第2章 第31話 戦闘バナナ敗北、りんご合格
(視点:リゼラ/特別研究棟主任)
「……それ、本当に食べさせるんですか?」
地下実験室のドアを開けるなり、ルシアが“今日の生贄”みたいな顔でそう言った。
「ええもちろん」
私は白衣のポケットに手を突っ込み、さらっと答える。
「あなた、こっちの学校に入学してだいたい一ヶ月。 魔樽の研究も進んだし、そろそろ“次の商品”を試す頃合いでしょう?」
「いや、そういう記念イベントいりませんからね?」
そう言いながら、ルシアの視線はテーブルの上に鎮座する物体に吸い寄せられていく。
つやつやと黄色く光る、一本のバナナ。 ただし、皮の表面に血管のような魔力脈が浮き出ている。
「今日の“次の商品”って…… この黄色い悪魔のことですか?」
そこへ、リオが元気よく宣言した。
「はいっ! 本日の実験テーマは―― 『戦闘バナナ』と『北りんご』の魔族適性テスト!」
ルシアの顔が、秒で曇る。
「……バナナから逃げる権利はありませんか?」
「ありません」
私は即答した。
「逃げてもバナナは追ってくるわ(※追尾機能付き)」
「ホラーなんですけど!?」
横で黙っていたアルが、腕を組んだまま淡々と補足する。
「戦闘バナナは、人間と獣人には有効な強化素材なんだ。 ただ、魔族との相性だけデータがない。 ……貴重なサンプル(ルシア)を無駄にはできない」
ネーヴは魔力計の針をカチカチ調整しながら、小さくひとこと。
「……すぐ終わる。 たぶん、死なない」
「今“たぶん”って言いましたよね!? 自信ないんですか!?」
そんなルシアの悲鳴をBGMに、本日の実験は幕を開けた。
■ 基礎確認:魔族の胃袋事情
リオが、真面目な顔で手を挙げる。
「じゃ、まずは基礎確認からいきましょう。 普通の食べ物を見たとき、ルシアさん、食欲は?」
「湧きません」
即答だった。
「そもそも、魔素を含んでない食べ物は“食べ物”に見えないんです。 道端の石とか、スポンジとか見てるのと変わりません」
「なるほどね」
私は頷く。
「じゃあ、礼儀とか付き合いで無理して食べたら?」
「……気持ち悪くなって、数分以内にトイレへダッシュです。 体が全力で拒否反応を起こします」
実験室に、一拍の沈黙が落ちる。
「ふむ」とアル。
リオがノートにさらさらと書き込む。 『魔族:魔素なし食物=生理的拒絶。摂取時は嘔吐による強制排出』
ルシアがじと目になった。
「その一文だけ読むと、ものすごく残念な生物みたいなんですけど?」
「事実だから仕方ないわ。 ついでに、トイレ事情も整理しておきましょうか」
「え、まだ掘り下げるんですかこれ!?」
「研究よ。恥じらいは捨てなさい」
ルシアは観念したようにため息をついた。
「……基本的に、トイレには行きません。 魔石と魔力循環がメインなので、老廃物はほとんど出ないんです。 行くときは――“戻すとき”だけです」
再び、静寂。 ネーヴがぽつりと言った。
「……効率的」
「効率的ですけど、乙女として終わってる気がします……」
■ 実食:黄色い悪魔
「ともあれ、戦闘バナナね」
私は一本を皮ごと剥き、中身を一口サイズに切ってルシアの皿に置いた。 果肉からも、ムワッと濃厚なエネルギーの匂いが立ち上る。
「さっきから視線だけで殴られてる気がするんですけど」
「安心して。 噛まなくてもいいから、舌にちょっと触れさせるだけでいいわ」
「どこが安心なんですかそれ……」
ぶつぶつ言いながら、ルシアはフォークでごくごく小さくひとかけを刺す。 そして、戦場に向かうような覚悟を決めて―― 舌の先に、ちょん、と乗せた。
一秒。 二秒。 三秒。
「――はい無理です!!!」
ガタッ!!
