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第2章 第30話 王女と手紙と、世界樹の宝石

【本文】 (視点:エリシア/16歳)


「……遅い」


 思わず、窓の外を睨んで呟いていた。


「本日六度目でございます、“遅い”と仰られたのは」


 すかさず侍女長のマリアの声が背後から飛んでくる。  私は慌てて咳払いをして、机の上の書類に向き直った。


「べ、別に誰を待ってるわけでもないのだけれど?  ただ、今日は雲の流れが遅いなと思っただけで……」


「左様でございますか。では、窓の方を一時間に三度も見つめる癖については、後ほど侍医と相談いたしましょうか。『恋煩い』に効く薬があるかもしれませんので」


 ……言い方が容赦ない。  私は観念して、ペンを置いた。


 アルが妖精大陸へ留学してから、一年が経つ。  最初の頃は、頻繁に手紙が届いていた。  『変な精霊を召喚しました』  『魚料理を広めています』  そんな報告を読むのが、退屈な公務に追われる私の、唯一の楽しみだった。


 なのに。


(……三ヶ月以上、音沙汰なしってどういうことよ)


 “生きてます”の一行すらない。  セリナさんの報告で生存は確認しているけれど、本人からの連絡がないのは別問題だ。  忙しいのは分かる。あっちでもトラブルに巻き込まれている(あるいは起こしている)のも想像がつく。  でも、さすがに心配になるし、ちょっと……寂しい。


 コンコン。


 控えめなノックに続いて、バルコニー側の窓が静かに開いた。  ドアじゃない。窓だ。


◆ 世界樹便


「王女さま、失礼いたします。  世界樹便、お届けに参りました〜」


 入ってきたのは、セリナさんだ。  王国一の吟遊詩人にして、私の“想い人”の元へ行き来できる数少ない伝手。  今日は珍しく、宮廷仕様のドレス……ではなく、動きやすい旅装束だ。


「届け物、助かるわ。机の上にお願い」


「はーい」


 セリナさんは慣れた手つきで封筒の束を並べ、  そして最後に――  小さな木箱と、布袋に入った橙色の飴をそっと置いた。


「こちらは、“殿下に確実に”とのこと。  詳しいことは手紙に書いてあるそうです」


 視線が自然と木箱へ吸い寄せられるのを、自分でも止められない。


「……ふふっ」  セリナさんが目を細める。


「楽しみにしていたのでしょう?  窓の方を見てため息をつく王女さまなんて、絵本の中だけかと思ってましたよ」


「……見てたのね」


「邪魔はしませんから、中身は殿下ご自身で」


 そう言いつつも、彼女は部屋の隅に下がるだけで、出ていく気配はない。  どうやら“見届ける気まんまん”だ。  私は咳払いひとつして、まずは手紙の封を切った。


◆ 『返信が遅れてすみません』


『返信が遅れてすみません。』


 一行目。  それを見た瞬間、肩の力が少し抜けた。


「……そう、それよ。  最初からそれを書きなさい」


 誰にともなく呟いてから、続きを読む。


『夢中になって、時間を忘れていました。  本当にごめんなさい。  “生きてます”の一言くらいは送るべきでした。』


「そこに自分で気づいているなら、まだよしとしましょう」  マリアが小さく咳払いをして、お茶を入れ替えてくれる。


『言い訳をすると、ニンジンと飴と、新しい飲み物(魔樽)の件でこっちの先生たちが本気になってしまい、  “こそこそやっていたつもりの実験”が正式な研究になりました。


 鉱山をめぐる争いを、少しでも減らせるかもしれない道が、見え始めました。』


 その一段だけ、ほかの行より丁寧に書かれているのが分かる。  アルらしい。  自分のことより、世界の「もったいない」を直すことに夢中になっていたのだ。


(……ちゃんと前に進んでいるのなら、いいわ)


