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8. 戦士:Cheating each other

 星村の部屋を出てすぐ、たまたま通りかかったメイドを呼び止めることができた。

 事情を簡潔に説明した天夜、ヴォルガルド、白亜の三人は、あっさりと武道場の使用許可を貰った。


 武道場は縦幅約20メートル、横幅約40メートルと、思った以上に広く、少々暴れても物を壊さずに済みそうだった。


 木製の壁からは檜の香りがほのかに漂い、不思議と心が落ち着かせられる。

 床は畳と板間に半分ずつ分けられており、足場的に板間の方がやりやすいであろうと判断し、板間へ移った。


 天夜はブーツと靴下を脱ぎ捨て、素足を晒す。九道邸内は欧州の文化同様に、土足でもなんら問題は無かった。

 しかし道場の板間で土足というのは御法度だろう。靴下であったとしても滑ってしまうため危険だ。


 板間に爪先から踵までぴったり着けると、ひんやりとした感触が足裏全体を撫でた。辺境の地の寒さは半端ではなく、道場ともなれば冷暖房は無い上に断熱性は低い。氷点下5度から0度ぐらいが平均的だ。


 不思議と寒さは気にならなかったが、その代償か、一抹の不安が天夜を襲った。

 ギリウス以外、この屋敷に居る者には誰にも漏らしていない自分自身の秘密が、この決闘で露呈しないかという怖れだ。

 だが、相手はアニムスだ。気は抜けない。

 胸中に宿る負の感情を拭い捨て、一瞬で気を引き締めようと、天夜はしたたかに両拳を打合わせた。


 ヴォルガルドは畳の間を背に向け、大剣を手に取り、正中線に構える。

 相対する天夜は、板間の奥の壁側を背に、ヴォルガルドを()めつけた。


 立会人の白亜はと言うと、畳の間の方からこちらの緊張の張り詰めた空間をジッと見据えている。

 鎧の精神体と、滑稽な仮面越しに視線が交錯した。


 無駄な装飾は無く、頑強な金属製の大剣は、昨晩星村がギリウスに突っかかった際に生成された大剣と瓜二つであった。


 対する天夜は、黒い戦闘用のグローブを着けただけの素手。リーチも殺傷力もある大剣に対して、丸腰で挑むというのは無謀を通り越して自殺行為であろう。


「ちょっと……ウソでしょ……?」


 白亜は目を見開き、呆れる。

 愚かな立ち振る舞いを見てか、ヴォルガルドは(しわが)れた声で笑い声をあげる。


「ハハハ、お主、まさか素手で闘おうと言うのか?」


「生憎、物騒な物は持ち合わせてないんでね。死なない程度にぶっ倒せばイイんだろ?

 本気のサシの勝負にルールは関係無いさ。剣術であろうが徒手空拳であろうが、要は勝ちゃイイ」


「ふふ……戦士の如き、滾る闘志……その意気や良し! このヴォルガルド、いざ参らん!」


 板間を豪快に踏み込み、圧巻の威圧感でこちらへ迫ってくるヴォルガルド。

 老戦士という印象が強かったが、思った以上に機敏な動きだ。初動の踏み込みから間合いを詰めてくるまでに無駄な動きは微塵も無い。大剣を携えながら迫ってくるその様も、全く隙が見当たらない。


