2. 邂逅:Explanation
吹き抜ける風に身を震わせながら、天夜とギリウスの二人は白銀の大地を踏みしめた。
――ここは日本の北の辺境、“崩月”。
今回の仕事場となる最終目的地は名家と名高い九道一族の本家、九道邸である。
「あぁ〜〜! やっと着いた〜! 電車で旅って意外と疲れるもんだな」
「さて、九道邸へ向かいますか」
「ああ、そうだな。ええと……九道邸に行くには……」
手の平大の携帯端末を取り出し、GPSを起動して地図を確認しようとした時。
天夜は肩を軽く叩かれ、二人揃って後ろを振り向いた。
そこには古色蒼然たるコートを着た少年が立っていた。
歳はおよそ17くらいだろうか。少年は駅の外にあるバス停を指差す。
「九道邸にはこの道を走るバスを使うのが近道ですよ」
「お、なるほど。サンキュー」
「道案内どうも」
軽く会釈をし、一言礼を言う。
「あの……さっき隣町の警察に変な連中の身柄を引き渡していたあなたたちは、政府直属の調律者ですか?」
「ああ。そうだが」
「征乱者と調律者について、どうしても詳しく知りたいんです。少しお話を聞いていただけませんか……?」
その言葉に、ギリウスと視線を交わす。
「悪いけど、あんたに付き合ってる暇は無いんだ。俺たちは九道邸に用がある」
「ひねくれジャックを……殺してほしいんです………!」
青年は必死の形相で言い放った。
幸か不幸か、その言葉が、二人の中で確かな興味の対象となった。
二人は眉を寄せ、訝りながらもその青年と共にバスに乗り込むことにした。
なんてことは無い。ただの興味本位だ。
たったそれだけだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「急に付いて来る形になってすみません。先に名乗っておきますね。僕は須田 冬真と言います」
「俺は黒霧 天夜だ。こっちの執事コス野郎はギリウス」
と、自己紹介をすると首の頸動脈に分厚い本の角が衝突する。
天夜の視界に火花が散るような衝撃が走り、激痛が首筋に迸る。
「ぐおっ!!」
「誰が執事コス野郎ですか? 調子に乗らないで下さい。」
人を傷付ける時だけは悪魔のような笑顔を浮かべる燕尾服の男を、天夜は睨む。
「気軽にギリウスとお呼び下さい。」
「それで? ひねくれジャックってのは一体なんなんだ?」
過剰な攻撃の痛みを堪え、首をさすりながら早速先ほどの気になったワードについて触れた。
「はい。ひねくれジャックというのは、最近この辺りの地域で噂になっている連続殺人鬼のことなんです」
「殺人鬼ィ?」
なんとも素っ頓狂な話に飛んだので、天夜は辟易とし、頭を掻いた。
「ひねくれジャックによって殺された死体からは血が一滴も出ておらず、総じて体が螺旋状にねじれて死んでいたんです。被害者はもう50人以上だとか……」
「なるほど、それでひねくれジャックね」
「天夜、これは征乱者による仕業以外に考えにくいですね」
ギリウスが神妙な面持ちで横から意見する。
「ああ、確かにな。どう考えてもおかしい。そんな死に方自体異常だが、血が出てねえのはもっと異常だ」
「奴は…………奴は、僕の最愛の人を殺したんです! 決して許すことはできないんです……!」
希望を絶たれたような表情から察するに、どうやらこの赤髪の青年は恋人か誰かでも殺されたのだろう。
しかしこれ以上の余計な詮索はやめておくこととした。プライバシーの侵害と言うものだ。
「それで? 犯人は征乱者だから、調律者である俺たちに敵討ちを……と?」
「はい……身勝手な話だとは思いますが、どうしても許せないのです……」
「確かに身勝手だな。なら、俺たちのことを知ってもらう。手始めに征乱者と調律者について詳しく知ってもらおうか」
ギリウスに話すように促すと、分厚い本をパラパラとめくりながら、静かな声音で語り始めた。
