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第2章36話 世界樹の宝石と、二人の姫君

(視点:レリア/第3教室担任)


 ポーォォォォッ!!!


 文化祭当日の朝。  世界樹の森の朝霧を切り裂いて、野太い汽笛が響き渡った。


「……来たわね」


 河岸に接岸したのは、黒鉄の魔導蒸気船。  タラップが降ろされると同時に、静まり返っていた会場の空気が、一気に張り詰めた。


 会場に集まっていたエルフの生徒や保護者たちが、露骨に眉をひそめる。  「人間だ」「鉄の臭いがする」「野蛮な蒸気船なんて……」  彼らにとって人間は、森を汚し、争いを持ち込む「穢れた種族」だ。歓迎ムードなど微塵もない。


 ズシン、ズシン。


 そんな冷ややかな視線の中、最初に降りてきたのは、身長2メートル超の巨漢。  顔には歴戦の傷跡。右足には、蒸気を噴き出す無骨な魔導義足。


「――ここが妖精の国か。  ……ちっ、森ばっかりで飛び回りやすそうな木が多いな」


 ガルド・アイアンレッグ隊長。  その凶悪な面構えに、最前列のエルフたちが「ひっ」と息を呑んで後ずさる。  恐怖と嫌悪。決定的な断絶。


 だが、その巨漢が恭しく道を開け、手を差し伸べた先に――  朝日のように輝く少女が現れた瞬間、その場の空気が変わった。


「……ありがとう、ガルドさん」


 エリシア王女。  旅装を解き、純白のドレスに身を包んだ彼女が、タラップの上に立った。


 その胸元には、淡い緑色の光を放つ宝石――**「世界樹のペンダント」**が輝いている。


■ 姫君の礼節


 エリシアは、アルが駆け寄ろうとするのを視線で制し、真っ直ぐに私の元へと歩み寄ってきた。  その足取りは優雅で、森の地面を踏みしめる音さえ立てない。


 私の目の前で、彼女は足を止め、完璧なカーテシー(臣下の礼ではなく、対等な貴人への礼)を披露した。


「はじめまして、レリア先生。  人間の国より参りました、エリシアと申します。  ……この度は、我らのような“異邦人”を森へ招いていただき、心より感謝いたします」


 澄んだ声。  まるで鈴を転がすようなその響きに、ざわついていたエルフたちが口をつぐんだ。


「……ようこそ、エリシア殿下。  お噂はかねがね」


 私が答えると、エリシアはふわりと微笑んだ。


「アル君がお世話になっております。  彼が送ってくれた手紙には、いつも先生のことが書かれていました。  『厳しくて、怖くて、でも誰より生徒思いの素敵な先生だ』と」


「……あの子、あとで減点ね」


 軽口を叩きつつも、私は舌を巻いていた。  この子、分かっている。  いきなりアルと馴れ合うのではなく、まずはこの場の責任者(私)に敬意を払うことで、「礼節を知る人間」であることを周囲に示したのだ。


■ 世界樹の承認


 しかし、エルフたちの警戒心はまだ消えない。  遠巻きに見ていた古い考えの長老たちが、ボソボソと囁き合う。


「……言葉遣いは丁寧だが、所詮は人間だ」 「森の気が乱れる。穢らわしい」


 その冷たい声を、エリシアも感じ取ったはずだ。  けれど彼女は怯むどころか、胸元のペンダントに手を添えて、静かに彼らの方を向いた。


 その瞬間。  ペンダントが、フォワン……と温かい波動を放った。


「……ッ!?」


 長老たちが目を見開く。


「あの輝き……まさか、**『世界樹の琥珀』**か!?」 「馬鹿な。あれは森に愛された者しか持てぬ秘宝……なぜ人間が?」


 ざわめきが驚愕に変わる。  そう、彼女が身につけているのは、かつてアルが持ち帰り、東の匠トルノスが「贖罪」として新たに、世界樹の樹液で作り直した最高傑作だ。  その宝石は、彼女の魔力と共鳴し、周囲のエルフたちに「同質の波長(仲間としての匂い)」を伝播させていた。


