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第9話 王女暗殺未遂と、少年の“領地”への目覚め

「……あの。本当に、ここでよかったのでしょうか?」


 おずおずと声を上げたのは、この国の王女殿下、エリシアその人だ。  


場所は、私の参謀室。  


相変わらず本と機械部品と酒瓶が地層のように積み重なった、王城一の魔窟である。


「ええ、ここが一番安全よ。散らかりすぎてて、盗聴器を仕掛ける隙間もないから」


 私は椅子にふんぞり返り(足が床に届かないので組めないのが悔しい!)、目の前の三人を見渡した。


 ソファーの真ん中に、緊張した面持ちのエリシア。  


その右に、膝の上で拳を強く握りしめているアル。  


左には、涼しい顔で紅茶(私が淹れた極上品)をすすっているルシア。


 昨日の今日だというのに、怪我ひとつない。


若さって素晴らしいわね。  


だが、アルの顔色だけは優れない。


「エリシア。堅苦しい挨拶は抜きにしましょう。  今日は『王女と臣下』じゃなくて、『助けられた女の子とお礼を言いたい同級生』の会よ」


 私が言うと、エリシアはほっと息を吐き、隣の少年の方を向く。


「……アル君。そしてルシアさん。  昨日は、本当にありがとうございました」


 深々と頭を下げる王女。  


アルが顔を上げた。その瞳は、いつもの飄々とした光ではなく、暗く沈んでいた。


「……礼には及びません、殿下。  俺は、何もできませんでしたから」


「え?」


 エリシアが目を丸くする。


「そんなことないわ! アル君が一番に飛び出してくれなかったら、私は……」


「いいえ」


 アルは、頑固に首を横に振った。


「サンドワームを倒したのは、ルシアの魔術と、駆けつけた警備兵です。  俺は、ただ突っ込んで、時間を稼いだだけだ。  ……もし、ルシアがいなかったら。もし、警備兵の到着が遅れていたら。  俺の『個人の力』なんて、あの巨大な暴力の前では紙切れ一枚と同じでした」


 室内の空気が、ピリリと張り詰める。  ルシアが紅茶のカップを静かに置いた。


「……アル。それは、傲慢というものよ。  一年生が単独で大型魔獣を倒せなかったからって、落ち込む必要はないわ」


「違うんだ、ルシア」


 アルは顔を上げ、私の方を真っ直ぐに見た。


「先生。俺、勘違いしてました。  鍛えて、強くなって、武器を使いこなせれば……『誰か』を守れると思ってた。  でも、今回の敵は魔獣だけじゃなかった」


 私はニヤリと口角を上げる。  気づいたか。


「……続けて?」


「ペンダントのすり替え。情報の漏洩。森への誘導。  敵は『組織』で動いていました。システムとして、殿下を殺しに来た。  それに対して、俺一人がどれだけハルバードを振り回したって、根本的な解決にはならない」


 アルの拳が、ギリリと音を立てる。


「“個”の武力じゃ、“組織”の悪意には勝てない。  本当に守りたかったら、こちらも同等かそれ以上の『基盤』を持たなきゃダメなんだ」


 その言葉に、私は背筋がゾクリとするのを感じた。  12歳の子供が吐くセリフじゃない。  


これは、為政者の視点だ。


「……だから、悔しいんです」


 アルは、噛み締めるように言った。


「今の俺には、帰るべき『領地』がない。  兵もいない、金もない、情報網もない。ただの『元・領主の息子』だ。  先生やセリナさんに頼りきりで、自分では何一つ盤面を動かせない」


 彼は、エリシアとルシアを見回し、宣言するように言った。


「俺は、力が欲しい。  剣の腕だけじゃない。  人を動かし、物を運び、情報を集め、敵の『仕組み』そのものを叩き潰せるような……  そういう、『俺たちの場所(領地)』という力が」


 エリシアが息を呑む。  ルシアが、少しだけ目を細めて微笑む。


 (……化けたわね)


 私は、隠していたウイスキーの瓶をデスクの下で撫でた。  ただの「無鉄砲なヒーロー志望」が、今ここで死んだ。  そして、「領主」としての覚悟が産声を上げたのだ。


「いい気づきよ、アル」


 私はパン、と手を叩いて空気を変えた。


「悔しさは、全部糧にしなさい。  足りないなら作ればいい。  金も、人も、組織も――そして『最強の領地』もね。  そのために、私がいるのよ」


 アルの目に、強い光が戻る。


「……はい。  夏休み、俺は旧領に戻ります。  あそこを、ただの廃墟にはしておきません。  まずは水から。そして、人が住める『基盤』を作ります。  それが、俺の戦いの第一歩です」


 その宣言は、部屋にいる全員の胸に深く刻まれた。


 エリシアが、そっとアルの手に自分の手を重ねる。


「……私も、応援するわ。アル君が作る場所、見てみたい」


「ふふ、楽しみね。私も一口乗ろうかしら」


 ルシアも軽口を叩くが、その目は本気だ。


 (まったく。   陰謀の事後処理だっていうのに、未来の話しかしやがらない)


 私はやれやれと肩をすくめつつ、  内心では、かつてない高揚感に震えていた。


 この少年は、やるぞ。  


ただの復興じゃない。  


この国を、世界をひっくり返すための「拠点」を、本気で作る気だ。


 「さあ、解散! 湿っぽい話は終わり!  アルは今の言葉、忘れるんじゃないわよ。  次回のレポート課題は変更。『領地再建における初期優先順位と組織論について』、原稿用紙十枚!」


「ええーっ!? 増えてる!?」


 悲鳴を上げて逃げ出すアルと、笑う少女たち。


 扉が閉まり、静寂が戻る。


 私は新しい酒瓶を開け、トクトクとグラスに注いだ。


「……あいつらの親に、乾杯」


 氷がカランと鳴る音が、  これからの激動を予感させるように、夜の静けさに溶けていった。


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