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第5話:空から降ってきた腹ペコ獣人少女と、凍りつく聖女の笑顔

辺境のファレン村の朝は早い。極上の朝食(と、ルミア様からの過剰なスキンシップ)を終えた私たちは、村長さんに頼まれた薬草と夕食の食材を探すため、村の裏手にある広大な森へと足を踏み入れていた。



素材探知極大付与マテリアル・サーチ』、『採取物品質向上クオリティ・アップ



私が杖を軽く振ると、森の中のあちこちから淡い光の柱が立ち上がった。これは私の付与魔法の応用で、価値の高い薬草や美味しいキノコがある場所をピンポイントで光らせ、さらに採取した瞬間にその品質を最高ランクに引き上げるというものだ。



「アリスさん、あちらに光るキノコがありますよ! ああ、アリスさんの魔法のおかげで、森歩きがまるで宝探しのようです。……ふふっ、このまま二人きりで、森の奥深くに迷い込んでしまうのもロマンチックですね」



私の右腕に両腕でしっかりと抱き着き、胸の柔らかい部分をこれでもかと押し付けながら、ルミア様がうっとりとした声を出す。もちろん、迷子にならないように『絶対方位把握コンパス・エンチャント』をかけているので安心なのだが、ルミア様はとにかく私に密着して歩きたいだけのようだ。



「ルミア様、歩きにくいので少し腕を……」



「ダメです。この森には恐ろしい魔物が出るかもしれません。か弱い聖女である私を、アリスさんがしっかり護ってくださらないと」



(さっき、素手で巨大なイノシシを殴り飛ばして気絶させてたのに……?)



心の中でツッコミを入れつつ、私は諦めてルミア様に腕を預けたまま歩みを進めた。

と、——その時だった。



ガサガサッ! バキィッ! 頭上のはるか高い場所——巨大な樹木の枝が折れる激しい音が響いた。「きゃああああっ!!」見上げると、木の上から小さな影が真っ逆さまに落ちてくるのが見えた。



人間の子供? いや、頭には動物のような耳が生えている! 危ないっ!!



物理衝撃完全吸収ショック・アブソーバー』、『重力緩和結界アンチ・グラビティ』!



私が咄嗟に杖を突き出し、空中に何重ものクッションのような見えない結界を展開する。落ちてきた影は、ぼよん、ぼよん、と結界の上で何度か弾み、最後は私の腕の中にすっぽりと収まった。



「いたたた……あれ? 痛くない?」



私の腕の中で目を回していたのは、ボロボロの服を着た、十代前半くらいの少女だった。頭にはピンと立った犬のような耳、お尻からはふさふさの尻尾が生えている。獣人の女の子だ。



「だ、大丈夫ですか? 怪我はない?」



「う、うん……。木の上においしそうな木の実があったから、取ろうとしたら枝が折れちゃって……あ、あたしはミオ! 助けてくれてありがと、お姉ちゃん!」ミオと名乗った獣人の少女は、人懐っこい笑顔を浮かべた。その直後である。



ぐきゅるるるるるるるるぅぅぅ〜〜〜〜っ!



森中に響き渡るような、盛大な腹の虫が鳴り響いた。ミオは顔を真っ赤にして、犬耳をペタンと伏せながらお腹をさすった。「あはは……三日くらい、お水しか飲んでなくて……」



「ええっ!? そ、それは大変です! ちょっと待っててくださいね!」私は慌てて、空間収納魔法を付与したカバンの中から、朝食の残りの黒パンと干し肉で作った特製サンドイッチを取り出した。もちろん『鮮度完全維持』をかけてあるので、作りたてのホカホカだ。



「これを食べてください。ゆっくりでいいですよ」



「えっ、いいの!? いただきます!!」ミオは私の手からサンドイッチを受け取ると、猛然と噛み付いた。「んがっ、むぐむぐ……っ!? うま! なにこれめっちゃうま!! パンがふわふわでお肉からジュワーって肉汁が! お姉ちゃん、これすっごい美味しい!!」



