第1章 第3話 裏切り
「そのモンスターの弱点は頭じゃない。胴を狙え」
「あ? あぁ……」
「魔力の扱い方が雑だ。魔法を使うだけが魔力じゃない。そこを意識しろ」
「チッ、うっさいな……」
「大剣を通常の剣と同じように捉えるな。がむしゃらに振り回しても邪魔になるだけだ」
「…………」
『勇者の宿』と呼ばれる勇者パーティーしか入れないダンジョンに潜ってから数時間。一行は順調に三層まで辿り着いていた。
「難易度は普通のダンジョンと変わらないな……だが異常なまでに広い。少しスピードを上げるぞ」
慎重かつ大胆にマッピングをするシオンが後ろで息を切らしている勇者と上級職の三人に告げる。
「何なんだよこいつ……」
「なんで魔力なしにあそこまで動けんのよ……」
この数時間で明らかになったのは、シオンと天才三人には才能の差では埋まらないほどの圧倒的な経験の差があるということ。単純な実力なら既に国内有数になっている三人だが、基礎がまるでなっていない。戦闘もダンジョン探索もズブの素人。何の才能もないと明らかになったかつてのエリートを嘲笑っていたはずが、シオンにおんぶにだっこになっているのが現状だった。
「あれは……四層目への階段だな。普通のダンジョンと同じだったらモンスターのランクがそろそろ上がる頃だ。お前らの能力を考えるとそろそろ引き返しても……」
「おい!」
根本的な実力が足らない現実を踏まえ冷静な判断を下したシオンの胸倉をウォルツが掴み上げる。勇者として目覚めたことでずば抜けた魔力を手にしたウォルツの力はシオンの身体を軽々と宙に浮かび上がらせる。
「無能のくせに調子乗んなよ……俺らへの腹いせか!? 雑魚が上から目線で見下ろしてんじゃねぇよ!」
「……別にそんなんじゃないんだけどな」
シオンはウォルツの腕の内側に手を入れて軽々と脱出すると服を整える。
「確かに何の努力もしてないお前らが力を手に入れて、努力を積み重ねてきた俺が力を失った現状は気分がいいとは言えない。でもそんなことはどうでもいいんだ」
「あ!?」
「俺の目的は魔王を討伐すること。討伐さえできれば別に俺じゃなくてもいい。だったらその可能性が一番高いお前に俺の培ってきた全てを引き継ぎたい。言い方が悪かったんなら謝るよ。でも俺の役目を奪うんだろ? お前には立派な勇者になってもらわないと困るんだよ」
馬鹿にされた。煽られた。これまでの努力を踏みにじられた。それでもシオンの目はウォルツが恐怖を覚えるほどまっすぐだった。
「それだけ大声を出せるんならまだ元気だな。次の層に進むぞ」
横目で三人の状態を確認したシオンは四層目への階段を下りていく。その目つきが馬鹿にしているように見え、ウォルツはその瞳にどす黒い怨嗟の炎を宿した。
「あれは……フレイムウィッチか。予想通りランクが上がったな」
四層目に辿り着いたシオンたちを出迎えたのは、赤いラインが入った黒いローブを纏った老婆のようなモンスター。これまでに現れたモンスターが低級だとするならフレイムウィッチは中の下。才能が目覚めるまでのウォルツたちでは勝てない相手だ。
「『火』」
フレイムウィッチは短く詠唱を唱えると皴の入った掌に炎を宿した。それに怯えを見せたのは魔導士のドーラ。
「なにフレイムって……そんな魔法聞いたことないんだけど。火属性の魔法って『火』でしょ!?」
「人間とモンスターでは魔力の源が違うんだよ。奴から満ちている不気味なオーラがモンスターでいうところの魔力。だから詠唱も人間が扱うものとは異なる。でも性質自体は人間とモンスターに差はほとんどない。ただフレイムウィッチは……」
「だったらこれでしょ! 『水』!」
「おい話は最後まで聞けよ……」
シオンの解説を聞き終えるより早く、ドーラが水属性の魔法を唱える。ただの基礎魔法だが、魔導士として目覚めたドーラのそれは普通の魔法使いの同じ魔法とは威力がまるで違う。滝のような水の塊がフレイムウィッチを呑み込み、一瞬で消失した。
「ウチの魔法が効かない!?」
「それよりあいつの雰囲気……さっきまでとは全然違う!」
大量の水を被ったフレイムウィッチがケケケと不気味な笑い声を上げる。ドーラとカイが慌てるのも無理はない。フレイムウィッチの全身にみなぎる魔力が一瞬にして跳ね上がっていた。
「初心者に陥りがちなミスだ。ウィッチは狡猾なモンスター。本来苦手である魔法を誘って力を増すんだよ。逆に同属性の魔法を浴びせれば簡単に倒せる」
「それをさっさと言えよ馬鹿!」
「モンスター学で習っただろ。自分の勉強不足を他人のせいにするな」
