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第2章 第27話 教員室から見る“元ペア”の距離感

(視点:レリア/第3教室担任)


「……さて、と」


 午前の授業と書類仕事を片付けて、私はひとつ深く息を吐いた。  机の端には、バレーボール大の丸い水晶球。  世界樹学園教師用、妖精街とドワーフ街の“外側だけ”を映せる広域監視システムだ。


 建前上の用途は、こう。  『魔族側の要人ルシアが街に出る際、スパイ行為や危険な接触がないか、最低限の安全を確認するため』。


 ――あくまで建前だ。  今日の本音は、もっと俗っぽい。


 「レ〜リ〜ア〜〜!」


 ノックもなく、教員室の扉が勢いよく開いた。  はい、共犯者の到着だ。


「水晶、もう準備できてる〜?」


 リュートを片手に、セリナがぬっと顔を出す。


「せめて“形だけ”でもノックしなさい。  ……準備はできてるわよ。ポップコーンは?」


「もちろん持参! 塩とキャラメルのハーフ&ハーフよ」


 私たちは顔を見合わせて、悪い笑みを浮かべた。  本日のミッション:「教え子の初デート(仮)を安全圏から見守る会」、開催よ。


■ 完璧すぎる“ペア”の歩調


「――妖精街、表通り。座標固定」


 私が水晶に魔力を流すと、霧が晴れるように映像が浮かび上がった。  賑やかな妖精街のメインストリート。  その人混みの中を、二つの影が歩いている。


「いた〜〜! アルくんとルシアちゃんだ!」


 セリナが身を乗り出す。


 アルとルシア。  二人は並んで歩いているが、その距離感が独特だった。  手は繋いでいない。肩も触れ合わない。  けれど――


「……歩幅が、完全に一致してるわね」


 右足、左足。曲がるタイミング、人を避ける動作。  まるで鏡合わせのように同期している。  ルシアの位置は、常にアルの**“半歩左・半歩後ろ”**。


「ああ〜、これこれ!  軍学校時代の“ペアの歩き方”だね〜」


 セリナが解説を入れる。


「敵の出方が分からない場所で、お互いの死角をカバーし合う位置取り。  通称“相棒バディポジション”。  ……染み付いてるねぇ、二人とも」


「デートの雰囲気じゃないわよ、それ。索敵行動よ」


 アルが露店のパンを指差して何か言うと、ルシアは顔だけ動かして短く答える。  無駄がない。甘さもない。でも、絶対的な信頼だけは見える。  師匠としては100点だけど、教師としてはもう少し“青春”が見たいところね。


■ ピントがずれる少年


「あ、ドワーフ街に入ったわ」


 水晶の視点を切り替える。  鉄と油の匂いがしそうなドワーフ街。  二人は「トルノス工房」の前で足を止めた。


 扉が開き、中からエプロン姿のネーヴが出てくる。  どうやらここまでは「視察ルート」だったらしい。


「あ、ネーヴちゃんだ。元クラスメイト集合だね」


 アル、ルシア、ネーヴ。  三人が立ち話をしている。  ルシアの表情が少し柔らかい。やはり知った顔がいると安心するのだろう。


 と、その時。  アルがくるりとネーヴの方を向き、何かを言った。  水晶越しでも、唇の動きではっきり読めた。


『ネーヴ、このあと、一緒に飯行くか?』


 教員室に、私とセリナの絶叫が響いた。


「「バカァァァァーーーー!!!」」


「そこは!! まずルシアちゃんに聞くところでしょ!?」 「なんで元同僚を先に誘うのよこの朴念仁!!」


 さすが効率厨。  「どうせならみんなで情報交換したほうが効率がいい」という思考回路が透けて見える。  TPO(時と場所と場合)を考えなさい、TPOを!


 ネーヴは一瞬ぽかんとして、すぐに首を横に振った。  『無理。今日中に試作二つ。サボったら親方に殺される』


 アルが「あ、そうか」と苦笑いして、頭をかく。  そのやり取りを見ていたルシアが――


 ふっ、と。  呆れたように、でもどこか愛おしそうに笑った。


「……あ」


 セリナが息を呑む。


「見た? 今の顔」


「ええ。  『しょうがない人たち』って顔ね。  ……軍学校の頃、よくあんな顔でアルを見ていたわ」


 怒るでもなく、拗ねるでもなく。  ただ「この人の隣にいる自分」を受け入れている顔。  あのルシアが、ここまで心を許しているなんて。


 アルがようやくルシアに向き直り、  『……じゃ、二人で行く? 美味い店あるんだ』と誘う。


 ルシアはツンと澄まして、髪を払った。  『……視察の一環として、現地の食文化も確認しておきます』


「はい合格!! ツンデレ検定一級!!」  セリナがテーブルを叩いて喜ぶ。


■ 見えない扉の向こう


 二人は路地裏のレストランに入っていった。  扉が閉まる。


 フツン。  水晶の映像が途切れた。


「あーあ、消えた」 「屋内はプライバシー保護のため映らない仕様よ。  これ以上覗いたら、それこそ悪趣味な盗撮魔だわ」


「え〜、いいとこなのに〜」


 セリナは不満げにポップコーンを頬張る。


「中で何話してるのかなぁ。  『久しぶりだね』とか?  『寂しかった?』とか?」


「たぶん、  半分は『魔樽の成分』と『ニンジンの品種改良』の話。  残りの半分は、『ここのシチュー美味いですね』で終わるわよ」


「……それ、一番平和でいいやつじゃん」


 しばらくして、扉が開いた。  出てきた二人の表情は、入る前よりもずっと柔らかかった。  肩の力が抜け、歩幅がさらに自然に揃っている。


 ルシアが一瞬、アルの横顔を見上げて、何かを言った。  アルが照れくさそうに鼻をこする。


「……うん。大丈夫そうね」


 私は水晶の電源を落とした。  これ以上は野暮だ。


「ねえ、レリア」  セリナがリュートを爪弾く。


「国とか種族とか、難しいことは山ほどあるけどさ。  結局、こういう『ご飯美味しいね』の積み重ねが、世界を守るのかもね」


「……珍しくいいこと言うじゃない」


「いつも言ってるよ?」


 私は窓の外、夕暮れの妖精街を見下ろした。  あの子たちが歩いていく先に、困難は山ほど待っているだろう。  でも、今の二人なら――きっと、並んで歩いていける。


「さあ、仕事に戻りましょ。  あの子たちがデート……じゃなくて視察を楽しめるように、  大人は書類の山を片付けなくちゃ」


「へーい。  ……あ、このポップコーン、経費で落ちる?」


「落ちるわけないでしょ!!」


 教員室に、いつもの日常と、少しだけ甘い余韻が残った。

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