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ニセガミ ー双黒の調律者ー  作者: ぽみしま れい
第一幕:ひねくれ者
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10. 吐露:Vengeful Thought

 大理石の階段を、軽快なステップで二段飛ばしに降りる。

 一階の食堂で可愛いメイドさんに水を貰って喉の渇きを潤した天夜は、厨房で朝食の下ごしらえをするメイド達を見かけた。


 どうやら九道邸のメイド達は邸内の部屋で寝泊まりしており、計十二人が従事している。


 もう一眠りしようかと思ったが昼間列車の中で寝た上に、あのような悪夢を見てしまったあとでは眠気も飛んでしまった。退屈だしちょっと邸内を探検してみようかな。

 と、つい子供じみた好奇心で色んな部屋を回ってみる。


 九道邸は思った通り、かなりの広さだ。

 一階には様々な部屋があり、九道兄弟の部屋も隣接した状態で配置されていた。


 建物自体は洋風の造りなのだが、和室や娯楽室、図書室に大浴場、武道場から射撃訓練場まで、退屈凌ぎには丁度良い。

 趣味全開な金持ちは家になんでも揃っている。高級レジャー施設と勘違いしそうなほどだ。


 書物を読み漁るのもそれなりに好きな天夜は、図書室で時間を潰すこととした。

 だだっ広い図書室を鼻歌交じりに徘徊。興味深そうな本は無いかと探索していた折、薄暗い図書室の一角で、間接照明の灯りが天夜の目に入った。


「ん? 誰かいるのか?」


 そこには、膨大な量の本を自分の周りに広げ、雛人形を彷彿とさせる格好でちょこんと座りながら本を食い入るように見つめる少女がいた。


「こんな遅くまでお勉強か? 波流ハルちゃん」


「にゃっ⁈」


 突然声を掛けられたせいか、慌てふためく少女は本を手元から零す。

 幼女のような見た目に、オドオドした少女は天力の征乱者である(タチバナ) 波流(ハル)だった。


「何読んでんだ?」


「えーっと……ちょっと事件記録みたいなのを調べてたんです」


「事件記録?」


 どうしてあどけない少女がそんなものを。

 訝る天夜の目付きに、橘は少し挙動不審になってしまう。


「じ、実は……その……あの……」


 口ごもる少女は、悲哀と戸惑いの面持ちを垣間見せた。

 それと同時に、彼女の眼に焼き付いた深い絶望を、痛烈なほどに感じる。


「おどかしてゴメンな、慌てなくて大丈夫。落ち着いて話して。嫌なら無理に話さなくてもいい」


「いえ、天夜さんにはお話しておきたいです……。ちょうど二週間前のことです……」


 橘は、ぽつりぽつりと話し始めた。


「私の……私のお兄ちゃんが……ひねくれジャックに殺されたんです。お兄ちゃんが殺されたあの日私は買い物に出かけていました。でも家に帰ると、そこには生きているお兄ちゃんの姿は存在しませんでした……」


 己の無力さを噛み締める彼女は声が震えわななき、段々と呼吸も荒くなっている気がした。途切れ途切れだが、苦しそうに少しずつ吐露する彼女の言葉に不思議と飲み込まれそうになる。

 こちらの希望が削り取られるくらいの鬼気迫る雰囲気とでも言えば良いのだろうか。


「体がねじれ、曲がるはずの無い角度まで関節は折られ、顔は苦痛と怒りが混じったかの様な表情が張り付いていました……。血は全く流れていなかったというのが余計に不気味で……」


「ひねくれジャックか……」


「はい……この辺一帯の人間が次々と襲われているんです。銀牙さんも自分たちで調べた資料があるから使ってくれて良いと、この図書室を勧めてくれたんです。今のところ被害者は私の兄を含め4人ですが、これから更に同じ事件が起きそうで、恐いんです」


「大丈夫、安心しな。定期審問が終わったら、すぐにでも俺たちが責任を持って調べる。そんなバカの好きにはさせねえよ」


 天夜の悪い癖が出てしまった。ついガラにもないことを言ってカッコつけてしまう。

 しかし、自分たちの仕事だからとか、そんな陳腐なものは天夜の中には無い。

 ひねくれジャックとやらがどうも気に食わないのだ。コソコソと隠れ、快楽殺人などという頭のイカれた奴には生きる価値も資格も無い。

 クソッタレと、のうのうと何処かで生きるクズ野郎を天夜は胸の中で罵った。


「私、元々体が弱くて、お兄ちゃんにいつも迷惑をかけていました。お兄ちゃんはそんな私の面倒をいつも見てくれた」


 唇を噛み締め、瞳を濡らす橘。悲痛に満ち満ちた言葉を喉の奥から絞り出す。

 兄が恋しくて仕方がないのだろう。

 だがもう、この世には居ない。


「優しかった兄を殺したひねくれジャックを許しはしない……。気付けば頭の中には、復讐という言葉がよぎっていました…。おかげでここ最近は情報収集ばかりで寝る時間もまともに取れてなくて……」


「そう言えば、冬真が街の皆は九道銀牙がひねくれジャックだって噂してたとかって言ってたな」


「ぎ、銀牙さんが? 私も一応この辺に住んでいますが、そんな噂は聞いたことがありませんよ?」


 途端――橘が首を傾げた直後、地面の底から突き上げるような獣に似た咆哮が響き渡る。


「うおっ! またこの声かよ!」


 その雄叫びは、壁を這い、耳を劈くように轟いた。地響きのような獣の声は、近所迷惑なんて言葉では済まされないほどの大音量。寝静まった者たちも跳び起きそうなほどに。


「び、ビックリしました……私もさっきあの声が聞こえて一人でビクビクしてました」


「銀牙が言っていたペットってのは、随分と活きの良い奴のようだな」


 小動物を思わせるように震える橘は愛らしく、天夜は母性本能のような物をくすぐられた。

 いや、母じゃないけど。


「さぁてと、もう夜も遅いし、波流ちゃんも調べ物はほどほどにしときなよ?」


「はい、お話を聞いてくれてありがとうございました。ひねくれジャックなんかには負けません……!」


 少し照れた表情で、頬を朱に染めながらもはにかんだ少女。

 その幼い目には、先程の悲哀の色とは打って変わり、確かな覚悟の色を灯していた。


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