第1章 第1話 神託
人には才能というものがある。自分に向いている能力、職業。自分に適した道というものが。
しかしそれは可視化されるものではない。誰よりも優れた才能があるのにその道に気づかず、未来を潰してしまうケースは枚挙にいとまがない。
故に成功できるかどうかは運の側面が大きい。ただし、『神託』を除いて。
「ただいまより本年度の『神託』を執り行います」
王都の中央に位置するクジール神殿で神父が宣言する。その瞬間神殿の中心部に佇む巨大な偶像の瞳に淡い光が宿った。
「ご存知の通り『神託』とは、遥か昔魔王によって封印されてしまった女神様からの授け物。魔王討伐に必要な才能を目覚めさせる儀式です。さぁ、祈りなさい。若き冒険者の卵たちよ」
手を組み祈りを捧げる姿で封印された十メートルはあろう女神像。その遥か高みから見下ろされるのは、約千人の15歳の若者。彼らは魔王討伐を目的とする冒険者育成学校の中等部を卒業した生徒たちだ。
「やべー……緊張してきた」
「どんな職業が出るかな……」
静まり返っていた神殿内だが、運命の瞬間を前にして生徒たちは口々に不安の言葉を声に出す。『神託』は受けた人間の才能を強制的に開花させるもの。いわばこれから先の人生を決めるに等しい行為。受けない選択肢はないが、恐怖にも似た不安の感情が神殿内に満ちていく。
「じゃーまずウチからね」
そんな空気が渦巻く中、一人の女子生徒が余裕そうな足取りで女神像の前へと歩いていく。ドーラ・オリーブ。チャラチャラしており授業にもまともに出席せず、成績は下位常連。『神託』において失うものが何もない存在だ。彼女はけだるげに両手を組んで祈りの言葉を捧げる。
「えーと、なんだっけ? あーそうそう、『受託』」
『受託』。その言葉を告げると女神像の組まれた手から青く煌々とした光が生まれた。その光は手から手へ。ドーラの組まれた手へと移っていく。その瞬間彼女の全身から大量の魔力が噴出した。
『ドーラ・オリーブよ。貴方の才能は魔導士です』
「魔導士!? 魔法使いの上位職じゃん!? やっば魔力めっちゃ溢れてくる! ウチ最強!」
『神託』の一番のメリット。それは才能を知れることではなく、才能に比例して基礎ステータスが変化することだ。たとえ何の努力をせずとも学年最上位の魔力が与えられる。才能さえあれば。
「……次は私が行きます」
喜びに震えるドーラに続いたのは国王軍第一魔導隊隊長の父を持ち、成績も学年二位というエリート街道を進む女子生徒だ。父の名に恥じぬよう研鑽を続け、魔力総量はベテランの魔法使いと比べても遜色ないほど。そう、魔導士に目覚めたドーラと同程度の魔力を持っている。
「なに? 才能だけでウチに負けそうでビビってんの?」
「っ……! じゅ、『受託』!」
ドーラの煽りに動揺しながらも彼女は祈りを捧げる。そして与えられたのは、ドーラとは異なる黄色い光。その光を一身に受けた身体に変化が起こる。
「魔力が……減ってる……!?」
『貴方の才能は鍛冶屋です。前衛で働く者のための武器を作りなさい』
鍛冶屋。武器や道具の製作を務める職業だ。戦線には出ない完全な裏方職で、必要なのは魔力よりも製造能力。故に製造に必要な分を除いて魔力の大半は剥奪された。これまでの努力などなかったかのように。
「ちょ……ちょっと待ってください女神様! 私の成績は学年二位です! 単純な魔法に限れば一位と言っても過言じゃない! たとえ才能がなかったとしても……!」
「ははは! みっともねぇなぁ。優しい女神様は仰ってくださってるんだ。才能のない奴がいくら努力したって無駄だってな」
今にも泣き出してしまいそうな顔で女神像に縋りつく少女を一人の男子生徒が笑い飛ばす。成績はドーラを凌ぐ万年最下位。素行も意欲もまるでないが、単純な暴力性でカースト上位に君臨する学校きっての不良。ウォルツ・スペード。彼は教会の椅子にふんぞり返って座りながら高笑いを上げる。
「今の魔力量……俺と同じくらいか? どうだよ散々見下してきた奴と同レベルになった感想は。あー鍛冶屋だから手先の器用さはお前の方が上か……くく。来てよかったぜ、エリート様が落ちぶれてく様子を観察できるんだから……」
「『強化』」
この場にふさわしくない罵声を遮るように、短い詠唱が唱えられる。それは誰でも使えるような簡単な能力上昇の魔法。本来はわずかに能力値が上がるだけの魔法だが、魔法の対象となった少女の異常な魔力量はウォルツの息を呑ませるほどだった。
「……エリート様はずいぶん仲がいいこって」
「エリート? 生憎だが俺はそんな器じゃない。ただひたすらに努力を積み重ねただけの凡人だ」
ウォルツの軽口を受け流し、彼の隣に座る少年が立ち上がる。神父のような漆黒のロングコートを翻しながら、彼は女神像の前へと歩いていく。その神聖な様相に神殿の神父の顔がほころんだ。
「おお、君はどこの宗派かな?」
「他力本願に大層な名前を付けるような連中と一緒にしないでもらえますか?」
