第2章外伝2 分岐 2-9話 Bad End 沈黙の収穫、あるいは「爆ぜる食卓」
(視点:アル・エルンスト/ifルート)
「――D区画、魔素濃度限界突破。これ以上放置すれば、自然崩壊(自爆)の危険があります」
早朝の畑。 俺は、重力を無視して浮遊する「結晶化ニンジン」を前に、冷徹に計算機を弾いていた。
隣では、レリア先生が青ざめた顔で立ち尽くしている。 ネーヴが測定器を見て、首を横に振った。
「……危険。 接触禁止。エネルギー障壁、展開されてる。 触れば、弾かれる」
「悠長なことは言っていられませんね」
俺は即断した。 このニンジンは、エルフたちを救うための「薬」の材料だ。 一刻も早く収穫し、成分を抽出し、加工しなければならない。 「野菜の機嫌」を伺っている時間など、コストの無駄だ。
「ネーヴ。 ノームを使って『強制固定』を行え。魔力障壁を物理的にこじ開ける」
「……了解。 ノーム、突撃。対象を確保せよ」
俺の指示に従い、ノームたちが無機質に動いた。 彼らは手に持った工具で、ニンジンの周囲に展開された見えない壁を、強引に剥がしにかかる。
バチッ! バチバチッ!!
火花が散る。 ニンジンが、嫌がるように震え、明滅を繰り返す。 まるで「やめてくれ」と叫んでいるようだが――俺はそれを「ノイズ」として処理した。
「抵抗は無意味だ。 お前たちはただの『リソース』だ。 我々の生存のために、効率的に消費されるべきだ」
俺は強化魔法をかけた手で、光る葉を乱暴に掴んだ。 バチッという痛みが走るが、無視する。 そのまま、力任せに引き抜く。
「いただきます」なんて、甘っちょろい言葉はいらない。 これは「収奪」だ。
ブチブチブチッ……!!
根が千切れる音がした。 そして――
「ギ、ギギギ……ギャアアアアアアアアアアッ!!!!」
断末魔。 マンドラゴラの悲鳴なんて生易しいものではない。 ガラスを爪で引っ掻いた音を、数千倍に増幅したような、魂を削る絶叫。
「ぐっ……!?」
レリア先生が耳を押さえてうずくまる。 ネーヴがよろめく。 ノームたちが霧散して消える。
俺の手の中で、引き抜かれたニンジンが、ドス黒く変色していく。 美しいオレンジ色の輝きは失われ、まるで壊死した肉のように腐り落ち、ドロドロの液体となって流れ落ちた。
ジュワァァ……。
液体が地面に落ちると、そこから黒い煙が上がった。 毒だ。 拒絶と怨嗟が凝縮された、猛毒のヘドロ。
「……失敗、か」
俺は、ただの「汚物」と化した元・ニンジンを投げ捨てた。
◆
その後、畑のニンジンはすべて連鎖的に枯死した。 「恐怖」が伝染したのだ。
材料を失ったリゼラ先生は、特効薬の味(泥味)をごまかすことができず、 文化祭での「スープ作戦」は中止された。
エルフたちは薬を飲まず、無気力のまま。 エリシア殿下の歌も、空腹と不快感に支配された彼らの心には届かなかった。
祭りは失敗し、森は再び静寂に包まれた。 誰も笑わず、誰も救われない、冷たい森へ。
俺は、枯れた畑の前で立ち尽くす。 計算は正しかったはずだ。最短手順で、最大効率で収穫しようとした。 なのに、手元には何も残っていない。
「……ああ。 挨拶が、抜けていたのか」
命を奪うことへの、最低限の敬意。 その非合理な「一手間」こそが、魔法を完成させる鍵だったのだと、 すべてが手遅れになった後で、俺は気づいたのだった。
――外伝・完




