第2章 第25話 独白:魔樽と未返信三ヶ月で、俺の寿命が削れた件
視点:アル・エルンスト)
やらかしました。 人生で何度かある「あ、これ致命的なエラー(詰み)だな」という瞬間。 今がまさにそれです。
場所は妖精大陸、世界樹学園の男子寮。 目の前の机には、真っ白な便箋と、インクが乾きかけたペン。 そして、壁のカレンダー。
「……最終通信日時、90日前」
俺は乾いた笑い声を漏らしました。
「3ヶ月……ワンシーズン、音信不通か……」
◆ 言い訳タイム(脳内反省会)
いえ、言い訳なら山ほどあります。 この3ヶ月、俺たちのプロジェクトはデスマーチ(死の行軍)でした。
案件1:「魔樽」の完成 世界樹の枝で作った樽に、マンドラゴラ化したニンジンを漬け込み、魔力を熟成させる。 この調整が繊細すぎて、毎日ネーヴと工房に泊まり込みでした。
案件2:「ノーム飴部隊」の運用 ドワーフの子供たちが使う「ニンジン飴」の配合調整。 リゼラ先生の要求スペックが高すぎて、試作と爆発を繰り返しました。
案件3:「ダークエルフの子供たち」の受け入れ 彼らがクラスに馴染めるよう、リオと一緒に毎日フォローに走り回っていました。
……充実していました。 間違いなく、人生で一番濃密な「開発期間」でした。 魔石に頼らない未来が、手の届くところまで来ている実感がありました。
その代償として発生したインシデントが、これです。
『重要人物(VIP)2名への定期連絡、3ヶ月放置』。
◆ 恐怖のシミュレーション
俺は頭を抱えました。 特に、ルシアのことが気がかりです。
対象A:ルシア(魔族領・将軍令嬢) 性格分析:真面目、律儀、責任感が強い。 現状:向こうから「留学と試飲の要請」という外交カードを切ってきている。つまり、もうすぐ会う。
『……へぇ。 研究は順調だったようですが、ペンを持つ魔力までは残っていなかったんですね? ――私の優先順位、樽より下でしたか?』
脳内で再生される氷点下の笑顔。 怖いです。魔王軍と戦うより怖いです。 彼女は魔族側の「連絡窓口」でもあります。俺の不義理は、そのまま「人間側の誠意不足」として外交問題になりかねません。
◆ 書けないペン
「……書きましょう。リスクヘッジです」
俺は気合を入れてペンを握りました。 まずは謝罪。誠心誠意、土下座する勢いでの報告書作成です。
『拝啓、ルシア殿。 長らくの通信途絶、誠に申し訳ありません。 当方の開発スケジュールが逼迫しており――』
……ダメです。 「開発(仕事)」を言い訳にした時点で、「私より仕事が大事なの?」という地雷を踏む未来が見えます。 事実そうだったわけですが、それを文書化するのは自殺行為です。
じゃあ、用件のみを簡潔に?
『ルシアへ。 元気か? 俺は元気だ。 ところで、魔樽がついに完成した。 至急、テスターとして稼働してほしい――』
……サイコパスか俺は。 3ヶ月放置した挙句に、開口一番「仕事の依頼(実験台になれ)」? こんな手紙を送ったら、ルシアが軍を率いて海を渡ってきても文句は言えません。
◆ 助っ人(?)登場
俺が髪をかきむしっていると、ドアが開きました。 リオです。手には差し入れの夜食を持っています。
「お疲れー。まだ起きてんの? ……うわ、すごい顔。実験失敗して爆発した?」
「爆発寸前ですよ……社会的に」
俺は事情を説明しました。 リオは爆笑しました。
「あははは! 自業自得じゃん! あれだけ『ほうれんそう(報告・連絡・相談)』が大事だって言ってたアルが、一番できてないとか傑作だな!」
「笑い事じゃないんですよ! どう書けばいいですか? どうすれば『許してやろう』って思ってもらえる計算式になりますか?」
リオはニヤニヤしながら、おにぎりを齧りました。
「計算とかいらないんじゃない? 正直に書けばいいんだよ。『夢中になりすぎて忘れてました、ごめんなさい』って。 変に取り繕うより、バカ正直なほうがアルらしいよ」
そこへ、机の下からネーヴが顔を出しました(いつからいたんですか)。
「……ルシア、甘いもの好き。 あと、アルの話が好き」
「えっ」
「この前、手紙読んでた時の顔、見た。 アルの近況報告読んでる時、緩んでた。 だから、アルが無事なら、たぶん怒らない。……呆れるだけ」
二人の言葉に、少しだけ力が抜けました。
「……そうか。 格好つけようとするから、書けないんですね」
◆ 手渡すべき理由
俺は新しい紙を取り出しました。
ふと、手が止まります。
「……待てよ。 もうすぐルシアはここに来るんですよね?」
だったら、会った時に直接謝ればいいんじゃないか? わざわざ手紙にするコストをかける必要はあるのか?
いや――違います。
俺は首を横に振りました。
(直接会って謝るのは当たり前です。 でも、それだけじゃ足りない)
ルシアは律儀な子です。形や礼儀を重んじます。 そして何より、俺からの手紙をずっと待っていてくれたはずです。
口頭での「ごめん」は、その場の空気に流れて消えてしまうかもしれない。 でも、手紙は残ります。記録媒体です。 俺が彼女のことを考えて、ペンを執り、言葉を選んだという「時間」が、形として残る。
「会って謝るとしても、手紙は渡したほうがいい」
それが、3ヶ月も待たせてしまった彼女に対する、せめてもの誠意(詫び石)です。
「……よし」
俺はペンを走らせました。
言い訳はしません。 ただ、謝りましょう。 そして、この3ヶ月で俺たちが何を作ったのか、それが二人の未来(宿題)にどう繋がるのかを、熱っぽく語りましょう。 それが一番、俺らしい「生存報告」になるはずです。
『ごめんなさい。 夢中になって、時間を忘れていました。 でも、すごいものができました。 これはきっと、君との約束(宿題)の答えになります――』
書き終えた手紙を、丁寧に折ります。 封はしません。 明日、彼女が来たら、顔を見て直接手渡します。
「ごめん」と、「待っていてくれてありがとう」の言葉を添えて。
(……渡したら、どうなりますかね)
雷が落ちるか、呆れられるか。 どちらにせよ、覚悟は決めました。
机の上の手紙が、明日の俺を守る「最後の盾」に見えました。 ……貫通しないことを祈ります。