少年の鋭い瞳に睨まれ、神父が一歩後ずさる。確かに神父を思わせる衣服を着用しているが、十字架のような神に捧げる装飾は見当たらない。代わりに背中に納刀された武骨な大剣が、神殿に差し込む光に照らされ輝いた。
「俺はシオン・オーラ。魔王軍に故郷を滅ぼされて復讐のために生きてきたどこにでもいる一般人です」
魔王討伐のための育成学校ではそういった来歴を持つ人間は決して少なくない。ただ周りと違う点があるとすれば、それは異常な努力量。五歳で故郷の村を滅ぼされてから十年。そのほとんどの時間を復讐のために当て、歴代の学年主席を遥かに上回る実力を有している。そして辿り着いた到達点は、バフ魔法の極致。その実力をよく知っている生徒たちは、シオンの『神託』の瞬間に心を震わせる。
「どんな職業が出るかな……やっぱバフ魔法って言ったら僧侶……その上位職の聖職者か?」
「いやいやだとしたら最上位職の賢者だろ」
「シオンを甘く見るなよ。どう考えても、あれだろ」
「ああ。国内では百年以上も発見されていない全職業の頂点。勇者だろうな」
全能力値において専門職を上回り、魔を退ける身体を持つと言われる伝説の職業、勇者。全世界を探してもわずか三人しか確認されていない魔王討伐における要。シオン・オーラはそんな勇者の次期候補と呼ばれ称されている。しかし当の本人からすれば、そんな話に興味はなかった。
「最初に言っておく。俺は『神託』になんざ興味はない。才能があろうがなかろうがやることは変わらないからな。故郷を滅ぼした魔王軍への復讐。それが俺の全てだ」
シオンの鋭い視線が、一人の人間の人生を狂わせようと表情一つ変わらない女神像を突き刺す。
「だから才能なんてもので人の人生を縛り付ける女神様ってのが気に入らない。俺は覚悟だけで今日まで生き抜いてきた。才能があるかないかなんて考えたこともない。だから才能がないと判断されたとしても魔王軍と戦う覚悟がある奴は俺についてこい。そのために俺のバフ魔法がある。才能なんかなくても俺が活躍させてやる」
長いクジール神殿の歴史で初となる、女神への挑発。それを行うのは史上最強の天才とも謳われる少年。
「『受託』だ、女神。俺が気に食わないのなら裏方職でも渡せばいい。凡人でも未来は変えられるって証明してみせる。だから……」
『はーつっかえ。マジ才能ないわ。さっさと辞めたら?』
そのあまりに突飛な暴言が女神のものだと気づく間もなく、女神像から現れた黒いモヤがシオンの身体を覆い尽くしていく。それが晴れたのは数秒後。だがこの数秒の間に、仁王立ちで女神に向かい合っていたシオンの身体は忠誠を誓うかのように片膝をついていた。
「ははははは! なんだシオンその格好! 直前になって怖気づいたか!?」
「ぐ……ぅ……ぅ……っ」
後方から聞こえるウォルツの煽りにシオンは何も言葉を返せなかった。背中の大剣が、立っていられなくなるほどに重量を増していたから。いや違う。
「魔力が……完全に……なくなってる……!?」
魔力は身体能力に変換できる。ただひたすらに努力を重ねたことで手に入れた膨大なシオンの魔力は百キロを超える大剣の重さを感じないほどまでになっていた。その努力の証明が、完全に消えてしまっている。
『シオン・オーラ。貴方に才能などなにひっっっっとつありません。歴史上類を見ない本当の無能、魔王討伐にまったくもって不要な存在。そのまま消えなさい』
残酷な女神の判決が、顔を上げることすらできないシオンの身体に降り注ぐ。
「『強化』『強化』『強化』……!」
どんな職業だろうと扱うのに不都合ない低級の基礎魔法。バフ魔法を極めたシオンにとって、それは手足を動かすのと同じくらい簡単なはずだった。だが身体から完全に魔力が消え去った今、どれだけ願おうと努力の成果が現れることはない。
「……ざ……けんなよ……女神ぃ……!」
「才能よりも覚悟だっけか? 残念ながらそうじゃなかったよぉだなぁシオン。才能がない奴はいくら努力したって無駄。それが証明されちまったわけだが……『受託』」
片膝をつくだけでは耐えられなくなったシオンの身体が両膝をつき額を床に擦りつけ土下座の体勢に移行していく中、隣に並んできたウォルツの身体が金色の煌々と輝く光に包まれていく。
『ウォルツ・スペード。貴方の才能はまさしく勇者。その輝かしい才能で魔王討伐の灯となってください』
長年共に戦ってきた相棒の重さに耐えきれず意識が薄れゆく中、シオンは隣の何の努力も積み重ねてこなかった不良が一分前の自分と同等の魔力を放ち始めたのを感じていた。
「しょうがねぇよなぁシオン。これが才能の差ってやつだ」
もう指一本も身体を動かせない。言葉を返す余力もない。だが声だけは否が応でも耳に届いてくる。
「お前の役割、俺が奪ってやるよ」
才能がなくても努力で夢は叶えられる。その証明を果たすつもりだった。
だが偽物の勇者候補は本物の勇者に役割を奪われた。今の彼に残っているものは何もない。
「ま……だ……だ……」
出涸らしとなった少年は、最期に言葉を振り絞って力尽きる。
「まだ……終わってない……」
これは全てを奪われた少年が、それでも未来を掴み取る物語だ。