 胸のつかえが取れていく。  彼は戦っている。剣ではなく、知恵と技術で。


◆ トルノスの“後悔”と、新しい護符


 手紙は、次の話題へと移る。


『それと。  渡航前に預かった、あの“ペンダント”の続きです。』


 思わず、胸元に手が伸びる。  かつて私が着けていた、教会から贈られた護符。  今はもうない。アルに預けたからだ。


『あれを作った職人トルノスさんに会えました。  彼は、“力を吸って空にいる誰かに渡す仕組み”が図面の一部に紛れ込まされていたことを知り、ひどく後悔していました。』


(……やっぱり、あれは呪いだったのね)


 私の歌を吸い取り、どこかへ送信するための装置。  それを知らずに作り、私に着けさせてしまった職人さんの気持ちを思うと、胸が痛む。


『今回は、その“後悔”の結果です。  トルノスさんは、あの呪具を分解して構造を研究し、  “本来やるはずだったこと”――  聖歌の力を吸い取るのではなく、その場にいる人たちへ優しく広げる護符を、ゼロから作り直しました。』


『素材は、世界樹の樹液を結晶化させた宝石です。  三ヶ月も返事を止めてしまったお詫びに、試作品を送ります。  歌うご本人の感想を聞きたいとのことでした。』


 そこまで読んでから、私は小箱へと手を伸ばした。


◆ 世界樹の宝石


 蓋をそっと開ける。


 中から現れたのは、繊細な銀の鎖に吊された、小さな宝石。  光を受けて淡く揺れる緑は、確かに世界樹の葉の色を思わせる。


 あの禍々しい黒い石とはまるで異なる、静かで、温かい光。


「……きれい」


 思わず漏れた自分の声に、部屋の隅で見守っていたセリナさんが近づいてきた。


「おお〜。これが噂の」


「知っていたの?」


「うん。トルノスの自信作だよ。  『今度は絶対に、あのお嬢ちゃんの声を邪魔させねえ』って、徹夜で磨いてた。  ……頑固ジジイの贖罪の品さ」


 私は宝石を手に取り、胸元に当ててみた。  じんわりと、温かい。  魔力を吸い取られる不快感はない。代わりに、喉の奥が軽くなるような、澄んだ風が通るような感覚がある。


「……歌いやすそう」


 まだ人前で歌う機会はないけれど。  いつか、本当に自分の意志で歌う日が来たら――その時は、これを着けよう。


 アルと、頑固な職人さんがくれた、新しいお守りを。


◆ 返信と、キャロット飴


 最後に、袋に入っていた飴を一つ口に入れた。  ほのかな甘さと、ニンジンの風味。  リゼラ先生が調整したという「ニンジンキャンディ」だ。


 コロコロと転がす。  じわりと広がる魔力が、疲れた体に染み渡る。


「……美味しい」


 これが、魔族の子たちや、ドワーフの子たちを助けている味。  遠い妖精大陸の空気が、口の中に広がる気がした。


「マリア。返信を書くわ」


「はい、殿下」


 私はペンを取り、サラサラと走らせた。


『お手紙、ありがとうございました。  まずは、“返信が遅れてすみません”とちゃんと書いてあったことに、  元同級生として静かに拍手を送っておきます。』


『ペンダント、受け取りました。  とても温かい光です。  トルノスさんにお伝えください。  “いつかこの石を着けて歌う日を、楽しみにしています”と。』


 そして、最後に少しだけ本音を添える。


『三ヶ月の音信不通については、  この美味しい飴と宝石に免じて、今回は不問にしておきます。    ……でも、次に三ヶ月以上黙っていたら、  さすがに怒りますからね?


 どうか、そちらでも元気で。  私も、負けないようにがんばります。  アル君が作った“場所”を守れるような、王女になるために。』


 書き終えた手紙をセリナさんに渡す。


「行ってらっしゃい。  ……あの子の元へ」


「了解。責任持って届けるよ」


 セリナさんが窓から飛び出していく。  それを見送りながら、私は胸元の新しいペンダントを握りしめた。


 離れていても、繋がっている。  その確信だけで、明日からの退屈な公務も、理不尽な会議も、少しだけ頑張れそうな気がした。


 (……待っててね、アル。   あなたが帰ってきたとき、びっくりするくらい立派な国にしておくから)


 私は鏡に向かい、今度は誰のためでもない、自分自身の笑顔を作ってみせた。

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