弱点さえ知っていればなんてことはない相手だった。だが上級魔導士の魔力を食らい、そのエネルギーを吸収した今のフレイムウィッチが扱う魔力はそのまま上級レベルになった。今まで低レベルのモンスターの相手しかしたことがなかったドーラとカイがその膨大な魔力を前に後ずさる。
「やばいって……こんなのに勝てるわけない!」
「さっさと逃げるぞ!」
いくら魔力が上がったとはいえポテンシャルは上級職の二人の方が上。しかし完全に臆してしまったドーラとカイは早々に諦めて三層に引き返してしまった。
「仕方ない……俺たちも一度戻って……」
このまま倒すこともできるがパニックに陥った二人を放置するわけにはいかない。残ったウォルツに声をかけたが、これ以上シオンの口は動かなかった。
「『壁』」
既に階段に避難していたウォルツが、その階段の入口を魔法の壁で塞いでいたのだ。
「……なんのつもりだよ」
技術でどうこうできない単純な魔力の壁。今のシオンでは壊すことは叶わない。つまり、閉じ込められた。モンスターと同じ空間で。
「なんのつもりって、元々こうするつもりだったんだよ。力を手に入れた俺が知りたいのは現時点の限界。調子こいて実力以上の敵と戦って死ぬのは勘弁だからな。だからやばくなったらお前を囮にして逃げるつもりだった。悪くない作戦だろ?」
透明な壁の向こうでウォルツの笑みが深まる。自分より圧倒的に上だった奴が、遥かに格下になって、自分の作戦に嵌っている。その事実に高揚しているようだった。
「俺はお前と違って天才なんだよこの国に百年以上現れなかった勇者様だ! 実力相応のところでレベルを上げていけば順当に活躍できる。偉そうなお説教なんざいらねぇんだよ!」
「それができなかったからお前は学年最下位なんだろ? 地道にコツコツは口で言うほど簡単じゃないぞ。才能は才能、努力は努力で別個のものだ。これまで何も積み上げてこなかった奴がこれからできる保証がどこにある」
「相変わらず舐めやがって……!」
「舐めてない、事実だ。才能に胡坐をかいてる奴がチヤホヤされて成長できるとは思えない。本当は自分でもよくわかってるんじゃないのか?」
「バリア! バリア! バリア!」
シオンの言葉を遮るように、魔法の壁が二人の間を幾重にも別っていく。透明な壁は光を歪ませ、もうお互いの顔も正しく認識することはできない。
「偉そうな正論はもううんざりなんだよ……俺はこれから覇道を歩む。もう誰にも馬鹿にさせねぇ……舐めた口も利かせねぇ。そのためにはお前が邪魔なんだよ……紛い物の勇者!」
顔が見えない中、聞こえてくるのは恨みと妬みが混ざった怨嗟の声だけ。
「お前はもう誰からも必要とされてない。死んで俺の役に立て」
そしてその声を最後に、ウォルツの姿はシオンの前から消え去った。
「なるほどな……次期勇者と呼ばれた紛い物でもできたことが本物の勇者ができなかったら面目丸潰れってわけか。比較対象がいない方が独裁はやりやすいもんな」
背後に膨大な魔力を感じながら、シオンはウォルツの言葉を咀嚼する。理解はできるし納得もできる。希望を求めている人々にとっても、勇者の一強性は保たれていた方がいいだろう。
「ナカマ……ミステラレタ……オマエ……ヨワイ……『火』」
仲間に見捨てられたシオンを嘲笑いながら、フレイムウィッチが先ほどとは桁違いの炎を掌に宿す。この炎に焼かれればシオンは一瞬で炭になってしまうだろう。
「……俺が見捨てられたことと弱いことは無関係だろ」
「ぐぎゃっ!?」
だがそれは焼かれればの話。火属性魔法を使ってくるのを待っていたシオンはナイフを投擲する。弱点である炎を纏ったナイフはフレイムウィッチの眉間に突き刺さり、フレイムウィッチの身体を炭へと変えていった。
「……さて、どうするかな」
先ほどまでの騒々しさとは一変、誰もいなくなったダンジョンでシオンは一人つぶやく。バリアはすぐに解けるが勇者と一緒でなければダンジョンから脱出することはできない。モンスター学から考えればフレイムウィッチがいるということは水属性の魔女もいるだろう。肉となるモンスター、それを焼く火、飲み水まで手に入れられる。次にウォルツが来るまでサバイバルを続けることは可能だ。
だがそれはシオン個人の事情。目的はあくまで魔王討伐だ。そのためには勇者であるウォルツの力が不可欠。このレベルのモンスター相手なら魔力を使わずとも駆除できる。ダンジョン攻略の基礎を知らないウォルツのためを思うとこの先に進んでマッピングをしておくのが一番得策だろう。
(自分を裏切って殺そうとしてきた奴のために?)
