第1章 第2話 無能の使い道
シオン・オーラは孤高の存在だった。真面目で堅物、浮いた話には興味の一つも示さない。一人だけ弟子はいるがそれ以外に親しい人間は皆無。修行と復讐にのみ生きる背中には誰もついてくることはできなかった。しかし孤高ではあったが孤独ではない。魔王討伐の象徴として、敬意と畏怖の感情がシオンを包み込んでくれていた。
だが今。魔力を失い、何の才能もない無能だということが衆目に晒された今。周りに人がいないという状況は変わらずとも人々の目は明らかに変わっていた。『神託』を終え教室に戻ってきたシオンを待っていたのは嘲笑と侮蔑。偽物の次期勇者は真の勇者の誕生によって用済みになっていた。
自分の武器の重みに耐えきれずに失神。でかい口を叩いておきながら才能がなければ何もできないということを逆に証明する結果になってしまった。悔しさと恥ずかしさが、どんなことがあろうとバフ魔法で自分を鼓舞し続けてきたシオンの心を締め付ける。
(魔力さえ……少しでも魔力さえあれば……!)
自分の席でシオンは歯を食いしばる。愚痴や言い訳はしない主義だが、どうしようもない感情が押し寄せてくる。人間であれば魔力は必ず持って生まれてくる。どんな職業が天命であろうと最低限初級魔法くらいは唱えられるはずだった。バフ魔法を極めたシオンであれば、初級魔法一つでどんな苦難も乗り越えることができる。だが魔力が完全に消失したとなると全ての話が変わってくる。これまで積み重ねてきたあらゆる努力が一つも意味をなさなくなってしまった。
「オーラくん……少しいいかな?」
力が弱すぎていくら歯を食いしばろうが血の一滴も垂れないシオンに『神託』を見届けた教師が恐る恐る声をかけてくる。
「言いづらいんだけど……退学してもらえるかな。寮も出ていってほしい。勇者よりも数の少ない、本当に何の才能もない人間……学校としても対応に悩んだが、この学校はあくまで魔王討伐のための教育をする機関。申し訳ないけれど役に立たない生徒を置いておくわけにはいかない」
中等部卒業と同時に行われる『神託』。その結果によって高等部のクラスが決まり、その職業専門の授業が行われることになる。つまり才能のないシオンに高等部進学の資格はない。悔しいが受け入れざるを得ず、シオンは首を縦に振る。その様子に言いづらい仕事をこなした教師の顔がほころんだ。
「大丈夫だよオーラくん。君がこれまで救ってきた人間は数知れない。きっと君が困っていたらみんな手を差し伸べてくれるはずだ」
「本当にそう思いますか?」
気づいたらシオンの口は勝手に動いていた。言っても仕方のないことだが、言わずに我慢できるほどの余裕は今のシオンにはない。
「この状況を見て心からそう思えるんだったら今すぐ教師を辞めた方がいい。人々が求めているのは希望の象徴であって俺個人じゃない。この教室が全てでしょう。過去にどれだけの功績を上げようが未来がないならただの役立たずだ。俺を助けてくれる人なんているわけない」
「おいおい被害者面はやめろよ。悪いのは才能がないお前だろ?」
今まで積み上げてきた努力を才能一つで全て失ったシオンとは対照的な存在。努力なんて何もしてこなかったはずなのに才能だけで全てを手に入れた元学年最下位の三人がニヤニヤと笑いながら教室へと入ってくる。
授業中はいつも寝てばかり。あらゆることに気力がなかったが格闘系の最高職、武闘家の才能を秘めていた男子生徒、カイ・ウール。チャラチャラと常に遊び歩いていた女子生徒、魔導士のドーラ・オリーブ。そして煽りと喧嘩だけしかできなかったはずの真の勇者、ウォルツ・スペード。彼らが今年の『当たり枠』。その分野の最高職の才能を秘めていた天才だ。
「そうそう、こいつはもらってくぜ。お前には宝の持ち腐れだろうからな」
