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7. 記憶:Manifestation

「マジで言ってんのかよ……」


「あぁ、マジだ」


「でもよ、“アニムス・バースト”を起こした状態の征乱者が、気絶同等に無防備だってのは分かってんだろうが。俺がそんなリスクを払って、あんたらに体を調べさせると思うかよ?」


 星村はふてぶてしく苛立ちを露わにする。彼が口にした“アニムス・バースト”。それは、定期審問を行われる征乱者が陥る状態のことを指す。

 定期審問では、征乱者の中から“アニムス”と呼ばれる存在を引き出す。アニムスは様々な姿を有しており、征乱者の精神に住まうと定義付けられる存在、言わば征乱者の力の化身である。そしてそのアニムスたちは、宿主の記憶を管理し、視る事が可能なのだ。


「疑う気持ちは分かるぜ? だが、コレが一番手っ取り早い」


 天夜はおもむろに、コートの内ポケットから一つの石を取りだす。石はひし形を八面体に組み合わせた、特殊な形状に削りだされており、宝石のような透明感を持ち合わせている。


 透き通った表明が青白く発光するその様は、征乱者の力の源である“天力”の輝きにも似ている。大きさは手にすっぽりと収まるほどで、川原で拾った石ころを握っているのとほぼ変わらない感覚だ。


「そんなにビビんなって。“煌覚神石(コウカクシンセキ)”を見るのは初めてじゃねえんだろ?」


 煌覚神石には二つの使い道がある。


 一つは、先述した“アニムス”と称される、征乱者の力の化身を呼び覚まし、具現化させること。


 もう一つは、アニムスが管理・保持する征乱者の記憶の結晶体、“メモリア・デウス”を煌覚神石に取り込み、“記憶を視る”こと。


 メモリア・デウスには、征乱者に関する全てが克明に記録されている。

 メモリア・デウスの記憶を精査すれば征乱者が能力をいつ、どのような用途で使用したかを調べる。それによって能力を行使し、規則に反したか、能力を行使し、法に抵触したかの判断が可能となる。


 共感覚に似たような概念である。

 征乱者や調律者が、互いの存在を感覚だけで認知できるのと同様に、煌覚神石にメモリア・デウスを読み込ませる。それだけで征乱者の記憶の全てが、石から手へと伝わり、脳へと伝わってくる。


 つまるところ煌覚神石は、征乱者の記憶を寸分の狂いも無く教えてくれる“情報媒体”となるのだ。

 それだけでなく記憶の保存も可能なため、調律者はこれを持ち帰りそのまま定期審問完了の証明書として提出することもできる。


「お前そんなにビビってるけどさ、定期審問を受けるのはコレで何回目だ」


「あんたらは5年に一度の周期で各地に来るよな……。この力が目覚めたのは10歳の頃だ。初めて定期審問を受けたのは12歳の頃だったっけな。最後に受けたのは15歳の頃か。今までに2回受けてるから、コレで3度目」


「そうか、じゃあさっさとベッドに寝ろ。始めるぞ」


「なっ、やめろ」


 グイグイと強引に引っ張り、ベッドに押し倒そうとする天夜。この光景だけ見ると、完全な誤解を生んでしまいそうだが、天夜の強引な催促に圧倒され、星村は渋々ベッドに横柄な態度で寝転んだ。


「つまり、俺はみすみす殺されるかもしれない無防備な状態にされなきゃいけないと?」


「安心しろ。俺らが征乱者を殺したところで何のメリットも無いし、ひねくれジャックによる殺人は、俺たちが来る前からも起きていたんだろ? 俺たちもこの“崩月(ホウゲツ)”なんて辺境に来るのは初めてなんだ。お前は考え過ぎだ」


「チッ……わぁーったよ」


 天夜の諭すような言葉に、嫌々納得した星村。目を閉じ、四肢を完全に脱力させる。何度か深呼吸。


「よし、やってくれ」


 リラックスして身を委ねるのには、れっきとした理由がある。

 アニムスは精神に住まう。つまりそれを顕現させるということは、精神を直接弄(いじ)り回す事に他ならない。その上征乱者の力を相殺する覇力が体内に入ってくるのだ。当然苦痛も大きく、並大抵の精神力では耐えられない。


 故に、全身を脱力し、心を無にすることで精神への負担を最小限に抑えることが重要となってくる。

 準備万端な星村の様子を見計った天夜は集中し、小さく呻いた。


 天夜の右腕が赤黒い光を纏い、覆い尽くされた。直後、光は煌覚神石の中に雪崩れ込むように注がれる。


 この赤黒い光が“覇力”と呼ばれる存在だ。

 “天力”とは対照的に赤黒く輝くため、石は青から赤へと鮮やかなグラデーションで変遷してゆく。みるみるうちに石は、鮮血をなみなみと湛えたかのような、どす黒い赤に染まった。


 天夜が星村の額の前へと石を(かざ)す。煌覚神石から紅く細い光線が放射され、星村の眉間へと吸い込まれてゆく。


 静かな呼吸を保っていた星村。その静寂とした酸素の循環は、突如として暴れ狂う。


「うおぉ……! ぐああぁぁああぁぁぁあぁぁああ!!」


 嗚咽を漏らし、苦痛に歪む表情。悶絶するその様は、生き地獄を深く味わっているようにも見えた。


 一気に覇力を流し込んでしまうと、征乱者は拒否反応で死んでしまう。そのため少しずつ放出するのが原則である。

 無論その分時間が長引くのは言うまでもなく、苦しみが継続する時間もそこそこだ。


 この光景を見るたびに、天夜は心の隅っこの何処かがチクリと刺されるような感情になる。これが自分の仕事であり、やるべき事だと頭で分かってはいても、疑問視する想いを拭い去れるはずもなかった。

