を認めた者の言うことしか聞かぬというヴォルガルドを倒さねば、星村の定期審問は行えない。


 いざとなればあの“力”を……いや、やめておこう。あれは使ってはならない。白亜も見ている。誰かに、それも同業である調律者にバレると色々面倒だ。

 それにあれは寿命を縮めるだけである。リスクが大き過ぎる。


 自問自答を振り切り、覇力をグローブに再び纏わせた天夜は、歯を食いしばり構えを正す。


 両脇を軽く締め、左拳は胸ほどの高さ、右拳は腰ほどの高さに持ち上げる。

 対照的に右足はそのまま、左足を肩幅ほどに後ろへと開き、重心を真ん中に固定する。

 天夜が最も使い慣れた近接格闘術の構えである。


 元々基本的な戦い方を教えてくれた師は天夜自身の父であったが、ほぼ自己流で現在の戦闘スタイルを確立させたと言ってもよい。


 様々な動きに対応できるように四肢はほどよく脱力されている。筋肉が強張っていては素早い動きができないため、ある程度の脱力も重要だからだ。


 また、重心を正中線上に常に持ってくることで、攻防両方に有効かつスムーズな体重移動が可能となる。


 相対するヴォルガルドは、先ほどの剣の構えとは異なっていた。

 鎧を脱ぎ捨てるまで、大剣を真っ直ぐ自分の目の前に構えるシンプルな構えであったが、今度は腰の高さで横向けに剣を携え、剣尖は垂らすようにして斜め下へと向けられていた。


 二人はほぼ同時に腰を低く落とし、息を深く吸う。

 現在の間合いは約7メートル。二三歩大きく前に踏み込めば、両者攻撃の間合いへと入り込める。しかし大剣のリーチがある以上、幾分ヴォルガルドの方が有利ではある。


「どうした、若造。はよう来ぬか」


「そっちこそどうしたよ。さっさと来やがれ、何にビビってんだよ」


「ふん。肝の座ったガキじゃ。お主が策を弄しておるのは見えておる」


「でもあんたにはそれが何か分かっちゃいない……。そうだろ?」


 絶えず緊張感がこの空間をごっそりと覆い、高度な読み合いの時が流れる。

 顔色一つ変えず、平静を装いながら天夜は生唾を飲み込んだ。


 どちらかが先に手を出せばどうなるか分かったものではない。迂闊に攻撃を仕掛けるのは愚の骨頂である。


(あらかじ)め言っておくが、もう血なんぞで足を取られることは無いぞ。さっきは足裏まで鎧に守られておったからのう。濡れた金属は確かに滑りやすいが、素足なら濡れた床ごときで滑る心配は無いわい」


「へぇ、そうかい。あんたはそうやって油断してるといいぜ」


 長く、重苦しい膠着状態が続いたが、突如その痛いほどの沈黙を先に破ったのは、ヴォルガルドであった。


「面倒じゃ……策が待っておろうと、自ら切り拓くのみ! リスクは策が飛び出るその瞬間に断ち切ってくれるわ!」


「来るか! やってみな!」


 ヴォルガルドは一歩二歩と、素速い足捌きで間合いを詰めてきた。

 天夜の大量の血など気にも止めず、迫ってくる。


 大剣のレンジ内に侵入したヴォルガルド。

 足元からの斬り上げが天夜を襲う。

 鎧を脱ぎ捨てたせいか、剣も挙動もスピードが格段に上昇している。

 その動きを見切った天夜は、紙一重でサイドステップによって回避した。


 刃が天夜の闇のような黒を湛えた頭髪を擦過し、さらには耳朶(じだ)を僅かに抉る。


 だがヴォルガルドの斬撃はそれで止まるはずもなかった。

 斬り下ろし、回転斬り、斜め斬り下ろしと立て続けの凄まじい猛攻の風圧が鼓膜を揺らす。


 人間離れした膂力(りょりょく)と速さに圧倒され、付け入る隙など微塵も見えない。

 必死の回避によって、天夜は被ダメージを掠る程度に抑え込んでいた。


 しかし再び、天夜に豁然(かつぜん)と好機は訪れた。


 大振りな水平斬りをしゃがみ込むようにして躱した直後、天夜は両手の平を床に叩きつけた。

 べチャリとした生々しい音を含みながらも、快活な音が響く。

 水溜りを踏みつけた時のようなみずみずしい残響は、天夜の血液によるものだった。


 部屋中に撒き散らされた血は、一つの大海を形成していた。

 いつ倒れてもおかしくないほどの出血量だが、天夜は回避しながらも己の血をわざと床全体に撒き散らし、這わせていた。


「ジジイ……さっき、もう血なんぞに足は取られないって言ったか? 大間違いだね。あんたはもう一度、俺の血液でくたばる!」


 既に板間の三分の一を占めるほどに広がっているそれは、当然ヴォルガルドの足元をも濡らしていた。天夜の言葉に呼応するかのようにして、紅海はたちまち赤黒い光を放ち始める。