(……なるほどね。  ただの人間なら弾かれる。でも、“世界樹の一部”を纏った彼女は、森の一部として認識される)


 アルとトルノスの用意した「パスポート」は、効果絶大だった。


■ 王女の「毒見」


「さて! ご挨拶はこれくらいにして!」


 空気を変えるように、ガルドがパンと手を叩いた。


「殿下は『祭り』を楽しみに来たんだ。  案内頼むぜ、アル坊!」


「はい! こちらです殿下!」


 一行が最初に向かったのは、南エリア――ゴブリンたちの屋台だ。  彼らが売っているのは、北の郷土料理「泥団子風・肉巻きおにぎり」。  見た目が完全に泥団子なので、潔癖なエルフたちは誰も寄り付かず、蔑みの目を向けていた場所だ。


「……ヒ、ヒメサマ。コレ、ウマイ……ケド」


 ゴブリンのハコブが、エルフたちの視線に怯えながら、震える手で商品を差し出す。  周囲のエルフが「やめなさい!」「汚らわしい!」と悲鳴を上げる。


 だが、エリシアは迷わなかった。


「ありがとう。いただきます」


 パクッ。


 彼女は大きく口を開けてかぶりついた。  口の端にタレをつけながら、咀嚼し、そして――


 パァッ、と花が咲くように笑った。


「……ん! 美味しい!  大地の味がします。アル君の領地の、懐かしい味!」


 その笑顔と言葉には、嘘がなかった。  ペンダントが再び光り、彼女の「美味しい」という感情を、純粋な魔力の波として周囲に拡散させる。


「……!」


 それを見たエルフたちが、息を呑んだ。  穢れているはずの人間が、魔物が作った泥団子を食べて、あんなにも清浄な光を放っている。  それは彼らの「偏見」を、根底から揺さぶる光景だった。


「……彼女は、何者だ?」 「人間なのに、森の味がわかると言うのか?」


 次に彼女が向かったのは、ネーヴの「魔菜ブース」。  不気味に歌う大根を、彼女は「元気なお野菜ね」と笑ってかじりついた。


 ギャッ!! という悲鳴と共に飲み込むその姿に、リゼラが感心したように呟く。


「……強いわね。  ペンダントの力だけじゃないわ。あの子自身が、異物を受け入れる『器』を持ってる。  あれは――私たち(ハイエルフ)よりも、よっぽど世界樹に近い感性よ」


■ 壁が溶ける音


 エリシアが笑い、ガルドが豪快に笑い、それを見たアルが嬉しそうに頷く。  その「楽しそうな熱量」は、ペンダントの増幅効果も相まって、確実に周囲へ伝染していった。


 一人のエルフの子供が、母親の手を引いてゴブリンの屋台に近づく。  「……お姫様が食べてたよ?」  「きれいな人だったね……」


 母親はためらい、しかしエリシアの胸で輝く緑色の光を見て、財布を出した。  「……一つ、ください」


 それが、合図だった。  エルフたちが、恐る恐る、しかし興味を持って動き出す。


 「礼節」で入口を突破し、「アイテム(世界樹の樹液)」で警戒を解き、「行動」で心を掴む。  完璧だ。


「……やるじゃない」


 私は腕を組んで、その様子を眺めた。  エリシアは、ただ遊んでいるわけじゃない。  自分の行動一つ一つが、「安全の証明」になることを知って、王族としての戦いをしている。


 アルが、エリシアの手を取ってステージの袖へとエスコートした。


「……行けますか、殿下」


「ええ。任せて」


 エリシアは、胸元の宝石をぎゅっと握りしめた。


「アル君たちが作ったこの場所を、  私の歌で、完成させてみせるわ」


 私は舞台袖で、マイク(拡声魔導具)を握った。  いよいよ、メインイベント。  この森の無関心を吹き飛ばす、一世一代のライブの始まりだ。


「さあ、注目!!  これより、世界樹祭・フィナーレ!  **『星と森の歌会』**を始めます!!」


 私の宣言と共に、  世界樹の葉が、ざわざわと期待に震えるように揺れた。

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