ミオの頭の犬耳がピコピコと動き、背後の尻尾がプロペラのように千切れんばかりの勢いで振られている。余程お腹が空いていたのだろう。あっという間に大きなサンドイッチを平らげてしまった。



「ふふ、よかったらこっちのお水もどうぞ。……それで、ミオちゃんはどうしてこんな森に一人で? ご両親は?」



「……わかんない。あたし、気づいたら遠くの街で一人ぼっちで、追い出されて、ずっと森の中を歩いてたの。お腹空いたし、一人で寂しかったし……でも、お姉ちゃんのご飯、すっごく温かかった」



ミオは涙ぐみながら、私のお腹にギュッと抱き着いてきた。温かい体温と、すりすりと甘えてくる犬耳の感触。身寄りのない彼女の境遇が、孤児院出身の私自身の過去と重なり、胸が締め付けられるようだった。



「そっか……辛かったね。よし、もし行く当てがないなら、私と一緒に——」



「——アリスさん」背筋が、ゾクッと凍りついた。背後から聞こえた、鼓膜を直接撫でるような、ひどく冷たくて暗い声。振り返ると、そこにはルミア様が立っていた。

顔には、いつもの完璧で慈愛に満ちた「聖女の微笑み」を浮かべている。



しかし、その美しい青い瞳からは、完全に光が消え失せていた。漆黒の深淵のような瞳が、私に抱き着くミオをじっと見下ろしている。「あ、ルミア様。この子、ミオちゃんって言って、身寄りがないみたいなんです。だから私たちの家で……」



「アリスさん。その『汚い野良犬』を……いえ、可哀想な迷子を、どうするおつもりですか?」



「ひっ!?」ルミア様の言葉尻に混じった絶対零度の殺気(?)を察知したのか、ミオが私の背中に隠れてブルブルと震え始めた。野生の勘が「この人はヤバい」と告げているらしい。



「あ、あの、ルミア様。このままじゃこの子、森で死んじゃうかもしれないし……。私たちの家、部屋は余ってますよね? だから、一緒に暮らせないかなって……ダメ、ですか?」



私は少しビクビクしながら、ルミア様の顔を下から覗き込んだ。ルミア様の眉間がピクリと動き、何かを言いかけ——しかし、私の顔を見た瞬間に、大きくため息をついて肩の力を抜いた。



「……アリスさんが、そう望むのなら」



ルミア様はゆっくりと歩み寄り、私の背中に隠れるミオに向かって、ニッコリと、本当にニッコリと微笑んだ。「はじめまして、ミオさん。私は聖女のルミアです。アリスさんは底抜けにお優しいですから、あなたのような『見ず知らずの獣』でも拾ってくださるのですね」



「うぅ……なんかこのお姉ちゃん、言葉は優しいのに目が笑ってない……怖い……」



「いいですか? アリスさんが特別に許可したからといって、調子に乗らないこと。アリスさんの隣は『私の指定席』です。一ミリでもアリスさんに馴れ馴れしくしたら、その尻尾の毛を一本残らずむしり取りますからね。わかりましたね?」



「ひゃいっ!!」ミオは涙目で直立不動になり、勢いよく頷いた。私にはルミア様が小声で何を言ったのか聞こえなかったが、ミオが納得してくれたなら良かった。



(ルミア様も、なんだかんだ言って受け入れてくれた。やっぱり優しい人だなあ)



私の能天気な解釈とは裏腹に、ルミア様は背中で黒いオーラを渦巻かせていた。



(ああ……私とアリスさんの甘い愛の巣に、邪魔者が入り込んでしまうなんて。即座に追い出したい……ですが、アリスさんの『家族が欲しい』という母性をくすぐるには、このペットも利用できるかもしれません。アリスさんが辺境に定住する理由が増えるのなら……ええ、我慢しましょう)



こうして、お人好しな付与術師と、独占欲の塊である完璧聖女、そして騒がしい腹ペコ獣人少女による、奇妙で賑やかな『擬似家族スローライフ』が幕を開けたのだった。


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