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第2章 第21話 “世界樹”の名にちょっとだけ近づいた日

(視点:レリア/第3教室担任)


「……本当に“授業参観”なんてやることになるとはね」


 朝一番、職員室で胃薬を水で流し込んでいると、隣の席のエミリア(同僚教師)が心配そうに、でも少し面白そうに声をかけてきた。


「大丈夫ですか、レリア先生?  東のドワーフ親方に、地下のダークエルフの研究員たちまで来るんですよね?  ……学園始まって以来の、最大級の“異物混入”イベントですよ」


「異物言うな。……胃薬が足りるかだけが心配よ」


 私は窓の外、第3教室を見やった。  今日は、ニンジン飴とノーム活用の成果報告会。  そして、ドワーフとダークエルフの子どもたちが“同じ教室で”授業を受ける、記念すべき初日だ。


(……緊張してるのは、生徒だけじゃないんだけどね)


■ 教室の風景


「おはようございます、先生」


 教室に入ると、いつもの三人――アル、リオ、ネーヴがすでに来ていた。  その後ろの席には、借りてきた猫のように大人しいドワーフの子どもたち。  そして今日は、いつもの後ろの壁際に――


 黒いフードを脱いだ、ダークエルフの子どもが三人。  リゼラの研究所から来た、「助手」の子たちだ。


「立ってないで、座りなさい」


 そう言うと、三人はぎこちなく席に着いた。  ハイエルフの生徒たちが、少し遠巻きに、でも興味深そうに彼らを見ている。


「……本当に、ここで授業受けていいの?」


 一番年長の子が、小声で聞いてくる。  その目は怯えていた。ハイエルフに対する、歴史的な劣等感と恐怖。


「“仮入学”よ。  今日の授業を最後まで受けて、それでも“もう来たくない”と思ったら、そのときは考え直す」


「来たくなったら?」


「そのときは、ちゃんと“生徒”として迎えるわ」


 そう言うと、三人とも微妙に照れて、でも少しだけ顔が明るくなった。


■ 嵐の保護者(?)入場


 バーン!!


 予鈴と同時に、廊下の向こうから爆音が響いた。


「先生〜〜〜〜! トルノス連れてきたよ〜〜〜!!」


 やたらに元気な声。セリナだ。本当にこの人は、どこにでも現れる。


 ドアが勢いよく開き、先に飛び込んできたのは黒髪の吟遊詩人。  その腕を、まるで親に引きずられるイヤイヤ期の子どものように掴まれている――いえ、逆だ。


「お、おいセリナ! 引っ張るな! 俺は別にその……!」


「はいはーい、“親代わり”なんだから堂々としなさいってば。  ほら、“東の工房代表・トルノス親方”のご入場ですよ〜」


「誰が親代わりだ!」


 トルノスが真っ赤な顔で怒鳴る。  今日はいつもの煤けた作業着ではなく、少しだけきれいな(でもサイズが合っていない)服だ。たぶんセリナに着せられたのだろう。余計に落ち着きがない。


 私は思わず笑ってしまった。


「今日は“保護者参観”なんだから、弟子の親代わりが来るのは自然な話でしょう?」


「ぐ……!」


 教室の前列で、グランたちドワーフの子どもたちが一斉に立ち上がった。


「親方!!」 「き、来てくれたんですか!?」 「オレたち、がんばります!!」


 ……うん、これは完全に“授業参観に来たお父さん”ね。


■ 黒い沈黙


 ドワーフ側の参観者は、トルノスと数人の親方たち。  そして――教室の後ろの列。


 黒いローブのダークエルフたちが、静かに座っていた。  リゼラの研究所のスタッフであり、あの子たちの保護者代わりの大人たちだ。  彼らの視線は鋭く、空気を刺すような緊張感をまとっている。


(……まあ、そうよね)


 “ハイエルフが上にいる学校”なんて、本来なら一歩も踏み入れたくない敵地だろう。  一歩前に出て、私は軽く会釈した。


「世界樹学園のレリアよ。  今日はお越しいただいて、ありがとう」


 一番前に座っている女性が、少しだけ顎を引いた。


「……リゼラ主任の顔を立てて来ただけだ。  ハイエルフの教育が、我々の子供に合うかどうか見極めさせてもらう」


 声は硬い。でも、“拒絶”ではない。  (上出来ね)


