第2話:国宝級聖女の「あなたと一緒じゃなきゃ嫌」と、片っぽの靴
「る、ルミア様。まずはどいていただけますか……? 道ゆく人が見ていますし……」
王都から続く街道のど真ん中。私の上に馬乗りになり、ひしと抱き着いて離れないルミア様にそう声をかけると、彼女は名残惜しそうに「……はい」と体を離した。
立ち上がったルミア様の純白の法衣は、土埃で信じられないほど汚れている。そして何より、右足の靴がない。白くて華奢な足袋が破れ、少し血が滲んでいた。おそらく、私を追いかけてくる途中で脱げたのにも気づかず、全力疾走してきたのだろう。
「ルミア様、足に怪我を……! 聖女様の大切なお体に、なんてことを……!」
私は慌てて自分の杖を振るった。私に使えるのは、地味な付与魔法だけだ。ルミア様のような、一瞬で傷を塞ぎ光り輝く『極位神聖ヒール』は使えない。
『物理保護』、『快適歩行』、『疑似靴』
ルミア様の右足に何重にもバフをかけ、見えない空気の靴を作り出す。これで石を踏んでも痛くないし、傷口からバイ菌も入らないはずだ。
「とりあえずの応急処置です。ルミア様ご自身の回復魔法を使えば、すぐに治ると思いますが……」
「ああ……っ」ルミア様は自分の右足を両手で包み込むように触れ、トロンとした熱を帯びた瞳でため息を吐いた。
「アリスさんの魔力が、私の足を優しく包み込んでくれている……。なんという温かさ、なんという心地よさ……。このまま一生、回復魔法などかけずに、アリスさんの魔法を感じていたいです……」
「えっ、いや、それは不衛生なのでちゃんと治してください!?」
頬を染めてうっとりするルミア様に、私は思わずツッコミを入れてしまう。国宝級とまで言われる完璧な聖女様が、私のこんな初級魔法の応用で喜んでくれるなんて。本当に、この人はどこまでも優しくて、お人好しなのだ。
(私が追放されて、同情してくれてるんだな……。でも、ルミア様の経歴に傷をつけるわけにはいかない)
私は姿勢を正し、ルミア様に向き直った。「ルミア様。お気持ちは本当に嬉しいですが、私と一緒に辺境になんて行ったら、ルミア様まで『無能パーティーの落ちこぼれ』扱いされてしまいます。どうか、王都へ戻って……」
「戻りません」食い気味に、そして一切の感情を排した冷たい声でルミア様は言い切った。
「私をなんだと思っているのですか。アリスさんの『全属性耐性極大付与』や『疲労軽減』がなければ、あのパーティーは三日と持たずにゴブリンの群れにすら苦戦するような烏合の衆ですよ? ガイルに至っては、自分の実力だと勘違いして威張っているだけの愚か者です」ルミア様の口から飛び出した辛辣すぎる言葉に、私は目を丸くした。
「そ、そんなことないですよ! ガイルさんの剣技は素晴らしいし……」
「アリスさんの『自動照準補正』がかかっているからです」
「魔法使いのリアちゃんだって、強力な炎を……」
「アリスさんの『魔力消費半減』と『威力三倍化』の恩恵です。……はぁ、本当にあなたは、ご自分の異常なまでの才能に無自覚すぎる」
ルミア様は呆れたようにため息をつくと、私の両手をごく自然に握りしめ、胸の前で大切そうに包み込んだ。
「私は、あなたがいなければ、息をするのすら苦痛なのです。……アリスさんが私を養ってくれないと言うのなら、私はこのままここで野垂れ死にます」
「ええっ!? そ、そんな極端な!」
「死にます」
「わ、わかりました! わかりましたから! 一緒に行きましょう!?」私が慌てて首を縦に振ると、ルミア様はパァッと花が咲いたような、それはそれは美しい「完璧聖女の笑顔」を浮かべた。
「ありがとうございます、アリスさん。ああ、私たち、ついに結ばれるのですね……!」
(結ばれる……? 一緒に辺境に住むってことだよね?)
少し言葉のチョイスが重い気がしたが、私は深く考えないことにした。ともかく、私とルミア様——落ちこぼれの付与術師と、最強の聖女による辺境への旅が始まったのだった。
***
馬車に揺られること数日。ルミア様からの「アリスさん、お口を開けてください。あーん」「アリスさん、肩が凝っていませんか? 私が揉みます(※すごい力)」「アリスさん、寝顔も素敵です」という過剰すぎるお世話攻撃(?)をなんとか躱しつつ、私たちは目的の場所へ到着した。
国の最果てに位置する、のどかな『ファレン村』。豊かな森と澄んだ川に囲まれた、絵に描いたようなスローライフの舞台だ。
「村長さん、お手紙にあった空き家というのは……」
「ああ、お二人とも、よくぞこんな辺境へ! 家はあちらなんじゃが……その、少しばかり、年季が入っておってな……」案内された村外れの物件を見て、私は言葉を失った。
「……年季?」
それは、家というより『大きな廃材の山』だった。屋根には大穴が開き、壁はツタまみれ。ドアは半分外れかかっており、隙間風どころか野生の動物が普通に出入りしている形跡がある。
「も、申し訳ない! お二人が住み込みで村の薬師と結界師をやってくれると聞いて、村の男たちで修繕しようとしたんじゃが、間に合わず……」平謝りする村長を前に、私の隣で、ルミア様からゴゴゴゴゴ……と黒いオーラが立ち昇り始めた。
「……アリスさんに、このような豚小屋で寝泊まりしろと? 辺境の人間は、聖女と付与術師に対する礼儀すら……」
「ルミア様! ストップ、ストップです!」杖を構え、なぜか神聖魔法ではなく『物理的な破壊魔法』の詠唱を始めようとするルミア様を、私は慌てて羽交い締めにして止めた。
「村長さん、大丈夫です! とっても素敵な場所ですね、ここ!」
「えっ? いや、しかし……」
「ちょうどいいです。私の『魔法』の、絶好の見せ所ですから」
私は腕まくりをして、ボロ家の前に立った。勇者パーティーでは「地味だ」と笑われた私の付与術。でも、この魔法の本当の力は、戦闘ではなく『生活』にこそあるのだ。
「ルミア様、見ていてくださいね。今日からここが、私たちのお城になりますから!」
「……! はいっ、アリスさんっ……!」私の言葉の『私たちのお城』という部分にルミア様が異常なほど反応し、頬を真っ赤にして両手を組んで祈りのポーズをとっていたが……とりあえず、まずはこの家をなんとかするのが先決だ。
私は杖を天高く掲げ、ありったけの魔力を練り上げた。




