6. 猜疑:Penetration
遺体の検証を一通り終えた三人の調律者。
次にメイドたちへの証言を聞いて回った。
しかし、目ぼしい手がかりは見つからず、捜査の進捗は燻りを見せ始めていた。
気怠そうに肩を落とす天夜と、肩を並べて歩くギリウスと白亜。三人の調律者は、靴音を二階客室の廊下に響かせる。
揃いも揃って眉間に皺を寄せながら知恵を絞るも、素晴らしいぐらいに閃かない。結局話し合って決定した事と言えば、アリバイの無い星村、明鏡、蒼牙から優先的に審問をかけていくことだけだ。
現場検証で証拠や手掛かりがほとんど見当たらない以上、可能性を虱潰しに邸内に居る者たちに当たってゆく他無い。
「被害者である荒瀬 真希についての情報が集まったのは良いものの、イマイチパッとしねぇなぁ……」
「どれもこれも、ひねくれジャックに繋がる手掛かりは殆ど皆無です」
「周りのメイドからも信頼は厚く、仕事も熱心で卒なくこなす。誰かから恨みを買っているような様子も、黒い噂も全く無かったようね。誰に聞いてもどうして殺されたのか分からないって感じなのよね」
困ったように唸りながら、目下最優先事項の対象であった部屋の前で立ち止まり、同じくして他の二人も立ち止まる。
ブーツの紐が解けていることに気付いた天夜は、ウンザリした調子で結び直そうと屈み込んだ。
「全くよぉ……俺らは定期審問をしに来たんだぜ? どうしてこんな探偵じみた事をやらなきゃなんねぇんだよ」
「“征乱者の影あらば、正し、調律する者”。それが私たち調律者の宿命よ。お互い本来の任務とは別物になっちゃったけど、本来の目的はそこにあるの。奇妙な事件だけど、私たちにしかできないことよ」
「そりゃその通りなんだけどよ……ただ納得行かねぇ事が山積みだぜ。例えば白亜、お前は一人だがそれでも一組扱いのはずだ。そして俺とギリウスは二人一組だ。同じ場所に調律者が二組居るってだけで本来の規定違反とか、かなりむず痒い状況だぜ?」
「それに関しては帰ってからと言ったでしょう。仕方ないから、帰還後に“匡冥獄”の上の者の説明を仰ぎましょう」
“匡冥獄”と称されるそれは、調律者と征乱者に関する事件や事象を取り扱う、政府の中でも独立した機関だ。
謂わば“調律者と征乱者絡みの警察”のようなものであり、天夜たちが帰属する組織でもある。
この組織が調律者を管理し、天夜たちオーサライズ・チューナーを任命し、征乱者の暴走を抑え込んでいる。
海外の政府では匡冥獄をどのように称しているかは様々だが、どの国もやっている事は同じだ。
暴挙を起こす征乱者を調律者が治める。たったそれだけの事だ。
それが正しい事なのかははっきりとしないこともあるが、無法な征乱者を好き放題させる訳にはいかない。
治安的にも、自然の理を守る上でも。
定期審問は見せしめであり、検閲のような物なのだ。見方を変えれば、中世ヨーロッパでの魔女狩りや異端審問を彷彿とさせる。
異端審問では無実の罪に問われ、処刑された科学者や革命家、思想家も少なくはない。
力ある者から危険因子が見出される前にさの動きを抑制する。中世の異端審問も現代の定期審問も、執行する目的はほぼ変わらないのだ。
それこそ、定期審問という名称の由来は異端審問が由来である。たまたま似ていると言うよりは、オマージュとでも言うべきだろうか。
「しかし、あのお役人方は我々に関して融通が効かない人たちです。頭が硬いので、今回の一件の報告を聞き入れてもらえるでしょうかね?」
「国家権力様々ってか……星村のヤローじゃねえけど、やっぱ政府の連中ってのは気に食わねえぜ」
「その連中に良いように扱われて動くのは私たちなんだけどね……。一応調律者と匡冥獄は互いに協力関係を保っているスタンスだけど、やり方や在り方に少し疑問を感じないでもないわ」
ブーツの靴紐を結い終え、上体を起こした天夜。
三人の目の前にあるのは一つの客室。
星村昂鬼が寝泊まりする部屋だ。
天夜が軽く二度のノックを打ち鳴らす。
木と金属で組み上げられた扉が天夜の関節骨とぶつかり、心地良い音を木霊させる。
「誰だ?」
「俺だ、黒霧天夜だ。ギリウスと白亜も居るが……話がある。ちょっといいか?」
「……入りな」
若干うわずった低い声が扉越しに入室を促す。天夜はドアノブを力強く捻った。
部屋への第一歩を踏みしめた途端、額のド真ん中に金属質の冷たく硬い感触が食い込む。
「へ?」
数秒してようやく自分の身に何が起こっているのか理解した。