「ぬぅ……これは……!」


 元々の血の赤みを上塗りするようにして、赤黒い一筋のエネルギーがヴォルガルドの足元へと一挙に去来する。


 老剣士が跳躍しようと床から足を離した時には、既にエネルギーの一部が足裏に接触していた。バランスを崩しながら着地するも、それを受けたヴォルガルドの足の肌はボロボロと崩れ落ちるようにして奇妙な傷を生み出した。

 指先から踵まで、数瞬のうちに原型が無くなるほど蹂躙(じゅうりん)される。

 たたらを踏んだヴォルガルドは、その場に尻餅を突いて冷や汗を垂らした。


「理論上、天力と覇力は俺たち人間の場合、血中を流れて循環している。心臓には大量のエネルギーが詰まってるのさ。征乱者なら天力が、調律者なら覇力が心臓から供給されている。宿しながらも体外に放出して扱うのが征乱者と調律者だ。

 血液は“生命の象徴”とも言える体液……。それを介して力が供給されるということは、天力や覇力が伝導しやすいってことでもある」


「ぐぬぅ……! 小癪な……!」


「そしてあんたらアニムスは天力の塊だ。天力を打ち消す覇力を何の防御も無しに真っ向からモロに受けりゃ、そりゃあ耐えられたもんじゃねえだろうな」


 剣を縦横無尽に振り回すようなみっともない抵抗を軽く避け、天夜はダメ押しに相手の手元を蹴り飛ばした。


 重厚感があるはずの大剣は主の手から飛翔した。虚しい金属音を鳴らして、かまびすしく床とぶつかり合う。


 使い物にならなくなった足は宙を(はかな)く蹴り、腕だけで後ずさりするヴォルガルド。

 対照的に追い詰める天夜。


 ヴォルガルドは、自らが床下から突き破って現れた時の穴の一歩手前までに来て踏みとどまった。

 袋の鼠だ。天夜は勝利に王手を掛けたと言わんばかりに、口角を持ち上げた。


 穴の周辺には血に塗れた木片が散らかり、足の裏を小さく刺激する。恐らく破砕された板の細やかな欠片だろう。

 血が木々を濡らしながらその穴の中まで流れ落ちているのを一瞥した。


 こうして見ると相当量の出血だ。早く勝負を終えなければこちらの身が危険である。

 だがもう奴に逃げ場は無い。

 これ以上後退すれば、奴は再び床下へと転落してしまうだろう。


「ブッ壊れろ!」


 最早抵抗の余地など無いヴォルガルドの腹を、天夜はこれでもかと連発で殴る。


 ヴォルガルドは一瞬だけ体表面に薄い金属板を生み出し、ガードを図った。

 だが、天夜の覇力を纏った拳に対して薄っぺらな天力製の金属など付け焼き刃もいいところだ。


 防御壁となっていた金属板はすぐに瓦解し、いとも容易く綻びる。

 再び本体が露わになった。間髪入れずに殴り続け、肉と肉が衝突し合う。

 鈍く重い衝撃が、ヴォルガルドの逞しい腹筋を抉った。


 天夜の右手からは血飛沫が迸り、空間に一層濃く紅を散りばめる。

 覇力でズタズタになったヴォルガルドの傷口からは、天力の青白い光が零れ出す。


 喀血し、低く悲鳴を唸らせる老剣士など歯牙にもかけずに、天夜は容赦の無い突きを何度も何度もひたすら打ち込む。


 今まで避けてばかりでいた分、まともに攻撃できない状況のせいでフラストレーションも相当高まっていたのだろう。


 おぞましい怒濤のラッシュは、彼の苛立ちの表れでもあった。


 とどめの一撃を繰り出さんと、黒衣の調律者は右脚を振り上げる。その足には、これまた赤黒い閃光がまとわりついていた。


 狙いは老剣士の顎周りの角張った骨格である。人間同様に顎を砕かれて平気なわけがない。


