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第2話 村の会議

湯沢慎一郎は、まだ湯船に浸かったままだった。

「温泉、潰れそうなんですよ」

箕輪さやかは、まるで

「今日寒いですね」

くらいの調子で言った。

湯沢は少し考えた。

「……今それ言う?」

「はい」

箕輪は床をゴシゴシこすりながら続ける。

「去年、3000万円の赤字。」

湯沢は瞬きをした。

「結構いくね」

「村の施設なんで」

「いやそれ理由になってない」

「観光客減ってます」

「それはわかる」

「あと経営が雑」

湯沢は聞いた。

「誰がやってるの?」

「村の会社」

「会社?」

箕輪はブラシを置いた。

「第三セクター」

「なるほど」

湯沢は元官僚なので、この言葉には少しだけ嫌な予感がした。

第三セクター。

つまり

責任の所在がよくわからない組織だ。

箕輪は続けた。

「今日、会議なんです」

「何の」

「温泉どうする会議」

湯沢は嫌な予感がさらに強くなった。

「俺関係ある?」

箕輪は即答した。

「あります」

「なぜ」

「支配人候補なんで」

「まだ引き受けてない」

「とりあえず来てください」

湯沢はしばらく黙った。

それから言った。

「……風呂出てから考える」

「じゃあ3時」

「早い」

「村の公民館」

「勝手に決めた」

箕輪はブラシを担いだ。

「村の会議は急なんです」

そして一言。

「あと」

「はい」

「逃げてもすぐ見つかります」

「怖い」

「村、狭いんで」

湯沢は湯の中で天井を見上げた。

「またその理屈か……」

午後3時。

旧湯ノ沢村公民館。

木造二階建て。

昭和の匂いがする建物だった。

湯沢は中に入る。

すでに人が集まっている。

年寄りばかりだった。

まず目に入ったのは

大声で怒鳴っている老人。

「だから言っとるだろうが!」

80歳くらい。

作業着。

声がでかい。

箕輪が小声で言う。

「望月松之助、望月土建の社長で80歳」

湯沢は頷く。

「元気だな」

隣にいるのは

メガネの老人。

腕組みしている。

「論理的に言えばですね」

「この温泉は構造的に赤字なんですよ」

箕輪が言う。

「浅科竹太郎、元大学教授で78歳」

湯沢は小さく言う。

「学者先生というのは総じて面倒くさい」

そしてその横。

ニコニコしている老人。

「まあまあ、温泉ええやん。気持ちええし」

箕輪が言う。

「中込梅吉、農家、79歳」

湯沢は言った。

「一番まともそう」

「違います。通称アホ爺と言われてます」

箕輪は即答した。

そのとき。

後ろから声。

「あんたが新しい人?」

振り向く。

派手な着物の女性。

「小諸つる江」

箕輪が説明する。

「豆腐屋、村の情報源」

女性は湯沢を上から下まで見た。

「東京の人?」

「はい」

「温泉直すの?」

湯沢は慌てる。

「いやまだ」

「やりなさいよ」

「軽い」

箕輪が小声で言う。

「もう一人います」

入口の方。

上品な女性が座っていた。

七十代くらい。

姿勢が綺麗。

「滋野カメ子」

箕輪が言う。

「昔、東京で高級クラブ経営していた噂ですけど」

湯沢は聞く。

「なんでこんな人が村に」

箕輪は肩をすくめた。

「村、謎多いんで」

そのとき。

望月松之助が湯沢に気づいた。

「おう!」

指をさす。

「お前が官僚辞めて引きこもってきたのは!」

公民館の全員が湯沢を見る。

湯沢は少し考えた。

それから言った。

「……温泉に入ってた人です」

沈黙。

次の瞬間。

中込梅吉が笑った。

「ええやん!」

「温泉好きは信用できる!」

浅科竹太郎が言う。

「理屈になってません」

望月松之助が机を叩く。

「細けえことはいい!」

「おい若いの!」

湯沢を指差す。

「温泉やれ!」

湯沢は静かに言った。

「強引だなこの村」

箕輪が横で言った。

「慣れます」

そして

この会議の隅で。

誰も気づかないところで。

一人の若い男が

スマートフォンで何かを確認していた。

画面には

白樺の湯株式会社 株主構成

そして

9%

その株主の名称は

日本レジャー投資信託

まだ誰も

彼のことを知らない。

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