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もしもウンディーネが地理学を学んだら。水底の精霊は、オンラインマップの夢を見るか ——ウンディーネの現代地理学講座——  作者: もしものべりすと


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第7章 水理学的エクソシズム

ケイの指示は、狂気じみていた。

泥魚の暴れる池の底。

その一点を狙って、物理的に穴を開けろというのだ。

「ここの地層は関東ローム層の下に、れき層がある。

そこには過去の雨水が高い圧力で閉じ込められている!いわば天然の水道管だ!」

ケイはリュックから折りたたみ式のスコップを取り出し、池の端にある古びた井戸の跡へと走った。

「あそこだ!あの古井戸は埋められているが、パイプ自体は生きているはずだ!」

泥魚がケイの動きに気づいた。

「邪魔ヲ……スルナァァ!」

巨大な尾びれがケイを薙ぎ払おうとする。

「させない!」

ミズハが割り込んだ。

水を使えないなら、物理で止めるしかない。

彼女は周囲の砂利を巻き上げ、即席のつぶての嵐を作って泥魚の視界を奪った。

「ケイ、急いで!」

「わかってる!」

ケイは古井戸の蓋となっているコンクリート板の隙間に、バールのような金具をねじ込んだ。

錆びついた金属音。

「くそっ、硬い……!ミズハ、ちょっとだけ潤滑油代わりに水をくれ!」

「注文が多いわね!」

ミズハは指先から一滴、高純度の精霊水を弾き飛ばした。

それは弾丸のように飛び、金具の隙間に着弾して滑りを良くした。

「開けぇぇぇッ!」

ケイが全身の体重をかけると、ゴガァッという音と共に蓋がズレた。

その瞬間。

プシューーーッ!圧縮されていた空気が抜ける音がした。

しかし、水は出ない。

「ケイ、水が出ないわよ!?」

「当たり前だ、まだ栓が抜けてない!呼び水が必要だ!」

ケイはリュックから自分のステンレスボトルを取り出した。

中にはまだ、ミズハが浸かっていた残りの水が入っている。

「ミズハ、君の残り湯だが、有効活用させてもらうぞ!」

「言い方!」

ケイはボトルの中身を、井戸の暗闇へと一気に注ぎ込んだ。

精霊の魔力が溶け込んだ水が、地下深くの眠れる水脈へと到達する。

それは起爆剤となり、帯水層のバランスを崩した。

ゴゴゴゴゴ……。

地鳴りがした。

次の瞬間、井戸の口から、龍の咆哮のような轟音と共に、白濁した水柱が噴き上がった。

**自噴(ArtesianWell)**だ。

圧力から解放された地下水が、数メートルの高さまで吹き上がる。

「ミズハ、やれ!この水はお前の眷属だ!」

言われるまでもない。

ミズハは噴き上がった清冽な地下水に飛び込んだ。

(ああ、なんて冷たくて、力強い……!)それは数十年、あるいは数百年、地下の暗闇で濾過され続けてきた純粋な水だった。

都市の汚れを知らない、太古の記憶を持つ水。

ミズハの霊体が輝きを取り戻す。

彼女は水柱と一体化し、巨大な水の龍となって泥魚を見下ろした。

「長い間、苦しかったわね。

もう眠りなさい」

慈悲の言葉と共に、水の龍が泥魚を呑み込んだ。

激流が泥を洗い流し、ゴミを引き剥がし、ヘドロを浄化していく。

断末魔は聞こえなかった。

代わりに、ほぅ、という安堵の溜息のような音が響き、泥魚はサラサラとした砂へと還っていった。

水柱が収まると、そこには美しい水を湛えた池が復活していた。

ミズハは水面に降り立ち、ずぶ濡れになって座り込んでいるケイに微笑みかけた。

「……やるじゃない、地理学者」

「……計算通りだ」

ケイは眼鏡を外し、震える手でレンズを拭いた。

強がりを言っているが、その顔は蒼白だ。

生身の人間が精霊同士の喧嘩に介入するなど、命がいくつあっても足りない。

「でも、これでわかったわ」

ミズハは池の水面を撫でた。

「この街にはまだ、これだけの水が眠っている。

人間が見ていないだけで、地下には血管のように水脈が生きている」

「ああ。

それを可視化し、管理し、共存の道を探るのが僕の……僕たちの仕事だ」

僕たち。

その言葉に、ミズハは少しだけ胸が高鳴るのを感じた。

「さあ、帰ろう。

論文のネタがまた一つ増えた」

「待って、その前にこの池、どうするの?また枯れちゃうわよ」

「役所に『湧水復活の報告書』を出して、保全地区指定を申請する。

手続きは面倒だが、それが現代の『結界』の張り方だ」

ケイは立ち上がり、泥だらけのジャケットを払った。

夕日が差し込み、復活した池の水面を黄金色に染めていた。

それは、二人が初めて共有した「美しい景色」

だった。

しかし、彼らはまだ知らなかった。

この一件が、都市の地下で進行している、より巨大な計画のほんの予兆に過ぎないことを。

地下深く、大深度地下開発の現場で、ある企業が禁忌の地層レイヤーを掘り起こそうとしていることを。


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