「死なない程度には加減してやるよ……。暫く寝てろ!」


 腰を回し、全体重を蹴りに預ける。

 遠大な弧を描きながら放たれた回し蹴りの軌道は、美しくも残酷。

 確実に顎を仕留めようとしていた。


 だがその時、少し離れた場所から甲高い警告の声が室内の空気を震わせた。


「何か来るわ! 逃げて!」


 白亜が何かを感じ取り、無意識のうちに語気を強めて叫んでいた。


 しかし、渾身の蹴りにおいて体重を乗せ切った以上回避行動を取るのは無理だ。


 ほんの数瞬のうちに、彼女の警告通り、それは音も無く飛来した。

 乱入してきた物体は、蹴りを放った右足の足首へと(つた)のように巻きつき、がんじがらめに固定してしまう。


「ぬあぁ?! なんじゃこりゃあ?!」


 それは一繋ぎの鎖であった。


 無論不意を突かれた上に、そんな物が襲ってくるなど予想だにしなかった天夜は、片足だけでバランスを保とうと踏ん張る。


「ぐぬぬぬぬぬ…………」


 耐えようとするも、鎖が不可視の力によって操作される。

 天夜は無理矢理引っ張られる形で木壁に後頭部と背を(したた)かに叩きつけられた。


 何が起きたのか全く把握しきれない天夜の脳内には、大きな疑問符が渦巻く。


 状況を整理するために、まず鎖の出自を確認しようと眼球を素早く転がした。

 血濡れの床に這う鈍色の鎖を目で追うと、先ほどヴォルガルドの追い詰められていた二つ目の穴から根源は伸びていた。


 板間にぽっかりと空いた穴から、蛇行してうねる鎖が予兆も無く現れ、天夜を襲ったということだ。

 叩きつけられた衝撃のせいか、天夜は苦しそうに数回咳き込む。


「何をどうしやがった……あんたに天力で金属物質を顕現させる気力も隙も、ほとんど無かったはずだ…………」


 問いかけると、鎖が二本三本と追加で現れ、手足を押さえ付けられる。


 壁に背からへばりつけられる形で、四肢の自由を奪われた。完全に(はりつけ)の状態である。

 激しく抵抗するも、押さえ付ける力は相当なものだ。安易に振りほどけるような拘束ではないと悟る。


「またもや危なかったわい。……やはり油断できぬ男よ」


 ヴォルガルドは腕だけで這いずり、飛ばされた大剣を回収する。

 大剣を杖代わりにボロボロの足で立つと、覚束(おぼつか)ない足取りで近付いてくる。


「天力と覇力が人間の血液を伝導しやすいことなど、お主にいちいち説明されずともワシでも知っておるわい。この鎖は、そのことを踏まえた上での逆転の不意打ちじゃ」


 よろよろとふらつきながら喋るヴォルガルドは、鎖によって磔になった天夜の眼前へと立った。

 大剣を両手で逆手持ちにし、天夜の顔面を破砕せんとばかりに剣尖で突く。

 天夜は咄嗟に首を捻り、ギリギリの距離で回避。最早このままでは殺されてしまう。


 剣尖で木壁をごりごりと削る音が、耳元でやかましくがなりたてる。焦燥を感じずにはいられなかった。


 白亜の方をチラリと一瞥すると、流石にこの状況を危惧した様子で両手に銃のグリップを握っていた。

 だが天夜は、「手出しせずに黙って見ていろ」と眼で威圧した。


「教えろ。その鎖、どうやった」


「ふんっ、いいじゃろう……。まずお主はアホほどの出血によってワシの足を取ろうとしたのう。その時に出来上がった血溜まりは尋常なもんではなかった。そして次に、ワシが逃げ惑うようにして辿り着いたあの穴。あの穴の下にまでお主の血が一筋に繋がって流れ落ちていることに気付いたワシは、あそこの真下にもう一つ落ちていたモノを思い出したのじゃ」