「……考えるな」
邪な考えが脳裏をかすめる。確かにウォルツはシオンを殺そうとした。それならそれでいい。それで勇者が勇者らしくいられるのなら命も惜しくない。勇者が人々の平和の象徴になれるのなら……。
(自分を見捨てた連中のことなんてどうでもいいだろ)
「考えるな」
才能がないと発覚したシオンを誰も助けてはくれなかった。遠巻きに見ては見下し嘲笑した。それならそれでいい。役立たずなのはどうしようもない事実だ。それを否定したくなるのは自己満足。個を虐げて他が団結できるのならそれも悪くない。
(誰からも求められてないなら好きに生きていいんじゃないか)
「考えるな……!」
シオンの心は折れていた。突き付けられた才能がないという現実、積み重ねた努力の消失、見下され裏切られた絶望。淡々としているように見えても、シオンの心は限界を迎えていた。
限界を迎えた心が想起するのは自分の原点。生まれ故郷をモンスターに蹂躙された過去。父が戦い、母が庇い、妹が助けを求めていた。それでもシオンは逃げ出した。戦う意志はあった。でも戦う力がなかったから。
だからバフ魔法を磨き上げた。自分と同じような人を生まないように。覚悟があっても戦えない悔しさを誰にも味わわせないために。誰かの力になりたくて、そのために十年間ひたすら努力をし続けてきた。全て、無駄だった。
「まだ……終わってない……!」
心はとっくに折れていた。十年前何もできなかった時からずっと、ずっと。だからシオンは諦めない。折れた心を支えるのは覚悟の強さ。魔王を討ち滅ぼすという覚悟が、折れた心を繋いでいた。気づけばフレイムウィッチの群れがシオンを囲んでいたが、その瞳はまだ死んでいなかった。
「『火』……!」
だが心は死んでいなくても現実は残酷だ。縋るように唱えた火属性の魔法は煙すら上がらない。囲まれた状態で打つ手なし。完全に詰んでいた。
「まだ……だ……!」
それでも覚悟が折れることを許さない。ナイフを構え直しモンスターに立ち向かおうとしたその時、声がした。
「人々から見捨てられた人は、もう人じゃありません。だったら唱えるべき魔法は、わかるでしょう?」
おちょくるような、楽し気な少女の声。どこからしているのか、誰が発しているのかわからない。だがやるべきことはわかった。わかってしまった。
「……『火』」
それはモンスターが扱う火属性魔法の詠唱。人間とは魔力の性質が異なるせいで、同じ効果でも唱える詠唱は異なる。だから人間は人間の、モンスターはモンスターの魔法が扱える、はずだった。
だが炎は現れた。シオンの掌から放たれる火の塊はまるで花火のように弾け、周囲を取り囲んだフレイムウィッチたちを一掃していく。その威力は魔力を失う以前の『火』の魔法よりも遥かに高水準だった。
「女神が目覚めさせるのは魔王討伐への才能。つまり魔王の才能を持つ者は、女神からすれば受け入れられない存在。才能がないと見捨てるのが一番でしょう」
モンスターを焼いた煙が晴れ行く中、一人の少女がシオンへとゆっくりと近づいてくる。そして膝をつき、告げる。
「ですが私はあなたを受け入れますよ。次期魔王」
魔王討伐を夢見ていたシオンが、一番言われたくない言葉を。