 上段に大きく振りかぶったヴォルガルドは、まずは様子見と言ったところか、シンプルな縦への斬撃を繰り出す。

 挙動は流麗かつはしこい。斬撃の軌道も寸分の狂いは無く、破壊力充分。


 しかし腹がガラ空き。隙だらけだ。

 カウンターを見舞ってやろうかと思ったが、天夜は嫌な予感を察知。すぐさまバックステップで回避行動を取る。


 大剣が斬り下ろされた直後、凄まじい瞬発力で、斬り上げが天夜の鼻梁を掠めたのだ。


 更に襲いかかる横薙ぎの斬り払い。

 身を屈め、天夜は足払いで返すも、ヴォルガルドは見計らったように跳躍。


 そのまま奴は、剣尖を真っ直ぐ下に向け、こちら目掛けて急降下してきた。天夜は必死で地面を横這いに転がり、回避する。


 ついさっきまで自分が立っていた床が、盛大な破砕音を立てて、大人が入れるほどの大穴を穿った。

 かなり頑丈な造りであるはずの道場の板間の床だが、卵の殻を割るようにあっさりと破壊されてしまった。


 嫌な冷や汗が頬を伝うのがはっきりと分かった。

 天夜は、カウンターを入れようと迂闊に前へ踏み込むのは、危険過ぎると悟った。


「ふふふ………大剣だからと言って、鈍重な剣技だと侮るなかれよ若造……」


 連撃で来るとは、予想外だった。

 この手の剣士は普通、一振り一振りの威力を重要視し、連続攻撃よりも一撃で仕留めることに重きを置くものと思っていた。


 しかし、ヴォルガルドは違う。

 あの見えない鎧の下。恐らく筋骨隆々とした肉体を隠し持っているに違いない。


 でなければ、鎧を着込んだままあのような俊敏な動きはできまい。

 大剣による連続攻撃も、並大抵の腕力では不可能だ。強靭な体幹も必要になる。増してや一度振り下ろした重量のある物体を、重力に逆らってすぐに振り上げたのだ。


 日本刀などの細身の刀剣であっても見た目以上に重い。だが彼の鋼鉄製の両刃のバスターソードは、他の刀剣類の中でも特に重量がある。


 彼はそれを難なく連撃として放った。

 これは、決して油断してはいけないことを証明している。彼は殺気を充分に含んだ、本気の剣技で圧倒してきているのだ。


「まだ続けるかの? お主の防戦一方では面白みが無いのう」


「うるせぇ、御託はいいから来やがれ。素手で充分だつってんだろうが」


 一撃、とっておきの重いカウンターを返してやろうと、天夜は隠すようにしながら、手の表面に覇力を纏った。


 それとほぼ同時、極大の白刃の猛攻が再び始まる。縦に横に斜めに、縦横無尽と評するに相応しい剣捌きだ。


 横へ後ろへと逃げ回りながら、天夜は凄まじい連撃の中に僅かな隙を見出した。

 奴は斬り払いの後、比較的縦への斬り込みを繰り出す傾向があるのだ。


 上段からの縦斬りは、振りかぶるモーションが比較的大きいために腹部がガラ空きになる。

 先ほどの斬り下ろしからの斬り上げというコンボには面食らったが、同じ手は二度も喰らわない。


 横薙ぎから振りかぶる分、自ずと隙が大きくなるはずだ。勝機はそこにある、と自分に言い聞かせた。


 鼓動が高鳴る。その時を今か今かと待ち、剣戟を避け続ける。無様に逃げ回っているだけだが、こうする他無い。


 奴が一旦間合いを取り、ひときわ強く踏み込んだ瞬間だった。


 ーー待望の横薙ぎからの斬り下ろし……!