「まさか……血を伝って脱ぎ捨てた鎧に……!」


「ザッツ・ラァイト! ワシは伝導率の高い、人間であるお主の血液を媒介として、脱ぎ捨てた鎧に天力を送りこんだのじゃ。

 お主はワシを殴るのに夢中で、ワシが片手で天力を床下へ放出していることにすら気付かんかった。

 伝導率が高い分、おかげで力を流す量も時間も少しで助かったわい」


 つまりその場凌ぎに生み出されたかのように見えた金属板のガードは、俺の気を引き付ける一種のフェイクの役割を果たしていたということだ。


 ――してやられた。


 無から有を生み出すことも可能な征乱者とアニムスだが、既に有る物を変形させて創りあげる方が格段に楽なのは言わずもがな。


 仮に何も存在しない空間から鎖を精製しようとも、時間も天力の消費量もいかんせん嵩張(かさば)ってしまう。


 ほんの一瞬で天力によって物質を形成することは、熟練者でも非常に難しい。必ずある程度の溜めが必要となる。ましてや攻撃を受け続けている状態でなど以ての外だ。

 だがヴォルガルドは、それならばと、自ら脱ぎ捨てた鎧を再利用したのだ。


「鎧の一部を鎖へと変形させたあんたは、それを操って俺への反撃を行ったってわけか……」


「ご明察じゃ」


 なんという機転。

 愕然とする他無い。キツく四肢が締め上げられ、あらゆる関節が嫌な音を立てて軋む。


「決闘とは言え、若き戦士をみすみす殺してしまうのは惜しい……。気絶だけで許しておいてやろう」


 更にもう一本、新たな銀鎖の魔の手が伸びてくる。五本目の鎖は、天夜の首筋に蛇のように絡みついた。

 道場の現在の気温はマイナス3度前後。日本最北端の冬の冷気は厳しい。

 もちろん心身を練磨する場である道場に冷暖房は無く、断熱性の低い造りだ。

 加えて多量の出血によって体温が急激に下がっている天夜にとっては、金属の冷たさが凍てつくほどに感じられた。


 ――そして、鎖の加圧はすぐに(おぞ)ましいほどの苦痛へと還元された。


 咽喉をギリギリと締め上げられ、鎖が気道を塞ぎ、肉に食い込む。

 必死で手足を動かし抵抗しようにも、同じく四本の鎖がそれをさせまいとする。

 さながらゴルゴダの丘で磔刑(たっけい)に処せられたキリストである。


「カ……ハ……ッ…………!」


 呼吸ができない。意識が遠のく。


 腕を動かす。脚を動かす。


 もがき、悶え、足掻き、のた打つ。


 走馬灯の如く、ぐるぐると、どろどろと、思考が(とろ)けるように回転し始める。


 ああ、俺、負けるのか。

 殺されないだけマシか。気絶で許されるのだろう?

 それなら別に構わないじゃないか。


 しかし星村の“記憶”を調べるのはもう良いのだろうか?

 こいつに勝って、実力を認めさせなければ、そして“メモリア・デウス”を差し出してもらわねば、何も始まらない。

 “メモリア・デウス”を調べなければ、星村の潔白は証明されない。


 それはつまり、ひねくれジャックという存在への手掛かりを一つ見失うことになる。

 オマケに定期審問は遂行されず、職務放棄となってしまうではないか。


 俺がこのまま負けたとして、誰かが代わりにこいつと戦えばいいのかもしれない。

 だが白亜がやるというのか? 無理だ。ヴォルガルドには相手が銃と言えども打ち勝つ力と技術がある。


「ほれほれ、もうすぐかの。目が虚ろになってきたわい」


 ふと、星村の部屋を出る時、俺はギリウスに「醜態を晒してこい」と煽られたことを思い出した。


 負けられない。どんな戦いであろうと、負けてはいられない。

 そんなことになったらあいつの思うつぼではないか。


 そんな事態だけはなんとしても避けたい。


 そうだ。俺はこのクソジジイに勝たなければ、またあのクソ執事にバカにされるだけじゃないか。

 ……やってられない。


 ――ブチのめしてやる……!


 不甲斐ない己と苛立ちが激しく暴風雨のように吹き荒れ、怒りの波濤(はとう)が全身に染み渡った。

 無呼吸のまま目を見開き、天夜は不気味な笑顔を見せる。


「な、なんじゃ?!」


 たった一手で、全ては覆る。

 それは、この上なく危険で、凶暴。


 ギリウスと、死んでいった者しか目にしたことの無い、許されざる“矛盾した力”であり、“禁忌の力”。

 この戦いによって露見してしまうのではと危惧していた、隠していたもう一つの“力”。


 もう止められはしない。


 無意識のうちに、天夜はそれを解き放つ。

 突然、天夜の身体から、真っ黒な“闇”が染み出すようにして現れる。

 あるいはそれを“影”と形容するべきであろうか。

 正体不明の物質は、鎖にまとわりつくように蠢き、鈍い銀を黒に染め上げた。


「な……?! こ、これは?!」


 黒く覆われた鎖は、まるで腐蝕したかのように綻び、霧散。

 ヴォルガルドは、開いた口が塞がらないといった様子でたじろぐ。


 全ての鎖を“黒”に変遷させ、天夜は緩んだ拘束を振りほどいた。

 無言のまま、ゆっくりとヴォルガルドに歩を進める。


 天夜の全身からは闇が噴き出し、黒衣を纏っている上にさらに黒いオーラを重ねて纏うような姿は、なんとも不気味である。


「何……これ……。ありえない……………ありえないわ……」


 白亜は絶対に起こるはずの無い事象を目の当たりにして絶句。

 腰が抜けて畳の上にへたり込んでしまい、思わず口に手を当てる。


「お主……何故……何故じゃ……。

 なぜ天力(・・)までもが使えるんじゃあ!!」


 ヴォルガルドは叫ぶ。

 “矛盾”によって構成されたバケモノに恐れおののき、()しものアニムスであろうと、混乱を撒き散らさずにはいられなかった。


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