5. 殺法:Acatalepsy
「肝心のそなたたちはどうなのだ? 自らのアリバイを証明できるのか?」
沈黙を破り、議論を再開させたのはやはり頼もしさを垣間見せる刀条家の一人娘、刀条 華煉であった。
着物の裾を直しながら、彼女は調律者三人へと詰め寄る。
「俺は二時頃に一度目が覚めて、ぶらぶら邸内を散策していたけど、一時間くらいで切り上げて寝たぜ。その間に会ったのは波流ちゃんと白亜くらいだ」
「そうね。私も眠れなくて、一時頃から射撃訓練場で銃の調整をしながら試し撃ちをしていたわ。それに、設備が良かったのでとても作業が捗って助かったのよ。
それからさっき天夜が言ったように、部屋へ戻る時に彼と会って少し喋ったの。それ以外は誰とも会って無いし、すぐにシャワーを浴びて寝直したわ」
「私はずっと寝ておりましたよ。アリバイに関しては、明鏡さんと星村さん同様になんとも言えませんね」
ギリウスは何処から出したのか、精緻な装飾が散りばめられたティーカップで紅茶を啜る。
そろそろ苛立ちを露わにしてきた星村は靴底を小刻みに打ち鳴らす。
わざとらしく大きく舌打つ彼は踵を返し、食堂の入口に歩を進めた。
「ややこしくなってきやがって……全員のアリバイは出揃ったがサッパリ分かりゃしねぇ。小難しい話は嫌いだ。 胸糞悪りィから俺は部屋に戻る」
「オイ、待てよ星村!」
「後は好きに調べてくれ〜」
背を向けたまま手を力無く振る星村は、食堂を出て行ってしまった。
「ありゃりゃ、あの人死亡フラグ建築しちゃった感じ? じゃ、ついでにボクも寝るよ。昨日はあまり眠れなかったんだ」
「あ、明鏡! お前まで!」
おまけにあのアホ少女までもがその場から消えてしまった。
「天夜、今は放っておきましょう。皆突然の殺人事件で動揺を隠せないのよ。調査を無理強いしても逆効果だわ。当たれることから調べていきましょう」
「そうですね、それが得策かと」
天夜は渋々二人の意見を呑み、調べを進めることにした。
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手始めに現場保管のため、残りの征乱者四人と一般人の冬真に食堂から立ち退いてもらった。自室で警戒を怠らないよう呼びかけをしておいて。
何処から手を付けた物かと、暫く調律者三人で物議をかもしたが、死体を再度調べてみることに。
布を引き剥がし、犠牲者となってしまった荒瀬 真希の凄惨たる死体を隅々まで視線を這いずり回す。
これほどまでに人道を踏み外したようなゲスな殺害方法は久しぶりに見た気がする。
残虐な殺人方法で最後に見たのは、全身の皮膚を全て剥がれた死体だったか。
それを差し引いても、人としての心を捨て切ったかのような思い切りの良い手口には少々感服せざるを得ない。
恐らく俺はこれから先の人生で、この死に様を記憶の中から葬るなどということはあり得ない。惨たらしく捻れた彼女は、さぞかし皆に強烈な印象を与えたことだろう。
身体からの流血は無く、口から吐血が零れ出しているだけだ。ありとあらゆる関節は螺旋のアーチを描いて摧破してしまっている。
何度見ても違和感しか覚えない。
どうやったんだ? 万力で処刑を行うかのような征乱者の力があるとして、どのような類いの力であるのかさえ見当が付かない。
死体に道具を使って加圧した痕跡も無く、馬鹿力の持ち主が馬鹿みたいに大きな手を使い、雑巾を絞る感覚で捻ったとも思えない。
仮に処刑道具や拷問道具を使用したとなると、出血は避けられないだろう。増してやこの状況で巨大な凶器を隠し持つなど、無謀にも程がある。
屋敷の主である銀牙なら不可能ではないかもしれないが、わざわざそのような殺し方をするメリットが無い。
考えれば考えるほど深みに嵌ってしまう。
ひねくれジャックがこのように残虐性剥き出しの特徴的な殺し方を選んでいるのは、俺たちのように調査を行う者を撹乱するためなのだろうか。
「やはり分かりませんね……どういった力を使えばこんなことになるのか」
「それでも一つだけ分かることがあるわ……。“ひねくれジャック”と呼ばれる犯人は恐ろしく残忍で冷酷な性格の持ち主ということよ」
「あと、救いようのねぇクズ野郎だってこともな」
無関係ながら哀れにも巻き込まれてしまった荒瀬の遺体を見つめながら三人は、調律者として、人として、今自分たちがすべき事を強く噛み締めた。




