第9話:村の危機と、私たちの大切なお家
「星屑の聖女ジャム」の完成から数日後のこと。ファレン村の平和な午後は、けたたましく鳴り響く半鐘の音によって破られた。
カンカンカンカンカンッ!!
「な、なんだろう!? 火事!?」私がエプロン姿のままログハウスの窓から外を覗き込むと、村長さんが血相を変えてこちらへ走ってくるのが見えた。「アリス殿! ルミア様! 大、大変じゃあああ!」
「村長さん、落ち着いてください。どうしたんですか?」
「も、森の奥から『暴走魔猪』の群れが、村に向かって突進してきとるんじゃ! その数、ざっと数十頭……! このままでは村の畑も家も、めちゃくちゃにされてしまう!」
暴走魔猪は、巨体と凶暴性を持つ危険な魔物だ。それが群れを成しているとなれば、普通の村の木の柵など一瞬で踏み破られてしまうだろう。「数十頭……! わ、わかりました、村の皆さんを中央の広場に集めてください!」
私は杖を握り締め、家を飛び出した。
「お姉ちゃん、あたしも行く!」ミオも即座に飛び出してきて、戦闘態勢に入るように犬耳をピンと立てた。
「……はぁ。せっかくアリスさんと二人で、お茶会の準備をしていたというのに。空気を読まない豚肉どもですね」遅れて出てきたルミア様は、純白の法衣の袖を優雅に払いながら、ひどく冷酷な——氷点下を思わせるような瞳で森の方角を睨みつけた。
「ルミア様、愚痴を言っている場合じゃありません! 来ます!」地鳴りのような足音とともに、森の木々をなぎ倒して、巨大な牙を持つ赤黒い猪の群れが姿を現した。その目は血走り、完全に暴走状態に陥っている。
「まずは、村を守ります!
『物理反射』、 『超広域絶対防壁』!」
私が杖を高く掲げると、村全体をすっぽりと覆い隠すほどの巨大な、淡い緑色の半透明なドームが出現した。
ドゴォォォォンッ!!
先頭を走っていた魔猪たちがドームに激突するが、結界はヒビ一つ入らない。それどころか、『物理反射』の付与効果によって、激突した魔猪たちは自分たちの突進力と同じ力ではね返され、次々と宙を舞って地面に叩きつけられた。
「す、すごい……! 村が完全に守られとる……!」避難してきた村人たちが、結界の内側で安堵の声を上げる。
「とりあえず、これなら村の中に被害は出ません。でも、あの子たちをなんとかしないと、ずっと村から出られなくなっちゃいますね……」
私が結界の維持に集中していると、ルミア様が私の肩にポンと優しく手を置いた。
「アリスさん、防御は完璧です。あとは私と、そこの『手のかかる駄犬』にお任せを。……ミオさん、出番ですよ。毎日お腹いっぱいご飯を食べているのですから、少しは働きなさい」
「うんっ! 任せて、ルミアお姉ちゃん! お姉ちゃん、あたしに魔法かけて!」ミオの言葉に頷き、私は彼女に複数の付与魔法を重ね掛けした。
『筋力限界突破』、
『疾風迅雷』、
『武器破壊付与』!
「ありがと! いっきまーす!」
結界の外へ飛び出したミオは、もはや目で追えないほどのスピードで魔猪の群れに突っ込んだ。彼女の小さな拳が魔猪の巨体にめり込んだ瞬間——ドッバァァン!! という爆発音のような音とともに、魔猪が数十メートル後方へ吹き飛んでいく。
「わぁ……ミオちゃん、すごいパワー……」
「アリスさんのバフがあってこそです。……さて、私も少しだけ、お掃除を手伝いましょうか」ルミア様が、一歩前に出る。
彼女は両手を胸の前で組み、祈るようなポーズをとった。しかし、その口から紡がれたのは、慈悲の祈りなどでは決してなかった。
「私とアリスさんの穏やかな生活を脅かし、あまつさえアリスさんに結界を張るという労力を使わせた万死に値する害獣ども。塵一つ残さず消え去りなさい」
ゴゴゴゴゴ……! と、ルミア様の足元から、神聖魔法とは思えないほどの黒いプレッシャーが立ち昇る。
「『極光の断頭台』」ルミア様が静かに宣告した瞬間。
空から、巨大な光の刃が数十本、雨霰のように降り注いだ。
ズバァァァァァァァァァンッ!!!
光の刃は、魔猪たちの急所を寸分の狂いもなく貫き、浄化の炎で一瞬にして焼き尽くしていく。ミオの物理攻撃と、ルミア様の広範囲殲滅魔法。二人の圧倒的な力の前に、数十頭いた魔猪の群れは、ものの三分で完全に沈黙したのだった。
***
「アリス殿、ルミア様、ミオちゃん……! 本当に、本当になんとお礼を言ったらいいか……!」村長さんをはじめ、村人たちが涙ながらに私たちを取り囲んだ。
「この村は、わしらの命に代えても守る大事な故郷じゃ。それを救っていただいた……お三方は、ファレン村の恩人じゃ!」
「いえいえ、私たちはこの村に住まわせてもらってるんですから、当然のことですよ」私が照れ笑いを浮かべていると、ルミア様がふっと微笑んだ。
「……ええ、そうですね。この村は、私とアリスさんが共に暮らす『大切な場所』です。それに免じて、これからも少しだけ庇護を与えてあげましょう」上から目線ではあるが、ルミア様なりにこの村を「自分たちの居場所」として完全に認めた発言だった。
「お姉ちゃん、ルミアお姉ちゃん! いっぱいお肉が採れたよ! 今夜は猪肉のステーキにしよう!」討伐した魔猪の中から、食べられそうな良質な部位だけを器用に解体してきたミオが、尻尾を振りながら駆け寄ってくる。
「ふふっ、ミオちゃんもすごくかっこよかったよ。ルミア様も、お疲れ様でした。さぁ、私たちのお家に帰りましょうか」
「はい、アリスさん」
「うんっ!」
三人で並んで、夕日が沈みかける道を歩き、あの立派なログハウスへと帰る。扉を開けると、そこには私が魔法で整えた、温かくて安全で、快適な空間が待っている。
(——ああ。ここが、私の帰る場所なんだ)
王都のギルドで「無能」と罵られ、居場所を失った私。でも今は、こんなにも重くて深い愛を向けてくれるルミア様と、妹のように慕ってくれるミオがいる。食卓には、三人で作った温かい料理が並ぶ。これ以上の幸せは、きっとどこにもないだろう。
……しかし。
そんな私たちの穏やかな幸せを、無粋な形で踏みにじろうとする者たちが、すでにすぐそこまで迫っていた。
「おい……あれがファレン村か。随分と辺鄙なところだな」
村外れの街道。馬の代わりに自分たちの足でボロボロの荷車を引き、泥だらけになった三人の人影があった。
「ガイル、早く……アリスを見つけて……私に魔力を……」
「わかってる! あいつを脅しつけて、俺たちにかけた呪いを解かせれば、またすぐにSランクに返り咲ける! ついでにルミアの洗脳も解いてやる!」
勇者ガイルの目は、見当違いの妄執と怒りでドス黒く濁っていた。翌朝、この愚か者たちが私たちのログハウスの扉を叩くことで——ルミア様の『逆鱗』に完全に触れることになるとも知らずに。




