12. 戦慄:First Victim
小鳥のさえずりが耳を優しく撫でる。麗らかな朝日が窓から射し込み、夜の終わりを告げた。
天夜は日本人離れした碧眼をこすり、まばたきしながらゆっくりとベッドから起き上がる。大きく伸びをして、首の骨をポキポキと鳴らす。
すると、ドアをノックする音が響いた。
「天夜、いつまで寝ているのですか? もう朝食の時間ですよ。一分以内に部屋から出てこなければ、あなたの髪を燃やし尽くしますよ」
「うっせぇな! とっくに起きてる! すぐに行くから待ってろ!」
朝から物騒な事を言う男だ。
手早く着替え、部屋を出ると燕尾服を着たふてぶてしい顔のギリウスが立っていた。
「遅いです、50秒オーバー。髪を50本燃やしますね」
何処に潜ませていたのか、胸元から明らかに持ち歩くべき物ではない物を取り出す。
「だぁぁぁぁ! やめろ! 携帯火炎放射器を出すんじゃない!」
危うくこの歳で十円ハゲが出来るところだった。朝からそんな危なっかしいやり取りをしながら食堂に入ると、既に他の者たち全員が集まっていた。
「お、全員集まったみたいやな。おはよう。みんな先に食うとるで。はよ座り」
激しい関西弁の訛りで着席を促す。
「おう、おはようさん」
豪勢な朝食の匂いが鼻腔を擽り、腹の虫を掻き乱す。
星村はあまりよく眠れなかったのか、目の下にクマをつけてうつらうつらとしながら朝食を口に運んでいる。
それを見て少し笑いながら着席。
フォークを持ち、サラダの乗った皿に手を伸ばしたその瞬間――
――凄まじい衝撃が、その場に迸った。
謎の落下物が、天夜たちの心地良い朝食を台無しにしたのだ。
激しい音を伴って天から降って来たモノ。皆一様に驚愕を露わにしつつも、咄嗟に席から飛び退く。
落ちてきた物体は黒い高級感のある布で覆われており、かなりの大きさだ。
「こ、これは……?」
「び、ビックリしました……」
刀条が訝り、橘はその顔に動揺を隠せないでいた。白亜はホルスターから愛銃を引き抜き、星村も鋼鉄の大剣を具現化させる。銀牙もギリウスも身構え、後ずさる。
「オイオイ、朝っぱらから物騒だな……」
「まあまあ、みんな落ち着きなよ。ゴハンくらい静かに食べさせてよねぇ」
大食漢の少女、明鏡はエビフライを頬張ったままモゴモゴと余裕の口ぶりだ。
「離れた方が良いよ……」
蒼牙は落ち着きはらった動作で、橘の小さな体をひょいと抱えて席から引き剥がす。
一つの疑念を抱いていた天夜は、爪先から頭頂部までの全体に悪寒が走る気分がした。
この膨らみと言い、サイズと言い、嫌な予感以外しなかったのだ。
嫌な汗が肌にジワつく。
天夜の心臓は苛立ちに比例するようにして足早にビートを刻み、手を震わせる。
もう何がなんだか、わけがわからなくなりそうだったが、天夜は一歩一歩噛みしめながら落下物へと距離を縮める。
喉の奥から吐瀉物特有の酸味が口いっぱいに広がってきた。
落ち着け。この程度のことなど、今までに何度もあったものだろう? 何に怯えているのだ自分は。
いや……待て。布を取っ払えば恐怖と欲望が混じり合った結果がそこには必ず現れるはずだ。
天夜は自身の中に、筆舌に尽くし難い感覚を味わっていたのだ。
「ちくしょう……嘘だろ……」
恐る恐る布を掴む。やめてくれと祈るが、その布の向こうに何があるかは、なんとなく察しが付いていた。
一気に引き剥がされた布。そのはためく音と共に、全員の視界に入ったのは――
「な、なんなんや……これは……⁈」
「クソッタレ……」
「なんなのだ一体⁈」
「チクショウ! ワケがわかんねぇぞぉ!」
「あらら、なにごと」
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「征乱者の仕業、かしら……」
洞窟に水滴の滴る音が響いたかのような静寂ののち、それぞれの形容し難い絶句が零れた。
そう……そこには、体躯が雑巾を絞ったかのように捻れ、苦悶と絶望の表情が張り付いた死体があった。
――既に動かなくなったそれは、昨晩天夜が水を入れてもらったメイドの変わり果てた姿だった。




