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第2章38話 姉妹の証明、あるいは「計算外」の愛

怪物の鋭い爪が、ネーヴの頭上に迫る。  ネーヴは動けない。恐怖で足がすくんでいる。


「――させないッ!!」


 叫んだのは、私ではない。  瓦礫の陰から飛び出した白衣の影――リゼラだった。


 ドスッ!!


 鈍く、嫌な音が響いた。  リゼラの背中が赤く染まる。彼女はネーヴを突き飛ばし、その身代わりとなって爪を受けたのだ。


「……ぐ、ぅ……!」


 リゼラが崩れ落ちる。  赤い飛沫が石畳に散った。


「……おねえ、ちゃん……?」


 ネーヴが、信じられないものを見る目でリゼラを見上げる。  あの冷徹な研究者が。  「効率」と「データ」しか愛さないはずの彼女が、身を挺して妹を守った。


 リゼラは血を吐きながら、それでもニヤリと笑った。  いつもの、憎まれ口を叩く時の顔で。


「……ボサッとしてんじゃないわよ、バカ妹。  あんたは『希望(抗体)』なんでしょ……?  父さんが命がけで守った『未来』が……こんなところで、壊れてんじゃないわよ……!」


 リゼラの手が、パタリと落ちた。  意識を失った姉を抱きしめ、ネーヴが獣のような慟哭を上げる。


 その声が、私の腹を括らせた。


 (……よくも)


 怒りが、頭の芯まで冷たく染み渡っていく。  私は王女だ。教師だ。  私が守るべき場所で、私の大事な生徒かぞくたちを傷つけた。


「……よくも、私の大事な生徒たちを!!」


 私は杖を掲げ、残る全魔力を解放した。  手加減も、学校への被害も、もう考慮しない。  私の生徒を傷つけた代償は、高くつくわよ。


「来なさい! 大地の守護者ギガント・ゴーレム!」


 ズドォォォン!!


 広場の石畳が爆ぜ、巨大な岩の腕が突き出した。  瓦礫が集まり、校舎ほどもある巨人が顕現する。  私の怒りをコアにした、破壊の化身。


「潰れなさいッ!!」


 ゴオォォォッ!!  ゴーレムの剛腕が、大気を引き裂いて怪物に叩きつけられた。


 バキィッ!!


 轟音。土煙。  怪物は為す術もなく吹き飛び、世界樹の根元に叩きつけられ――さらにゴーレムの追撃が襲う。  マウントを取り、その拳で何度も、何度も、原形がなくなるまで殴りつける。


 ドスン! ドスン! ドスン!


 黒い泥が飛び散り、怪物の形が崩れていく。  圧倒的な質量暴力。これなら、再生する隙すら与えないはず――。


「……はぁ、はぁ……やった、か?」


 私は肩で息をする。魔力が底をつきかけて、視界が揺れる。  土煙が晴れていく。  そこには、ぺしゃんこになった黒い泥の残骸があるだけだった。


 ――ジュルル。


 耳障りな水音が、静寂を破った。


「……なっ!?」


 潰れたはずの泥が、まるで生き物のように蠢き、集まっていく。  世界樹の根から吸い上げられた魔力が、青白い光となって泥に供給される。    瞬きする間もなかった。  泥は再び人の形を成し、無傷の「ザハル」となってそこに立っていた。


「……無駄デス」


 怪物は、埃を払う仕草さえ見せず、無機質な銀色の瞳で私を見下ろした。


「物理的ナ破壊デハ、コノ星ノ『循環システム』ハ止メラレマセン。  我々ハ世界樹ソノモノ。無限ノリソースヲ持ツ管理者デス」


 怪物が、指先をすっと持ち上げる。  それだけで、私のゴーレム――全魔力を込めた守護者が、内側から黒い棘に貫かれ、砂のように崩れ去った。


「……あ」


 膝から力が抜けた。  勝てない。  こちらの全力は、あちらにとっての「誤差」ですらなかった。


 会場のエルフたちが、生徒たちが、絶望に顔を歪めて後ずさる。  リゼラは血の海に沈み、ネーヴは動かなくなった姉の手を握りしめて泣き崩れている。


「終ワリデス。  感情ニ任セタ抵抗ナド、非効率ナ徒労ニ過ギナイ」


 怪物の背中から、無数の黒い触手が鎌首をもたげる。  その矛先は――私と、リゼラと、ネーヴ。  ここにいる全員に向けられていた。


「サンプル回収、オヨビ掃除ヲ開始シマス。  ……サヨウナラ、旧人類」


 黒い刃が、無慈悲に振り下ろされる。  私は目を閉じた。  ごめん、みんな。守れなかった。


(第38話 完)

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