 もらったと言わんばかりに(たい)(さば)き、斬撃を躱すような形で、奴の奥の懐へと飛び込む。

 横か後ろへと躱すべき状況で、あえて前へ踏み込み、腰を捻ったのだ。

 全体重を乗せて、掌打を打ち込む。


 鎧の硬質で冷徹な感触。

 同時に衝撃が走り、室内の空気が震え、確かな手応えを感じた。


 角度、タイミング、スピード、踏み込み、腰の捻り……。今のカウンター、打撃において重要なファクターは完璧にこなせた。


 更に言えば、征乱者の力の化身であるアニムスは、天力の塊も同然なのだ。天力を打ち消す覇力で攻撃されれば、ひとたまりも無いだろう。

 よって、天夜の覇力を帯びた掌打は、ヴォルガルドにとって手痛い一撃となった。


「うぐ………! ガハァッ!」


 駄目押しに、さらに覇力を流し込む天夜。鎧に触れたまま、赤黒い光を放出し続ける。


 ーー確かに手痛い一撃となった……はずであった。


 だが、彼の白銀の鎧は、生物のように蠢きだしたのだ。天夜は何かに気付いたようにすぐに手を離そうとしたが、時既に遅し。


 鎧の表面がベキベキと剥がれ、金属が変形し始める。

 みるみるうちに金属の塊が、セメントで固めるように天夜の手を包みこんでしまった。

 不意を突かれた天夜は、柄にもなく狼狽する。ヴォルガルドの口角がニィッと持ち上げられた。


「甘いのう、若造……。天力を覇力で相殺するということは、同等かそれ以上の力を以てして相殺せねばならぬ。ワシは腹部に天力を集中し、お主の覇力は打ち消したぞ……。そしてッ!」


 固められた右手を、金属が流動するように動く。まるで液体金属……いや、一つの生命体だ。


 そうこうしているうちに、どうやらさらなる変形を遂げた鎧の金属の内部には、無数に極太の針が設けられた。天夜の手を拘束すると同時に穴だらけにしたのである。

 激痛に押し潰される右手。悶え苦しむ天夜は、逃げたくとも身動きが取れない。


「お主は、まんまとワシの策に(はま)ったのじゃよ。あからさまな隙を作っては、ブラフだと丸分かりじゃからな。なかなか(さか)しいと見て取れるお主にはギリギリの隙を与えたのじゃ」


「……ッ! 離せ………!!」


「やかましいッ。このまま手首を()いで、引きちぎってくれるわ」


 容赦無く締め付けられる右手。

 金属がさらに堅く堅く締め上げ、万力の如き力で関節を破壊せんとする。


 恐らくこの包み込んでいる金属の中では、頸動脈から溢れ出た大量の黒い血溜まりができていることだろう。


 痛覚の中に、金属の冷たさと生温かさを同時に感じるのはそのせいか。

 ヴォルガルドは本気だ。本気で俺の手首を分断するつもりだろう。


 アニムスは征乱者の力の化身。征乱者同様の能力を扱えて当然だ。加えて、その力量は征乱者本人を遥かに凌駕するとも言われている。

 “金属の征乱者”である星村昂鬼のアニムス……つまりヴォルガルドにも、金属を自由自在に操ることが可能である。

 彼らこそが、恐らく“偽の神”の正体であると俺は考えているほどだ。


「肉が千切れ、骨が砕ける感触がよく分かるのう……。覇力で金属を少しずつ取り払っておるのか。天力で顕現された金属じゃから、この鎧を消すことは不可能ではない。

 しかし抵抗しているようじゃが、全く力不足じゃ。お主は何故覇力を全力で使おうとせぬ? お主からはもっと膨大な覇力が潜在しているのを感じるぞ」


「ちょいと混み合った事情があってね……。

 クッ……!」


 迂闊な反撃をしてはいけない。奴の両手はフリーなのだ。突き蹴りを飛ばしたところであっさりと受け止められるだろうし、大剣で無慈悲にも断頭刑に処されるかもしれない。


 せめてもの抵抗をと、天夜はヴォルガルドの巨躯に向かって、肩から入り込むようにしてタックルをぶつける。


「ふん、悪足掻きか。大口を叩いていたわりには大したこと無いのう。前に来た調律者は、ワシを一瞬で地面に膝を着かせおったわ。どういうわけか、そやつからは覇力と天力を同時に感じたがの」


