武侠小説:飲毒相愛
夕闇が迫る廃寺の軒下。
毒見役の少年、青は皿に盛られた真っ赤な果実を静かに口に運んだ。
「……また、外れだ」
背後の闇から暗殺者の少女、蛍が姿を現す。
彼女の指先には常に新しい死の香りが纏わりついている。青を殺すために、彼女はこの三年間、あらゆる毒を練り上げ、彼の食事に忍ばせてきた。
青の体は幼少期からの過酷な修練により、万毒を退ける「万毒不侵」の器へと造り変えられていた。
彼を殺せる毒はこの世に存在せず、また、彼が口にした毒は彼の血肉をより一層、猛毒へと変えていく。
「次は、もっと苦しむやつを作ってあげるわ」
蛍が冷たく笑い、青の隣に座る。
二人は敵対する門派に属し、本来なら出会うことさえ許されない。
だが、蛍が毒を盛り、青がそれを飲み干すその瞬間だけ、二人の孤独は重なり合った。
「楽しみだ。君の毒を飲む時だけ、自分が生きていると感じる」
青は毒に侵され黒ずんだ指先で、蛍の頬を撫でようとした。だが、その手は途中で止まる。
彼の血は今や触れるだけで人を腐らせる猛毒そのものだ。愛おしい者に触れることは、すなわちその命を奪うことを意味していた。
「……ねえ、青。もし私が、あなたを殺せる毒を完成させたら?」
「その時は、君の腕の中で眠らせてほしい。君にしか、僕の命は終わらせられないんだから」
蛍の瞳から一筋の涙がこぼれ、青が食べた果実の上に落ちた。
彼女もまた、毒を練るたびに自らの指先を蝕まれていた。青を殺すための毒を作ることは彼女自身の命を削る行為でもあった。
「いいわ。その時は、私も同じ毒を飲む。あなたの血を一滴残らず飲み干してあげる」
それは、心中よりも残酷な誓いだった。
殺したいほどに愛し、死ぬことでしか一つになれない。二人の間に流れるのは甘い言葉ではなく、絶え間ない殺意と致死量の毒薬。
「じゃあ、また明日。死なないでね、私に殺されるまでは」
蛍は影に溶けるように去っていく。
青は彼女が去った後の冷たい空気の中で、喉の奥に残る痺れるような残滓を反芻した。
毒こそが二人の愛の形だった。
いつか、世界で最も美しい死を分かち合うその日まで、二人は毒を盛り、毒を飲み続ける。




