第2章 第26話 東の工廠、あるいは「50体の永久機関」と「1000人の職人」
(視点:アル・エルンスト)
「――無理だ。断る」
東の匠、トルノス親方の工房――いや、「東方魔導工廠」。 1000人のドワーフたちが働き、地響きのような槌音が轟くその巨大施設の中心で、親方は俺が差し出した設計図を鼻先で突き返した。
「『魔樽』を1000個用意しろだと? バカ言っちゃいけねぇ。こいつは世界樹の枝を削り出して、複雑な回路を手彫りする一点物だ。 うちの職人が総出で掛かっても、月に数十個が限界だぞ」
親方の言うことはもっともだ。 ここは大陸最大の工房だが、彼らは「量産」ではなく「至高の一品」を作るために腕を磨いている。 魔樽のような高精度の魔導具を、彼らの手作業だけで大量生産するのは物理的に不可能だ。
(……ええ、知っています。だからこそ、やり方を変えるんです)
俺は、足元で工具をいじっているネーヴに合図を送った。
「ネーヴ。準備は?」
「……完了。 部隊、展開」
ネーヴが指を鳴らす。 その瞬間、工廠の広い床が、ボコボコと波打った。
ズズズズズ……ッ!
土の中から次々と現れたのは、作業着を着た小さな精霊――ノームたち。 その数、50体。 以前の10体から5倍に増えている。
しかも、様子が違う。 全員の胸元に、小さなガラス管が埋め込まれ、そこには淡いオレンジ色の液体――**「魔樽の原液(液体燃料)」**が満たされ、妖しく発光している。
「なんだ、そいつらは……?」
親方が眉をひそめる。
「**『自律駆動型・魔導工作部隊』**です」
ネーヴが淡々と説明する。
「動力、魔樽エキス。 私の魔力、使わない。自己循環。 ……こいつら、疲れない。止まらない。文句言わない」
そう、これこそがこの一年の最大の成果だ。 以前の「飴(固形燃料)」から、より純度の高い「魔樽液(液体燃料)」に切り替えることで、ノームたちは術者の負担ゼロで動き続ける**「半永久機関」**へと進化していた。
■ 職人魂 vs 自動化ライン
「……ふざけやがって」
親方が唸る。
「精霊を機械みたいに使い潰す気か? それに、そんな自動人形に、職人の『魂』が込められるかよ!」
周りのドワーフたちも、敵意のこもった視線を向けてくる。 彼らにとって、手仕事こそが誇りだ。それを「自動化」するのは冒涜に等しい。
だが、ネーヴは引かなかった。 彼女は静かに、試作品の樽をドン! と置いた。
「……これ、見て」
親方が、しぶしぶ樽を手に取る。 ルーペで覗き込み、魔力を通し、コンコンと叩く。
「……チッ。 継ぎ目の精度、回路の深さ……コンマ一ミリの狂いもねぇ。 誰が彫った?」
「ノーム50体。 **“ベルトコンベア”**方式」
「なっ……!?」
俺は説明を引き取った。
「親方。職人の魂は素晴らしいですが、全ての工程に魂を込めていたら、救えるはずの命も救えません。 見てください」
俺は、ネーヴが組み上げた**「自動生産ライン」**を指差した。
ブゥゥン……
魔樽液を燃料にしたエンジンが唸りを上げる。 革ベルトが流れ、その脇に50体のノームが整列している。
第1班(木取り):正確無比なカット。 第2班(荒削り):疲れを知らない高速回転研磨。 第3班(刻印):スタンプ型魔導具による、0.1秒の回路焼き付け。 第4班(組立):10体の連携による、寸分狂わぬタガ締め。
流れるように。 呼吸をするように。 樽が次々と形になっていく。
「……職人の仕事は、『同じ作業を繰り返すこと』じゃないはずです。 単純作業は彼ら(ノーム)に任せて、 親方たち1000人の職人は、もっと大事な**『魂入れ(最終調整)』と『検品』**に集中してください」
俺の言葉に、親方の目が揺れた。 彼は頑固だが、誰よりも「技術の先」を見ている男だ。
「……なるほどな。 下処理の手間を全部こいつらに押し付けて、俺たちは『一番おいしいところ(仕上げ)』だけをやればいいってか」
親方はニヤリと笑い、巨大なハンマーを担ぎ直した。
「いいだろう! 気に入った! 野郎ども! 負けてらんねぇぞ! このチビ共が作った器に、俺たちの『魂』を叩き込んでやれ!!」
「「「オウッ!!!」」」
1000人のドワーフたちの雄叫びが、工廠を震わせた。
■ 産業革命の音
そこからは、怒涛だった。
ラインを流れる樽の列。 それを待ち構えるドワーフ職人たちが、最後の仕上げを施していく。
カン! カン! ガシャン!
ノームの正確さと、ドワーフの熱量。 異なる二つの技術が噛み合い、爆発的な生産速度を生み出していく。
「すげぇ……! これなら1000個どころじゃねぇ!」 「次! 次の素材持ってこい!」
ネーヴが、ラインの中央で指揮を執る。
「……魔力供給、安定。 ノーム、疲労なし。 24時間、フル稼働可能」
彼女の足元で、50体のノームたちが胸の魔樽液を光らせながら、楽しそうに作業を続けている。 燃料(魔樽)がある限り、彼らは止まらない。
親方が、俺の隣に来て汗を拭った。
「……お前ら、本当に恐ろしいな。 ドワーフの技術、エルフの魔導、それにアルの『異界の効率化』。 全部混ざり合って、とんでもねぇ怪物が生まれちまった」
「怪物じゃありませんよ」
俺は積み上がっていく魔樽の山を見上げた。
「これは、世界を救うための『インフラ』です」
親方は鼻を鳴らし、それでも満足げに笑った。
「違いねぇ。 ……この技術、北の領地にも送るんだろ?」
「はい。 設計図と、この生産ラインのノウハウを。 向こうには石油がありますから、もっと大規模にやれるはずです」
これで、「魔樽」は希少な工芸品から、世界に行き渡る「工業製品」への第一歩を踏み出した。
ルシアが待つ未来。 魔族が飢えない世界。 それを支えるのは、伝説の剣でも魔法でもなく――
この熱気あふれる工廠で生まれた、泥臭くも力強い「量産ライン」なのだ。
(……さて。 物はできた。次はこれを運ぶための『足(船)』だ。 オルガンさんに手紙を書かないとな)
俺は、50体の永久機関と1000人の職人が織りなす「産業革命の音」を聞きながら、次の「悪巧み」に想いを馳せた。