自分を殺さんとする道具が殺意を剥き出しにして、嘲笑するようにびったりと密着している。
S&W社の回転式拳銃、M29だ。黒いマズルフェイスをゆっくりと離しながら星村は後ずさる。
一方天夜は、両手を後頭部に回して無抵抗の意思をアピールする。銃を持った相手に丸腰で挑むのなら不意打ちで無い限りは危険だ。
崩月に来る際に遭遇した、列車に居た連中の時とは訳が違う。牽制の蹴りを放ったとしても、星村のような屈強な男には豆鉄砲をぶち当てて火に油を注ぐだけであろう。
沸点の低い彼の怒りはたちまちメーターを振り切って、はずみで鉛弾を頭蓋骨にねじ込まれかねない。
「悪ィが誰も信用できやしねぇ。三人ともそこに立ったまま動くんじゃあねえ」
「分かった、分かったから銃を下ろせ。危ねえっての」
星村は銃を構えたままゆっくりと後ずさり、距離を取る。
「そいつはできねぇ相談だ。そもそも自室で警戒を呼びかけたのはアンタらだろう? だからこうしてる。話があるならこの距離を保ったままでよろしく頼むぜ。疑り深い俺は容赦無く撃てるぜェ」
ガタイのわりに臆病で、疑心暗鬼にもほどがあるのではないかと天夜は辟易した。
「天夜、怖がる必要は無い」
星村の警告を無視して堂々と歩き出したのは、白銀の髪を揺らす閃だった。
「なッ、テメェ! 動くなっつってんだろ!」
銃との距離がほぼ零の位置まで接近した白亜は、引き金に掛けられた星村の人差し指の第一関節に己の親指を添える。
刹那、自ら勢い良く眉間に銃口を押し付ける白亜。先ほどの俺同様の状態だ。天夜は慌てて制止しようとする。
「大丈夫、コイツは私たちを殺せはしない。あなたのその銃、自身の能力で生み出した物でしょう?」
「あぁ⁈ そ、それがどうしたってんだよ!」
「銃の外見を見たことはあっても、機構までは知らないド素人のようね。そのちっぽけなオモチャの引き金、私が押し込んであげようかしら?」
したり顔の白亜に対して星村は怖気づいたような動揺を浮かべる。
その隙を突き、白亜は銃を簒奪。手の平に赤黒い光……覇力をまとわせながら原形を留めぬまで分解してしまった。
バラされた拳銃モドキは、青白い光を放ちながらただの金属の塊となって、フローリングの上に放り捨てられた。
もちろん銃としての機能を果たす細かいパーツなどは一切無く、エアガンよりも簡素な造りであった。
外面は大層だが、中身はえらく貧相な贋作だ。
「よく分かったな。俺の銃が弾丸を撃ち出せない偽物って事が」
「ナメないで。照門と照星が噛み合ってない。8ミリものズレがある。銃の構造も知らないくせに、急ごしらえで生み出したハッタリ用だって事は丸分かり。外観はある程度再現できても、弾丸を撃ち出す複雑な機構が何の知識も無い素人に生み出せるはずないわ。たとえあなたが“金属の征乱者”だとしてもね」
流石は大型自動拳銃を二丁も持ち歩く女。銃に関する基本知識は心得ているようだ。
征乱者の力は万能だ。どんな物でも生み出せる。しかし複雑な構造を有した物まではその構造を知っていなければ再現は不可能。
一つの事柄に対して万能な征乱者だが、力を発現させるにあたって重要なのは想像力、つまりイメージだと言う。
銃を生み出そうと思っても、銃が弾丸を撃つための計算された緻密な機構を理解していなければ、それをイメージして生み出すことなど机上の空論にすら辿り着かない。
偽拳銃を看破された星村は後ろの椅子へと乱暴に踏ん反り返った。してやられたという風なしかめっ面で舌打つ。
「それで、何の用だ」
「簡単な話よ。誰が“ひねくれジャック”か分からない以上、征乱者を徹底的に洗い出すのよ」
怪しむような視線を絶やさず挙動不審な手遊びをする星村。
そんな方法が何処にある、とでも言いたげな顔だ。傲岸不遜な態度はあくまで崩さないつもりらしい。
「そこでだ。俺たち調律者に出来る事は“征乱者の力を相殺する事”と……“記憶を調べ上げる事”だ。そうすれば誰がひねくれジャックかは一発で分かる。単純な話だろ?」
「あぁ?! んな事出来るって言うのかよ?!」
「出来るんだよバカヤロー。お前らが此処に招集されたのは何故だ?」
「そ、そりゃあ定期審問……そういうことか」
天啓を得たように得心する星村。
単純明快ではあるが、抜き打ちで行うため強硬策ではある。だがそれでも、実行するほかない。
「あぁ、俺たちは定期審問を兼ねて、ひねくれジャックを炙り出す」




