1. 捜査:Start
死体だ。
そう。魂の抜け落ちた、抜け殻である。
黒塗りの一枚の布から現れた一人の女性は既に物言わぬ死体であったのだ。
そしてその死体が、天井から何の前触れも無く落ちてきたのだ。
肝を冷やすような奇妙な現象はそれだけではない。死に方が異常なのだ。橘や冬真などに聞いていた通りの死に様。
被害者の全身はネジの螺旋を渦巻くように捻れている。外観からして恐らく諸々の内臓器官は押し潰されてしまい、脊椎は粉々に砕け、体内の重要な神経系は殆ど引き千切れているだろう。しかし奇妙なことに全く血は出ていない。
瞳孔は完全に開き切っている。
顔に張り付いた化け物を見たかのようなおぞましい形相は、死に際の苦しみを生々しく物語っていた。
トラウマを深く抉られたせいか、橘と冬真は恐怖で体を震わせている。
二人は、身近な者がひねくれジャックに殺されたのだ。無理もないだろう。
「荒瀬ちゃん……? この子、荒瀬ちゃんやないか!」
銀牙は周りが散らかったテーブルに駆け寄り、被害者と思しき名を叫ぶ。
「その子、メイドさんだよな……? 俺、昨日の夜中に起きた時、この娘に水を貰ったのを覚えてるぜ」
「ああ、そうや……。荒瀬ちゃんはうちで雇うとるメイドや。せやけど、なんで……なんで何の関係も無いこの子が……!」
無関係な者を死なせてしまったという強い自責の念が彼の頬を濡らした。無力さを嘆いた銀牙はその場に膝から崩れ落ち、うずくまった。
その様子を見兼ねた弟の蒼牙が銀牙に近づき肩に手を置く。
「兄さん、しっかりして。このままじゃ定期審問は行えない。まずは犯人を見つけるのが先決だよ」
「……そうやな。すまん、蒼牙」
目元を擦り、立ち上がる銀牙。その顔はいつものヘラヘラと笑っている感じではなく、真剣な面持ちに変遷していた。
「なんて殺し方なのだ、酷すぎる……。とりあえず、色々と情報を整理しなくてはなんとも言えんな……」
「で、でもその前に警察を呼んだ方が」
平静を装いつつ指針を提示する刀条と、狼狽える橘。しかし橘の言葉は、白亜によってあっさりと切り捨てられた。
「ダメよ、この状況で警察なんて役に立たないわ。征乱者絡みの事件に一般人の警察が捜査に介入して良いはずが無い。間違いなく死ぬわよ……警察がね。だから、この場は調律者である私たちが取り仕切る」
警察を揶揄する彼女の言葉は、的を射ていた。確かにこの状況で警察なんぞに任せること自体無理があるだろう。
警視総監を親に持つ刀条からすればその言葉は辛辣なものであったが、征乱者の殺人となると警察が役に立たないのは事実だ。
それを理解していたからこそ刀条も口を噤んだまま文句は言わなかった。
「さっき刀条さんが言った通り、情報を統合して臨機応変に対処するしかないわ。私たちだけで捜査するのよ」
「それには俺もギリウスも同意だぜ。一応この場に居る全員、もちろん俺たち調律者も含め全員が容疑者って事になるが、みんな異論は無いな?」
確認を取ると、全員が無言で頷き、場の空気が少し重くなるのを感じた。