 余裕綽綽(よゆうしゃくしゃく)の態度で、老戦士は遠い昔に会ったという人物を奇妙げに語る。


「覇力と天力を同時に……? まさか……いや、そんなはずは……」


 天夜は大きく(かぶり)を振り、さらに強く、ヴォルガルドの体を前へ前へと押し込んだ。


「軟弱な抵抗じゃのう……」


 たった少ししか揺らがないヴォルガルドには、余裕しか見えない。

 だが天夜は、気が狂ったかのように、突如として哄笑した。


「バカが、足元をよーく見てみろよ」


 戦況は一変したのだ。天夜はそれを高らかに宣言するように、声を押し殺して笑う。

 気づけば、いつの間にやら足元は赤い液体に染まっていた。


「な、なんじゃ⁈」


 天力によって生み出された金属とはまた別種の、鉄の臭い。明らかに血である。

板間になみなみと出来上がった紅い水溜まりは、ヴォルガルドの足元をどっぷりと濡らしていた。


「どんなエネルギーでも、分散させるよりは一箇所に固めたほうが断然濃度を増す……。

 つまり、覇力を真下にだけ一点集中させて、その金属の底に小さな穴を開けたのさ。そいつは、あんたが鎧の金属で俺の右手を締め付け、穴だらけにしてくれたせいで溢れた血だ」


 驚嘆するヴォルガルド。天夜は間髪入れずに、体全体を駆使して再度渾身のタックルを放つ。


「何ッ⁈」


 ヴォルガルドは血液に足元をすくわれ、足を滑らせた。不意打ちによる精神の動揺で、天力による拘束が弱まる。


 その好機を逃しはしなかった。

 すぐさま覇力を放出し、天夜の右手は金属塊のしがらみから解放された。


「甘いぜ。あんたは俺の策に、まんまと嵌ったんだよクソジジイ!」


 転倒するヴォルガルド。倒れ込んだ先には、先刻ヴォルガルドが自ら空けた、板間の大穴があった。


「なっ……! コレは、ワシがさっき空けた穴……!」


 迎え入れられるようにして、大穴へと不安定な態勢で背から落ちる鎧の剣士。

 大仰な落下音を轟かせ、床下に沈んだ。


「これぞまさに、“墓穴を掘る”ってやつか……」


「やったわね、天夜」


「ああ、右手は散々だがな」


 白亜が駆け寄ってくる。

 二人は、暗い穴に落ちたヴォルガルドを見下ろす形で覗き込んだ。


「え……? いない……?」


 白亜が青ざめた顔で驚愕した。

 そんなバカな、と天夜も目を凝らして闇のような暗さの床下を凝視する。


 一目見ただけでも床下2メートルはある造りだ。こんな所から受け身も取れないあの態勢のまま落ちれば、頭なり体なりをしたたかに打ちつけ、相当なダメージのはずだ。


 ……なぜ奴は何処にも居ない。


「ふふふふふふふ……面白い、面白いぞ天夜とやら……」


 何処からともなく声がした。(しわが)れた特徴的な響きのこの声の主は、どう聞いてもヴォルガルドだ。

 天夜と白亜は、穴の近くは危険と判断し、後ずさる。

 神経を尖らせ、この空間に存在するありとあらゆる音を拾おうと耳をそばだてた。


 来るとするならばどう考えても……下だ!


「そりゃああああ!!」


 豪快な気合とともに、ヴォルガルドは天夜の足元の板間をぶち破って現れた。


「クソッ!」


 後退し、間合いを取り、構えを取り直す天夜。

 白亜もつい咄嗟に愛銃を手に取るが、これは彼ら二人の戦いであることを思い出す。すぐに銃をホルスターにしまい、先ほどと同じく畳の間へと戻った。


「ふふふ……危なかったわい……。鎧の背中の部分をバネに変化させて衝撃を吸収しなかったら、恐ろしいことになっておったのう。ついでに鎧は邪魔になったから脱ぎ捨ててやったわい」


 金属の征乱者のアニムスであるという事実は、伊達ではない。瞬時に鎧を天力で操り、危機を回避するとは。


「つまり……第二ラウンドってわけだな……(たぎ)らせてくれるじゃねぇか!」


 天夜は両拳を打ちつけ、露骨な闘志を見せつけた。


 鎧を取っ払い、鋼の如き肉体を露わにしたヴォルガルドは、上半身裸で下半身は薄汚れた灰色の袴を着用している。


 互いに声には出さず、笑みを零した。


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