椅子を弾き飛ばす勢いで立ち上がると、ルシアはそのままドアへ全力疾走して行った。 見事なスタートダッシュだ。
「左の扉が一番近いわよー」とだけ声をかけておく。
バタン、と音を立ててドアが閉まり、しばしの静寂。
やがて、控えめなノック。
「……失礼しました。戻りました」
戻ってきたルシアの顔は青いが、目だけは妙にすっきりしていた。出すもの出した顔だ。
アルが淡々と結論を口にする。
「戦闘バナナ、魔族には不適合。以上だな」
「以上で完結させないでくださいよ!?」
■ バナナの真価:空飛ぶオッサン
そんな中、リオがノートをぱたんと閉じて、天井を仰いだ。
「ああー。 戦闘バナナが瞬発+継続ともに性能が高いから期待してたんだけどなぁ…… 残念だ」
ルシアがじとっと睨む。
「ちょっと待ってくださいリオ。 どういう意味で“残念”なんですか。私、さっき地獄を見たんですけど?」
「いやいや、ルシアさん個人の胃袋に対してじゃなくてですね!」
リオが慌てて身を乗り出す。
「人間と獣人側では、戦闘バナナ、めちゃくちゃ優秀なんですよ。 ね、アル?」
「事実だな」
アルが頷く。
「ガルド(警備隊長)にサンプルを送ってから、森での運用が劇的に変わった」
ルシアが首をかしげた。
「ガルドさんって、あの義足の兵士隊長ですよね。 そんなに変わったんですか?」
ネーヴが、小さくうなずく。
「……ガルド、飛ぶようになった」
「はい?」
アルが補足する。
「ガルドは元々の魔力が異常に高い。 そこにこのバナナの『爆発的瞬発力』を加えると、義足の跳躍力が限界突破するんだ。 結果――ネーヴ特製の『滑空マント(ムササビ仕様)』を使って、木から木へ飛び回るようになった」
「……ムササビ?」
「ああ。 今じゃガルド率いる**『空飛ぶおっさん部隊』**が、森の害獣を空から強襲してる」
ルシアは口をあんぐりと開けた。 想像したのだろう。 強面の大男たちが、マントを広げて森を滑空し、バナナを齧りながら魔獣に襲いかかる光景を。
「……絵面が最悪ですね」
「でも強いわよ。 まあ、魔族用としては――全力で不採用だけどね」
私はバナナを片付けた。
■ りんごの勝因
「じゃ、気を取り直して――りんご」
私は、赤い北りんごと、薄くスライスして焼いたりんごをルシアの前に置く。
「見た感じは?」
「こっちは……平気です。 “食べても大丈夫”って、本能が言ってます」
ひとかけら、かじる。今度は逃げない。
「……おいしい。 魔樽ほどではないですけど、ちゃんと力に変わっていく感じがします」
ネーヴが魔力計を覗き込み、こくりと頷く。
「……きれい。ちゃんと、取り込めてる」
ルシアは首をかしげる。
「バナナはダメで、りんごは大丈夫…… この差ってなんなんでしょう?」
「そこよね」
私は、りんごを指先でころころ転がした。
「りんごの方は、改良の途中で**マンドラゴラ系の“魔菜化”**が起きてるの」
アルが頷く。
「ニンジンのときと同じだ。 歌う畑、光るニンジン。 精霊寄りに半歩踏み出した作物は、なぜか魔族との相性がいい」
私は窓の方を振り向き、小さく詠唱した。
「ドリアード。 バナナとりんごの件で、ちょっと相談に乗って」
ひやりとした風が入り、本棚の隙間から、緑色の小さな腕がにょきっと出た。 小さな木の妖精――ドリアードだ。
「呼んだ?」
「この二つ、どっちが“こっち側(精霊寄り)”に近い?」
ドリアードは、りんごをちょん、と突いた。
「こっち。 歌いかけたら起きるタイプの子。波長が精霊に近いね」
次にバナナを見て、首をひねる。
「こっちは……ただの元気な筋肉バカって感じ。 精霊の気配はないよ。純粋な生命力の塊だね」
アルが結論づける。
「つまり、 りんごは『精霊化した魔法生物』に近いから魔族も吸収できる。 バナナは『超・栄養植物』だから、魔族の消化器官(魔力回路)では受け付けない」
「なるほど……。 私がバナナに負けたんじゃなくて、バナナが筋肉すぎたんですね」
ルシアが妙な納得の仕方をした。
■ 結論:次は根菜
「……というわけで」
私は手を叩いた。
「戦闘バナナの最終結論。 ・ガルドとムササビ部隊専用としては優秀。 ・魔族用としては、きっぱり却下」
「北りんごの結論。 ・魔菜化のおかげで、魔族・人間・妖精、全部OK。 ・飴、ジュース、保存食候補として開発継続」
リオが満足そうに頷く。
「となると、次は――」
「根菜ね」
私は指を折った。
「大根、ごぼう、さつまいも、かぼちゃ。 ついでに顔を彫ったかぼちゃも試してみたいわ。 見た目が面白いものほど、たいてい何か(魔菜化)起こるから」
「最後だけ完全に趣味ですよね?」とルシア。
「いいのよ。 じゃ、次の実験は根菜スープ。 胃に優しく進めましょう。バナナみたいに戻されると、掃除が大変だから」
「最初からそうしてほしかったです……」
そうぼやきながらも、ルシアの手は、皿の上のりんごをもうひとかけら掴んでいた。 「食べられる」という安心感が、彼女の表情を柔らかくしている。
ルシアがこの学校に入学して、約一ヶ月。 戦闘バナナは魔族に完敗し、北りんごは堂々と“合格”の札をもらった。
ガルドは今日もバナナを食って空を飛び、 世界樹の根元にある研究室では、 魔石に頼らない未来に向けて、 またひとつ、地味だけれど確かな「食卓のメニュー」が増えたのだった。




