第2章 第34話 大人を頼りなさい、あるいは「空飛ぶ伝説」の威圧交渉
(視点:エリシア/王都・王宮)
「――却下です。ありえません」
王宮の会議室。 宰相閣下の冷ややかな声が、重々しく響きました。
「王が今、病床に伏しておられる中、一人娘であるあなたが海を渡るなど、言語道断。 ……あちらは鎖国に近い状態のエルフの国ですぞ。下手をすれば外交問題になります」
円卓を囲む大臣たちが、一斉に頷きます。 正論です。ぐうの音も出ないほどに。
私の手元にあるのは、アルから届いた一通の手紙。 『世界樹の下で、みんなが笑える場所を作りたい。力を貸してほしい』という、彼らしい真っ直ぐなSOS。
隣に座るドワルガ参謀が、不機嫌そうに足を組んでいます(足が床に届いていないのが少し可愛いけれど、今は言えません)。
「宰相。これは外交ではありません。 妖精大陸の技術交流という名目の『視察』です。 それに、あちらで起きている“異常事態(無気力症)”の解決は、我が国にとっても利益になるはずですが?」
「リスクが高すぎます」
宰相は頑として首を縦に振りません。
「それに、護衛はどうするのです? 聖騎士団は再編中で動かせない。近衛だけでは心許ない。 王女殿下を危険に晒すわけにはいきません」
……悔しい。 アルが頑張っているのに。 ネーヴさんがノームたちと会場を作っているのに。 私だけ、また「安全な場所」で指をくわえて待つしかないの?
私が唇を噛み締めた、その時でした。
ズシン、ズシン。
会議室の廊下から、重たい、金属音が近づいてきました。 衛兵が止める声も聞こえません。
バンッ!!
扉が押し開けられ、巨大な影が入ってきました。
「――護衛なら、俺がいるでしょうが」
その男を見て、大臣たちが息を呑み、椅子から腰を浮かせました。
「そ、その顔の傷は……!?」 「まさか、あのガルドか!? かつての武闘会優勝者にして、凶悪な傭兵団長……!」
身長2メートル超の巨躯。 右足には、鈍く輝く魔導義足。 背中には、奇妙な形状の布(滑空用ケープ)を纏っています。
ガルド・アイアンレッグ隊長です。
■ 伝説の威圧感
「ガ、ガルド殿! ここは御前会議の場ですぞ!」
宰相が狼狽えます。 無理もありません。彼は昔から「防御を捨てて突っ込む変わり者」として有名でしたが、最近ではさらに奇妙な噂が広まっています。
「き、聞いているぞ……! 最近北の森で、部下を引き連れて空を飛び回っている**『ムササビ部隊』**の隊長だと!」 「義足で空を飛ぶなど、正気の沙汰ではない!」
大臣たちがざわめきます。 アルのお父様に忠誠を誓い、北の領地に骨を埋めると言った彼が、ドワルガ参謀の技術とネーヴさんの発明で「空飛ぶ狂犬」へと進化していることは、王都でも有名な話なのです。
ガルドさんは、大臣たちの視線をものともせず、私の前に進み出ると、義足を鳴らして片膝をつきました。
「殿下。お迎えに上がりました」
「ガルドさん……!」
「アル坊ちゃんから手紙をもらいましてね。 『舞台を作りたいけど、手が足りない』と。 ……あいつが俺たちを頼ってくれたんです。行かない理由がねぇ」
ガルドさんは立ち上がり、宰相をギロリと睨みつけました。
「おい、宰相。 あんた、殿下の身が心配だと言ったな?」
「そ、そうだ! 万が一のことがあれば……」
「俺がいると言っている」
低い、地響きのような声。
「この右足が砕けるまで、殿下には指一本触れさせねぇ。 かつて武闘会で暴れ回り、北の魔獣も蹴散らしてきたこの俺が、護衛として不服か?」
「い、いえ! 滅相もございません!!」
宰相の顔色が青から白へ変わります。 国民的英雄であり、最強の変わり者でもある彼に逆らえる人はいません。
ドワルガ参謀が、ここぞとばかりに畳み掛けます。
「護衛の問題は解決ね。 次は技術者だけど――」
参謀が指を鳴らすと、廊下からゾロゾロと男たちが入ってきました。 かつてドワルガ参謀が私財を投じて救い、ネーヴさんが義手を与えた職人たち。 **「ドワルガ魔導義肢工兵隊」**の皆さんです。
「俺たちも行きますぜ!」 「ガルド隊長のシゴきに耐えた俺らなら、どこへだって行けます!」
彼らの義手義足が、カシャンカシャンとやる気に満ちた音を立てています。 そう、彼らはガルドさんに鍛え上げられた、北の精鋭たちでもあるのです。
「彼らは民間人よ。軍の命令系統には属さない。 私の『私兵』として、殿下の荷物持ちをするだけ。……文句ある?」
参謀がニヤリと笑うと、大臣たちは完全に沈黙しました。 暴力と権力と技術力(工兵隊)。 この三つを前にして、反対できる人なんていません。
■ 大人を頼れ
会議の後。 中庭で出発の準備をするガルドさんに、私は駆け寄りました。
「ガルドさん! ありがとうございます!」
「礼には及びませんよ、殿下」
ガルドさんは、ぶっきらぼうに、でも優しく笑いました。
「……本当はね。アル坊ちゃんは、俺たちを呼ぶのを迷ってたみたいなんです」
「え?」
「手紙に書いてありました。 『みんな忙しいのに、こんなワガママ言っていいのかな』って」
アルらしい。 いつも「自分でなんとかしなきゃ」って、背負い込みすぎる。
ガルドさんは、私の頭に大きな手をポンと置きました。
「だから、俺たちが押しかけるんです。 子供が困ってる時に、助けに行かない大人がどこにいますか」
ドワルガ参謀も、腕を組んで頷きます。
「そうよ。 あの子たちは優秀だけど、まだ子供。 政治の壁や物理的なマンパワー不足は、大人が泥をかぶって解決してやるのが筋ってもんでしょ」
参謀は私を見て、ウインクしました。
「エリシア。あなたもよ。 『王女だから』って我慢するのはおやめなさい。 行きたいなら行く。歌いたいなら歌う。 そのための道を作るために、私たちがいるんだから」
――大人を、頼りなさい。
その言葉が、胸にじんわりと染み込みました。 私は一人じゃない。アルも一人じゃない。 私たちの後ろには、こんなにも強くて、温かい大人たちがいてくれる。
「……はい!」
私は大きく頷きました。
「行ってきます! アル君と一緒に、最高の文化祭にしてきます!」
「おう! 任せとけ!」
ガルドさんが、新型義足のブーストをふかしました。 ブォン!! と勇ましい音が響きます。
北の職人たちと、最強の護衛を引き連れて。 王女エリシア、いざ妖精大陸へ出発です!
(待っててね、アル。 最高の舞台と、最強の応援団を持っていくから!)