「そうですね……何処から話しましょうか。
まず、2020年現在から約114年前。世界は戦争の真っ只中でした。そんな中、世界中の不特定多数の人間達に原因不明の発光現象が発生しました」
「発光現象……? ということは、その人間達が……?」
冬真は何かを悟ったようだった。
「お察しの通り、その人間達は発光現象の直後、征乱者の力を得ました。そして、戦火の混乱に乗じて好き勝手に暴れ回りました」
今まで知ることも無かった史実に動揺を隠せないのか、冬真はソワソワとして落ち着きが無い。
「そもそも、征乱者とは一体なんなのか。それは簡潔に述べると、自然の摂理を超越し、捻じ曲げ、自然のバランスを大いに乱す力を有した者たちのことなのです」
「え? ど、どういう意味ですか?」
どうやらこの辺の概念は、やはり一般人には少し理解し難いようだ。
須田冬真と名乗る青年は、次元が一つ飛んでしまったような話題に、目を丸くして聞き入る。
「つまりな、自然の摂理なんて無視したような力が使えるってわけだ。征乱者の力はなんでもありの力なんだよ。ただし、何か一つの物に関してだけしか、思い通りには出来ないけどな」
できるだけ簡略化したつもりの説明を並べてみても、頭の上にクエスチョンマークを浮かべる冬真。
「えーと、例えば火の征乱者なら、火を思い通りに出したりとかなんでも出来るけど、それ以外の物体にはなんの力も持たないんだ」
「ええ、その通り。そして征乱者の力はただの物体だけでなく、人間の精神や感情、物理法則の無視などと言った物を扱う征乱者もいるのです」
「なるほど……」
納得したように頷く青年は、それでもなお難しそうに頭を抱える。
「征乱者が現れ、世界各地の戦争は益々混沌としたものとなりました。混乱に乗じて、好き勝手に力を使う征乱者が現れ、自然のバランスは崩れて行きました」
冬真は驚きもせずにただ淡々と、この狂った話を聞いている。なんとも滑稽でぶっ飛んだ話だと言うのに。
「征乱者の力はあまりにも強大で、誰もが乱用すると、世界はバランスを保てなくなり、崩壊するであろうと今でも言われています。そこで、それを防ぐ為に現れたのが調律者でした」
「調律者も同じく発光現象を?」
「いえ。調律者には、神のお告げ……とでも言いましょうか。響くのです。頭の中に」
ーー秩序を保て、と。
そう。天夜もギリウスも、幼い頃にその声を聞き、この力を手に入れた。
その力がある故に征乱者を治める仕事を二人はしている。
神への信仰心などという物があるわけでは無いが、それでもやるべきだと直感的に感じ取ったのだ。
それは形容し難い感覚で、そうなった者にしか理解できないはずだ。恐らく、最初の調律者達も同じだったのだろう。
「調律者は多種の能力を持つ征乱者とは対照的に、征乱者の力を封じ、治め、自然の摂理を正すという力のみが授けられました。当然のことながら、その力の強さや使い方には個人差がありますが」
「自然を征き、乱す者……だから征乱者。乱れを正し、秩序を保つ……だから調律者。というわけですか」
「最初の征乱者の出現直後、世界各国はこれらの者を戦争に利用したりもしましたが、調律者の部隊を編成して対抗する国もありました。
大戦が終わった今となっては、各国の政府が調律者と連携し、征乱者が好き勝手に暴れぬようにしているのです」
「そう、政府に実力を認められた調律者はこう呼ばれる。“オーサライズ・チューナー”と。そして俺たちはそのオーサライズ・チューナーとして仕事をしてるってわけだ」
「仕事の内容は様々ですが、ほとんどは征乱者が私的に力を使い、法を犯したり、自然のバランスを崩したりしていないか調律者の力を用いて実地調査する“定期審問”です。それが今回の私達のここでの仕事です」