ウォルツが紙のように軽々と持ち上げて見せたのは、シオンと共に多くの人々を救った大剣、『時渡』。上質な鉱石の採掘地であるが故に魔王軍に堕とされたシオンの故郷を取り戻した際に製造した相棒だ。その武骨な刃にはシオンの汗と涙、そして思い出が色濃く染みついている。
「……ぜひもらってくれ。俺じゃあもうそいつを振るってやれない。その方が時渡も本望だと思う」
「剣に本望もクソもないだろ。あくまでこいつは勇者にふさわしい聖剣を手に入れるまでの代用品だ。いらなくなったら返してやるよ」
時渡はシオンのバフ魔法にも耐えうる硬度を持つ逸品。頑強さにおいて時渡を超える剣はこの世に存在しない。しかしその価値を知らないウォルツは軽く放り投げて遊んでみせた。
「まぁそうがっかりするなよ。どうせすぐにこの剣もお前と同様お払い箱だ。なんせ俺たちは今から勇者しか入れないダンジョンに挑むんだからな」
「……『勇者の宿』に?」
『勇者の宿』。クジール神殿の裏手に作られたダンジョンだ。入口には勇者以外の侵入を阻む結界が貼られており、王都内に存在するのにも関わらずその全貌はいまだ明らかになっていない。噂ではかつての勇者が住居として使用していた遺跡。中には勇者が愛用していた聖剣が眠っていると言われている。
「勇者が遺した聖剣、それにお宝。そいつを全部かっぱらってきてやる。何なら一緒に来るか?」
「あぁ、行く」
「無理だよなぁ、お前は魔力も持たないむの……なんて言った?」
「行くって言ってんだろ。ナイフくらいなら持ち歩いてる。今すぐでいいんだよな」
あまりにも平然と同行を希望したシオンに、煽り以外は考えていなかったウォルツの言葉が止まった。信じられないものを見るようなウォルツの瞳に、以前と何も変わらない顔つきのシオンが映る。
「何か勘違いしてないか? 俺は神殿での言葉を撤回するつもりはない。才能なんかで人生を縛られてたまるか。俺の目的は依然魔王の討伐だ」
シオンが啖呵を切った一時間後。シオン、ウォルツ、ドーラ、カイの勇者パーティーはクジール神殿の裏手。『勇者の宿』と呼ばれるダンジョンの前に立っていた。現在では使われていないロストテクノロジーとなった複雑な結界が祠のような入口で侵入者を拒んでいる。
「入るぜ」
だがウォルツが手を伸ばした瞬間結界に小さな穴が開いた。これにより短時間ではあるがダンジョンへの侵入が可能となる。
「うおすげー! マジで開いた!」
「ダンジョンのお宝独り占めでしょ!? ウチ絶対お金持ちになれんじゃん!」
「せこいこと言ってんなよ。俺は勇者だぜ? 金持ちなんかじゃ効かねぇくらいの名声が手に入るんだ。こんなんで満足すんなよ」
熟練の魔法使いですら解けなかった結界が壊れ、ハイテンションで騒ぐウォルツたち三人。その最中シオンが腕を振ると、「ギィー」という断末魔と共にコウモリ型の小型モンスターの死骸が地面に落ちた。
「お前らまともにダンジョンに入ったことないだろ。こいつはサウンドバット。音に反応して飛んでくるモンスターだ。ダンジョンの入口付近にはこういうモンスターがいることが多い。騒ぐなんて論外だ」
ナイフについた血を払いながら、魔力なしにモンスターを討伐したシオンが諫める。
「魔力がなくなろうが数十のダンジョンを踏破した経験、モンスターに対する知識は何も衰えてない。才能がなくてもできることはあるんだよ。俺がお前らをサポートする。だから戦闘は頼んだぞ、勇者様」
大剣使いとは思えないほどに熟練したナイフ捌きを見せたシオンは、逆手にナイフを構えながらゆっくりとダンジョンへと入っていく。すぐに暗闇の中に消えたその背中に、ウォルツは憎々しく吐き捨てた。
「馬鹿にしやがって……後悔させてやる」