■ 授業開始:壊さないための勉強


「では、始めましょうか」


 私は教壇に立ち、いつもと同じ声で授業を宣言した。


「本日の内容は――『ノームとニンジン飴を使った作業訓練の報告と実演』」


 教室のあちこちで、どよ、と空気が揺れる。  私は黒板に、簡単な数字を書いた。


 通常維持:3分  飴1個:+10分(ブースト時)  作業効率:250%UP


「これが、その結果。  魔力の少ないドワーフでも、道具(飴)と相棒ノームを使えば、ハイエルフ並みの持続力を出せる」


 トルノスが腕を組みながら、じっと数字を睨んでいる。  「……チッ。遊び半分じゃねぇな」と、小さく漏らすのが聞こえた。


「では実演。グラン、お願い」


「はい!!」


 グランが前に出て、緊張した手つきでノームを召喚する。  飴を一つ、ノームに渡す。  ノームがそれを飲み込み、赤く発光して動き出す。


 石運び、研磨、整列。  キビキビとした動きに、後ろで見ているドワーフの親方たちが身を乗り出す。


「足取りは軽いな」 「石の持ち方も悪くねぇ」 「三分じゃねぇ、“ひと仕事分”にはなるぞこれ」


■ 混ざり合う教室


「では、お次」


 私は教室の後ろを見た。


「――ダークエルフ組。誰かやってみる?」


 三人が一瞬顔を見合わせ、一番年長の少年が、おそるおそる手を挙げた。


「や、やってみても……いいですか」 「もちろん」


 少年は前に出て、ぎこちない手つきで魔力を流す。  床に小さな魔法陣が浮かび、ノームがぽん、と出てきた。


「……できた」


 自分でも驚いたような声。  彼らは魔力は高いが、土属性との相性は良くないはずだ。  だが、ノームは嬉しそうに少年の周りを回っている。


「タイマー、スタート」


 私は飴を渡さなかった。  彼らには飴は不要だ。自身の魔力だけで維持できるかを見る。


 ……三分。  ……五分。  ……七分。


 ノームは消えない。  安定している。


「記録、七分経過。まだ余裕あり」  アルが測定器を見ながら報告する。


 私は少年の後ろを見る。  後列のダークエルフの親たちが、無表情のまま、彼を見つめていた。


 一人が、口を開く。


「……悪くない」 「緊張して魔力がぶれていた割には、制御できている」 「……ハイエルフの術式じゃないな。もっと効率的な……」


 少年が、信じられないものを見るような顔をして振り返る。  怒られていない。評価されている。


「……ふふ」  私は思わず笑った。


 この教室には今、  ハイエルフ、エルフ、人間、魚人、ドワーフ、ダークエルフ、そして精霊がいる。  みんな違う。  でも、同じ黒板を見て、同じ実験に驚いて、同じ評価をしている。


(これが、私の見たかった景色)


■ 終わりの挨拶


 授業の最後。  私は、保護者たちの方を向き直った。


「――本日の報告は、以上よ」


 一呼吸置く。


「この授業の目的は、ドワーフの子たちが“ノームと一緒に働ける時間”を作ること。  そして同時に、“他種族の子どもたちと一緒に学ぶ”時間を作ることよ」


 ダークエルフの親たちの視線が、こちらに集中する。


「今日見ての通り、ここでは、種族や出自より、“どう魔力を扱うか”を教える場所として動いている。  ……このやり方が、あなたたちの目に“悪くない”と思えたなら」


 私は、はっきり口にした。


「子どもたちを、ここに預けてもらえると嬉しいわ」


 教室の空気が、少しだけ揺れた。


 トルノスが、ふっと鼻を鳴らす。


「……あー。  少なくとも、“悪い工房”じゃねぇな」


「工房じゃなくて学園よ」 「細けぇことはいいだろ!  ……まあ、“ここで学べることもある”ってんなら、しばらくは通わせてやってもいい」


 それを聞いたグランたちの顔が、ぱっと明るくなった。


 一番前のダークエルフの女性が、静かに立ち上がる。


「……一度で判断はしない。  だが、今日見た限り――“悪くない”」


 それは、この種族にとっては最大級の肯定だ。


「子どもと相談する。本人が“通いたい”と言うなら……そのときは、また話をしよう」 「ええ。いつでも、待っているわ」


 軽く頭を下げると、彼女も、ほんのわずかだけ頭を下げ返してくれた。


■ あとがき


 参観が終わり、保護者たちが帰っていく中。  教室の片隅で、セリナが私に笑いかける。


「ね、レリア。泣きそうだったでしょ?」


「泣かないわよ。ハイエルフは、そう簡単に泣かないの」


「でも、目の端ちょっと潤んでた」 「うるさいわね」


 セリナは教室の窓際でリュートを爪弾きながら、にやりと笑った。


「そのうち絶対、子どもたちの間で歌になるよ」 「歌?」 「うん。『ニンジンキャンディ大作戦』ってタイトルでどう?」


 私は思わず吹き出した。  なんだそのタイトル。


「……でも、悪くないわね」


 ドワーフの子どもたち。  ダークエルフの子どもたち。  エルフ、ハイエルフ、人間、魚人。  ごちゃまぜで、でも、ちゃんと前に進んでいる。


 世界樹学園は、今日、ほんの少しだけ  **“世界樹(すべての種族の拠り所)”**の名に近づいた気がした。


(……By セリナ、って書き添えられるのだけは癪だけどね)


 私は窓の外、揺れる世界樹の枝を見上げて、こっそりと笑った。

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