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第5話 白樺の湯

翌朝。

旧湯ノ沢村は、静かだった。

山の空気は冷たく、まだ春は遠い。

白樺の湯の駐車場には、軽トラックが一台止まっていた。

湯沢慎一郎は、施設の前に立っていた。

木造の建物。

30年くらい前に建てられた建物らしい。

悪くはない。

だが、どこかくたびれている。

看板の文字は少し色あせていた。

「……」

湯沢はため息をついた。

「本当にやるのか」

後ろから声がした。

「もう決まってます」

振り向く。

箕輪さやかだった。

今日はビキニではなく、作業着だった。

湯沢は言った。

「支配人って、何するの」

箕輪は答えた。

「全部です」

「雑すぎる説明だな」

「だいたいそんな感じです」

二人は建物の中に入った。

フロント。

古い木のカウンター。

その奥に、売店。

地元の漬物や饅頭が並んでいる。

湯沢は棚を見た。

「売れてるの?」

箕輪は首を振った。

「たまに」

「たまに」

「観光バスが来たとき」

「今来ないよね」

「来ません」

湯沢はメモ帳を取り出した。

「観光バス来なくなった理由は?」

箕輪は少し考えた。

「団体旅行が減った」

「なるほど」

「あと」

「?」

「近くに新しい温泉できました」

「どこ」

「佐久平」

湯沢は眉をひそめた。

「駅前?」

「はい」

「勝てないな」

箕輪はあっさり言った。

「勝ってません」

フロントの奥から声がした。

「おはようございます」

出てきたのは、五十代くらいの女性だった。

エプロン姿。

箕輪が紹介する。

「番台の田口さん」

女性は頭を下げた。

「よろしくお願いします」

湯沢は言った。

「支配人らしいです」

田口は驚かなかった。

「聞きました」

「早いな」

「つる江さんから」

湯沢は納得した。

「情報回るの早すぎる」

箕輪が言った。

「村なんで」

湯沢は建物を見回した。

「従業員は?」

箕輪は指を折る。

「私」

「田口さん」

「あと清掃のパート二人」

湯沢は聞いた。

「終わり?」

「終わりです」

湯沢は天井を見た。

「人手足りてないよね」

箕輪は答えた。

「足りてません」

「支配人も働きます」

湯沢は言った。

「役職の意味」

箕輪は歩き出した。

「風呂見ます?」

二人は浴室へ向かった。

昨日と同じ場所。

湯気が立っている。

湯沢は湯船を見た。

透明な湯。

悪くない。

むしろ、かなり良い。

湯沢は手を入れた。

「いい湯だ」

箕輪が言う。

「源泉かけ流しです」

「それは強い」

「でも客来ません」

湯沢は周りを見た。

壁のタイル。

少し欠けている。

天井の木。

少し黒ずんでいる。

ロッカー。

古い。

湯沢は言った。

「全体的に」

少し考える。

「昭和だな」

箕輪は頷く。

「平成四年です」

「ギリ昭和」

湯沢は笑った。

そのとき。

入口の方で声がした。

「おーい!」

望月松之助だった。

作業着のまま入ってくる。

「どうだ!」

「温泉は!」

湯沢は言った。

「いい湯ですね」

望月は満足そうに頷く。

「だろう!」

「ワシが掘った!」

湯沢は驚いた。

「掘った?」

「30年前な!」

「温泉出たときは祭りだったぞ!」

望月は浴室を見回す。

それから言った。

「でもな」

「客減った」

湯沢は頷いた。

「そうですね」

望月は言った。

「李の野郎に」

「取られるわけにいかん」

湯沢は静かに言った。

「簡単じゃないですよ」

望月は聞く。

「勝てるのか」

湯沢は少し考えた。

それから言った。

「まだわかりません」

望月は鼻で笑った。

「正直だな」

湯沢は言った。

「でも」

少し間を置く。

「この温泉」

湯を見た。

湯気が静かに上がっている。

「素材はいい」

箕輪が聞いた。

「つまり?」

湯沢は言った。

「やり方次第」

望月はニヤッと笑った。

「面白え」

そのとき。

駐車場に一台の車が入ってきた。

黒いセダン。

湯沢は窓の外を見た。

車から降りてきたのは

李だった。

箕輪が小さく言った。

「来ましたね」

湯沢はため息をついた。

「早いな」

望月が腕を組む。

「戦争か」

湯沢は言った。

「まだ」

少し考える。

「挨拶でしょう」

だがそのとき。

湯沢はまだ知らなかった。

李がこの温泉に来た

本当の理由を。

それは

温泉そのものではなく

その地下にある

もう一つの価値だった。

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