 胸糞悪くなってやめたいと思った事など、数えきれぬほどにあった。


 自分を縛る得体の知れない使命感。

 矛盾を孕んだ想いに対する葛藤。

 己の黒く淀み切った、成熟しきっていない精神に対して、妙な怒りを覚える。


 まだ俺は躊躇しているのか。俺は調律者として生きる事を、ずっとガキの頃に決めたんじゃないのか、と。


「星村……もう少し耐えてくれ………!」


 あまりの苦痛に自制が効かないのか、星村の手足が暴れだす。天夜は、ギリウスと白亜に押さえつけることを促した。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 十分程が経過したのだろうか。

 狂ったようにもがいていた星村は、昏睡状態と言ってもいいほどに落ち着きを取り戻していた。


 煌覚神石に溜め込まれていた覇力は完全に放出され、暫く星村の額の上には赤黒い光の粒子がちらほらと舞っていた。


 頃合いか、と呟いた白亜は凛とした声音で、静かに声を張る。


「星村昂鬼のアニムス、今ここに顕現せよ」


 白亜の声に呼応するかのように痙攣する星村の肉体は、淡い空色と乳白色が渾然一体と混じり合った光を放ち始めた。


 まるで幽体離脱のようだとでも言い表せば良いのだろうか。星村の肉体から、浮かび上がるようにもう一つの身体が現れた。


 人間の魂が抜け落ち、死の実態を目の当たりにしているような感覚に襲われる。

 だが、実際に肉体から現れたのは星村の魂などではない。星村の征乱者としての記憶を持った“アニムス”だ。


 薄っすらとした半透明のアニムスは徐々に具現化していき、ついにはホログラムっぽさが消え失せた。


 補足すると、アニムスを引き出し、征乱者本人の肉体がピクリとも動かせぬこの状態を“アニムス・バースト”と呼ぶ。


 星村昂鬼のアニムスは、銀を基調とした鎧に身を包み、一振りの大剣を背負っている。

 鎧の膝や肘、肩などの関節部位は黄金色のカラーリング。顔の上半分を舞踏会のマスクで覆い、下半分は褐色の肌が見て取れた。

 髪は濃いワインレッドに、オールバックでキッチリと固めている。


 凄まじい威圧感は、歴戦の戦士の風格を漂わせていた。鎧は“金属の征乱者”である星村昂鬼の能力を暗示しているのだろうか。


「星村昂鬼のアニムスだな。……名前は?」


 問いかけると、アニムスは厳かな重低音で喋り始めた。


「ワシはヴォルガルド……ヴォルガルド=セーム。お主らは調律者とか呼ばれる者どもじゃな?」


「ああ、そうだ。あんたも何度か同じように呼び起こされてるから分かると思うけど、定期審問だ。“メモリア・デウス”を出してくれ」


「拒否したら?」


匡冥獄(キョウメイゴク)の規則に則り、力尽くで奪わせてもらう」


 アニムスの中には、時々こういった挑発的な態度を取る奴もいる。今までにも何度か居たが、幾分面倒な奴ばかりで苛立ちを覚えたことも少なくない。


 昨晩のギリウスへの星村の態度と言い、本体が本体ならアニムスもアニムスということか。


「やれるものならやってみるがよい、若造よ。ワシは、ワシ自身を打ち倒し、認めた者の言うことしか聞かぬ」


 大剣の柄を握るヴォルガルド。三人の調律者は身構えた。

 部屋に緊張が走った。

 しかし、ヴォルガルドはすぐには攻撃の挙動には移らなかった。


「何処か、広い場所で手合わせしようではないか。此処はちと狭いからのう。此奴に傷でも付けたら、ワシまで危険じゃわ」


 瞑目したままの星村の方に視線を落としながら、ヴォルガルドは己の身を案じた。


 確かにこんな部屋で戦うのは窮屈な上に――大豪邸の客室なので一般的な部屋よりも圧倒的に広いのだが――色々と危な過ぎる。


 宿主である星村を傷付けると、ヴォルガルド自身までもが危険なのは言わずもがな、あの大剣を振り回されるのは少々おっかない。


 暫く考え込んだ後に天夜が閃き、ある一つの提案をした。


「そうだ、武道場があるじゃねえか! あそこを使わせてもらおう!」


「そんな所があったの? 射撃訓練場と言い、武道場と言い、富豪は家になんでも付けてしまいたがるのね」


「俺も昨日の晩に探索してて見つけたんだよ。刀条も朝稽古に使ってたって言ってたし、早速メイドさんに許可を貰おうぜ」


 部屋を出ようとした天夜の肩を、白亜は力強く引き止めた。


「待ちなさい。星村昂鬼は“アニムス・バースト”の状態なのよ。いつ“ひねくれジャック”が襲ってくるのか分からないという時に、あのまま放置して行くのは危険過ぎるわ」


「あぁ……そうだったな。じゃあギリウス、護衛を頼めるか?」


「承りました。存分に醜態を晒してきなさい」


 相変わらず嫌味を吐くのが得意な奴だ。天夜は嘆息するが、僅かにはにかむ。


「任せろ、クソ執事」


 軽口を叩き返し、鎧の音を鳴り響かせるヴォルガルドと共に退室する。


 立会人としてその後を追い、白亜も部屋をそそくさと出た。

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